バレンタイン
名前
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
―名前は同じクラスの朱桜司のことが大好きで大嫌いだった。一学年上のプロデューサーのことを「お姉さま」と呼び、好意を向けているのに対し自分のことなんて異性として見ていないような気がする。Knightsのレッスンを担当した日、レッスン室に入ると「今日は名前さんが担当なさるのですね」と残念そうな反応をされたのが忘れられない。どうせ私は二年生のプロデューサーには劣りますよ。と、不貞腐れてムッとした表情になった彼女の肩にぽんと手を置いたのは、先輩の鳴上嵐だった。「名前ちゃんてほんと可愛いわねェ」と、褒め言葉と共に綺麗な笑みを向けてくれた嵐に好感を抱き、それ以来嵐のファンになってしまったかのように「鳴上先輩って優しくて素敵だよね」と司に共感を求めるように話す彼女だったが、それは司から何度も余計なことを言われていた。「名前さんはあまり鳴上先輩のことをご存知ないようですね」と、呆れたように言われ、「Knightsの中で一番素敵なのは鳴上先輩」と断言する彼女に、彼は悋気していただけなのだが、名前はそれには全く気付くことはなかった。なんでも気軽に話せる間柄のクラスメイトの名前が気になっていた司だが、話題に出てくるのは自らのユニットの先輩の名ばかりで、人知れず落胆していた。
「司くんは、バレンタインに何貰ったら嬉しい?参考までに訊かせてよ」
「私の意見で参考になるかわかりかねますが、鳴上先輩なら何でも喜んでくれると思いますよ」
そんな会話が交わされていたのはバレンタインの一週間程前で。クラス中が、名前は嵐にチョコを渡したいのであろうと考えていたくらいだった。だが、当日になってみても彼女は一向に二年生のクラスに向うこともしなければ、嵐に接触しようともしていない。そんな彼女の様子を見かねた司が背中をあと押ししようと、「そのチョコ、鳴上先輩に渡しに行きたいのでしょう?協力しましょうか?」と声をかける。現在、教室には彼らしか残っておらず、急がないと最終下校時刻が迫っている。だからこそ、司は声をかけたのだが、彼女の返答は彼にとっては予想外のものだった。
「私、べつに鳴上先輩にチョコ渡さないよ」
「では、そのチョコはどなたに…、」
どなたにお渡しするつもりなのですか?という司の台詞は、彼女の「司くんて本当に鈍感だよね」という言葉で遮られた。「私は最初に、司くんは何を貰ったら嬉しいか訊いたのに」と、なんで気付いてくれないの。と言わんばかりに不満そうな顔をする名前を一瞥した彼は「参考までに、と仰られたくらいじゃ普通、気付きませんよ」とくすくすと笑った。自分にはあまり向けられることのない彼の笑顔に、胸が早鐘を打っているのを自覚したくなかった彼女は違う話題を持ち出した。
「それに以前、宙くんが「名前ちゃんは司ちゃんが好きなのな~」とか暴露したもんだから、私の気持ちなんてバレてるとばかり思ってたのに…」
「あれは春川くんの勘違いだと思いまして、特に本気にしてはいませんでしたからね」
「私ばっかり焦ってばかみたいじゃない」と、余裕のある笑みを携えている彼の様子に機嫌を損ねたように眉根を寄せて手元の紙袋を見下ろした。好きな人が、チョコを渡したい相手がこんなにも近くにいるのに、何故いまだに渡せていないのだろうと自己嫌悪に陥りそうになっていた彼女に司がこんな話をした。「欧米では男性から女性にpresentをするのが一般的なのですよ」と彼女の髪に触れた司がバレッタのような物を付けた音が聞こえ、彼女は目を瞬かせて鞄の中から鏡を取り出した。確認するとキラキラと薔薇の形の髪留めが光を反射して煌めいていた。
「こんな高そうなもの貰えないよ…」
「いいんですよ。私は代わりに、名前さんが大事そうに抱えているそのchocolateを頂きますから」
それとも、こちらを頂戴しても宜しいのですか?と親指の先で彼女の唇をひと撫でした司は悪戯っぽく笑みを浮かべている。顔を真っ赤に染めて言いよどんだ末に、「両方貰ってよ」と告げると、平常心を保てないとばかりに机の上で顔を伏せてしまった。そして、聞こえないくらいの小さな声で呟く。
「どうせ司くんはファーストキスじゃないんでしょ」
「想い人を前にして、こんなに緊張している私に余裕があるとでもお考えなのですか?」
「司くんて、ほんと表情に出ないね」
END