バレンタイン
名前
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※中学時代設定
―同じクラスの天祥院英智は名前にとって、ほっとけない男の子であり、それと同時に憧れの王子様のような存在だった。「名前ちゃんはいつも、僕に構ってくれて優しいね」と彼は保健室のベッドの上で弱々しく微笑んでお礼を伝える。彼女の瞳に映る英智は儚げな美青年だった。なんて美しい人なのだろう。と見惚れながらも彼女は返事をした。「気にしないで。私、保健委員だし当たり前だよ」と。本当はそれだけが理由じゃない。彼が好きだから、少しでも近くに居たい。家柄の格が違うと分かっているけれど。
「英智くん、手冷たいね」
「女性は冷え性の人が多いと聞くけど。名前ちゃんは手が温かいね」
あと少しで天祥院家の使用人が迎えに来るだろう。それまで彼を目いっぱい甘やかしてあげようと、彼女は心に決めていた。「手を握ってほしい」と頼まれ、優しく手を握った。白く繊細な指先は思ったよりも冷えていた。憧れの英智の手を握っている。そう実感した彼女は、顔に熱が集まるのを感じた。きっと彼はどうも思っていないだろうが、自分は違うと。「ありがとう」とふわりと笑った彼の眼差しは愛おしげに細められていた。この人が許嫁だったら、どんなに幸せだろう。と、荒唐無稽な想像が浮かんだ。彼女にまだ許嫁がいない理由はこの片想いが原因だった。自分が彼の許嫁になることが出来ないことは分かっているのに、彼が別の誰かと結ばれるのを想像しただけで胸が痛んだ。
―「名前ちゃん。何か美味しそうなもの食べてるね」
「よかったら、僕にも一つくれないかな?」とその声にぴくりと肩を震わせて反応した彼女。日直の自分以外はもう全員帰宅したと思っていたのに。
向かいの椅子に座り、振り返った彼は名前の食べているクッキーを見てそうねだってきた。それに対して彼女はいつになく冷たい言葉を返した。「英智くん、ダンボール箱いっぱいになるくらいチョコ貰ってたくせに。私の作ったクッキーなんていらないでしょ?」と。本日は2月14日。だが、このクッキーは彼女が英智にあげようと作った初めての手作り本命チョコだった。だが、英智が沢山チョコを貰っているのを目にし何だか馬鹿らしくなり、自分で消化することにしてしまったのだ。高級なお菓子とは違い、素朴であまり飾り気もない。と自分で作ったものながら悲しくなってきた。しかし、英智は彼女の心境とは裏腹に「名前ちゃんが作ったものなら、余計に欲しくなるよ」と王子様のように微笑んでそのクッキーを一枚口にした。「美味しくないでしょ?こんなの食べてお腹壊さない?」という名前の言葉は彼の台詞により途切れさせられた。「いつもティータイムに食べてるものより、僕は名前ちゃんの作ったクッキーのほうが好きだな」と。「すごく美味しい」と褒めてくれるが、これは自分を傷付けない為のお世辞に決まっている。彼女はそう感じながらも彼にお礼を告げた。「このクッキー、ラッピングしてあったみたいだし、誰かにあげるつもりだったものなんじゃないのかい?」と意外と目ざといところのある彼は、彼女にとっては予想外なことに、核心をついてきた。「僕の見間違いじゃなければ、そのカード…Dear Eichiって書いてあるように見えたけど…」急いでひっくり返したメッセージカードは彼に見られていた。ひょい、とカードを手に取った彼は「やっぱり見間違いじゃなかったね」と口角を上げて微笑むが、名前は何も言えずに俯いてしまった。
「名前ちゃんがチョコを贈ろうとしていた相手が僕でよかった。もし他の誰かだったとしたら、僕はきっと焼きもちを妬いていたよ」
「私が誰にチョコを贈ろうと、英智くんには関係ないじゃない 」
本当はこんなことが言いたいんじゃない。素直に本命チョコを彼に渡したかっただけなのに、自分はなんて可愛げがないのだろう。と、何だか惨めで泣きたい気持ちになった彼女の頭をよしよし。と撫でたのは天祥院英智その人だった。「それが…関係なくないんだよ。男は誰だって、好きな女の子から本命を貰いたいものだからね」と。この言い方だと、まるで英智の好きな女の子が自分のことみたいじゃないか。と、彼女は英智の言わんとしていることが全く理解できなかった。「ねぇ。名前ちゃんが僕の為に作ってくれたクッキー…君の手で食べさせてよ」と彼は甘える子供のような視線で名前をじっと見つめた。その眼差しを受けて根負けしたのか、「あーん」と英智の口までクッキーを運ぶ。それを口にした後の英智の一言に、彼女は驚きのあまり何も言えなくなってしまった。
「ねぇ、名前ちゃん。僕のお嫁さんになる気はない?」
END