バレンタイン
名前
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-「名前の手作りじゃないんだね」
ハート型の缶に入ったチョコレートは某有名ブランドのものだが、凪砂は予想外といった様子で落胆した。「手作りのものを渡したとしたら、茨の奴に「閣下に変な食べ物を渡さないでください」とか言われそうなので、やめました」と説明する彼女の後ろでは、今の一部始終を無言で眺めていた茨が居る。凪砂の様子を伺いに、レッスン室に入ったところで思わぬ光景を目撃した彼は、不機嫌そうな表情を滲ませると踵を返して部屋を出て行ってしまった。ハート型のそれはまるで、名前が凪砂に好意がある証拠のようだった。お礼を告げると同時に、凪砂は気になっていたことを彼女に問いかける。
「ところで、茨にはあげたの?」
「うざい茨にあげるチョコなんてありませんよ。凪砂先輩だけにしか用意してません」
レッスン室の椅子に隣り合わせに座っている彼らの距離は肩が触れそうな程に近く、静寂な空間で二人に漂うムードは和やかなものだった。「私だけが名前からチョコを貰ったなんて、茨が拗ねそうだね」と笑った凪砂の次の言葉は、時間になっても姿を現さない茨を思っての台詞だった。「きっと、屋上に居ると思うから迎えに行ってあげて」と。
「茨を迎えに行くなんて、嫌ですよ。どうせそのうち来るだろうし」
口ではそう零しつつも、何かの入った紙袋を携えた彼女はそのまま部屋を出ていった。甘い香りの漂うそれはきっと、茨に渡す予定の手作りのチョコが入っているのだろう。という凪砂の憶測は間違ってはいなかった。だが、それは現在、名前の手によって封を開けられていた。甘さ控えめのチョコブラウニーを齧りながら、見つめた先には感傷に浸っているような彼の後ろ姿が。「名前が作ったものなんて、何が入っているかわかりませんし、いりませんよ」と、彼女の脳内での茨が告げる。やっぱり、こんなものあげなくて正解かもしれないな。と、袋から二本目のブラウニーを取り出して口に運ぼうとした刹那、その手をがっちりと掴まれた。考え事をしながら、あらぬ方向を向いていた彼女は歩み寄ってきた彼の姿に気付かなかったのである。「やけ食いしたら、太りますよ」と、彼女の指に手が添えられ、そのブラウニーは、ぱくりと口にされた。突然近くにいた彼の姿に瞠目しながらも、決して悪態をつくことは忘れない。
「これ失敗したやつだし、アンタにあげる予定すらないから。勝手に食べないでよ。ばか茨」
「失敗作にしては、まともな味だと思いますけど。まぁ、いいでしょう」
これは自分が頂いておきますので!と、手にしていた袋は彼の手に渡り、「名前にしては上出来じゃないですか」とそれを食べ進める彼の顔は、確かに緩みきっていた。本音を告げられないまま、校舎に戻っていく彼の後を付いていく彼女は階段の踊り場で、振り向いた彼の腕の中に囚われた。後ろは壁であり、前には意地悪く笑みを浮かべる茨が居て身動きがとれない。彼女としては鋭い視線で睨んでいるつもりだが、その睨み顔はどちらかというと上目遣いだ。「離してよ」とムスっとした態度の彼女ですら彼にとっては愛おしいもののようで、唇が耳に触れそうな程に顔を近付けると「本命チョコの真相を吐かない限り、この腕は離しませんから」と、いつになく真摯な瞳で名前を見つめる茨。もうどうにでもなれ、と彼女が心に秘めていた想いが明かされた。
―「なーにが、失敗したやつだから…ですか。ばかですね」
「そういうこと言うから、ほんと嫌い」
END