InsteadLost~sub story~

二月十三日───。
ピッドナイトはお昼寝の時間になかなか現れないエルルンを探して王宮内を探し回っていた。
図書室の前を通ると、幼げな声が聞こえてきた。
「ふむふむ…これです!これがいいです!」
「姫さ…!」
ピッドナイトは声を掛けようとしたが。
「手作りチョコでピッドに日頃の感謝の気持ちを伝える…!"ばれんたいん"が最適です!」
図書室の扉の陰に隠れ、固唾を呑むことしか出来なかった。


ドルミルは今日も今日とて惰眠を貪っていた。
平和な一日だ───その筈だったのだが。
「起きなさい、ドルミル。」
べフライウングに来たピッドナイトは、思い切りドルミルの顔をぐりぐりと踏みつけた。
「もう一度言います。起きなさい、ドルミル。」
しかし彼女は起きる気配すら見せない。

格闘すること三十分。
「んーで?何でおひめさまを起こしやがったんスか?」
機嫌の悪いドルミルがピッドナイトを睨みつける。
ピッドナイトはエルルンがチョコ作りを企てていることを話した。

「経緯は分かったッスけど、うちにはお菓子のスペシャリストがいるじゃないッスかぁー。」
するとピッドナイトは鬼気迫る形相で言った。
「私は姫様のチョコを食べたいのです!!あのトラブルメーカー共に邪魔されたらどんな大惨事になることか!!」
「えー…でもおひめさまだって面倒くさいッスよーぉ。パスッス、パスーぅ。」
その発言を待っていたかのようにピッドナイトの瞳がきらりと光った。
「成功報酬として、ロンタゼルス王に頼んでユニコーンの尾を使った枕を特別に用意しましょう。」
「ユニコーンの…枕…!」
万物界ではユニコーンの尾を使った枕といえば、貴族でも滅多に手に入れることの出来ない最高級品だ。
「し、仕方ないッスねぇー。おひめさまがエルルン様のバレンタインを成功させてみせるッスよ!」

「へぇー!ボクも手伝ってあげよっか!」
「それは助かりま…!!?」
「やっほー。」
部屋の入口で手をひらひらと振っていたのはトラブルメーカーの片割れ、ヘーンゼリだった。
「何故ここに貴方が!!?もしかして今までの話も…。」
「バッチリ聞いてたよん!」
だがそこにもう一人のトラブルメーカー、グレティラの姿はなかった。
二人は大抵、一緒に行動している筈なのに。
「ん-?グレティラはどうしたんスかー?」
「あぁ、グレなら…。」


『…というわけなんです。』
『わぁぁあ!聞いた聞いた?ヘーン!!バレンタイン、チョコ!これはアタシの出番だよねっ!アタシ、早速エルルン様のとこ行ってくるー!』


「終わった…。」
最悪の状況だ。これから起こる惨劇を想像すると、ピッドナイトは膝から崩れ落ちた。

「ところでヘーンゼリ。」
「んー?」
「この前、おひめさまの枕をロールケーキに変えたのはあんた達っすよね?」
ドルミルは怒りを露わにしてヘーンゼリを問い詰める。
「はーい!ボク達双子の鮮やかなイタズラでーっす!起きた時のドルミルといったら、クリームで頭ベタベタで…へへっ…ってわぁ!?」
満面の笑みで両手でピースしながら答えたヘーンゼリは茨でぐるぐる巻きにされた。
ドルミルの呪術、【Don’t come in the morning】だ。
聞こえない程度の声で呪詞を唱えていたようだ。

「おひめさまの眠りを妨げる者はこうなるッス。ピッドナイト、あとは任せろッス。きちんとグレティラにお灸を据えとくッス。」

そう言うとドルミルは窓から飛び降りていった。
その様子にべフライウングの民達は驚き、どよめいていた。
あの三年寝太郎が、起きたと。



所変わってフェアリー。
グレティラは鼻唄を歌い、スキップをしながらエルルンの元へ向かっていた。
「待っててねー、エルルン様!」
その肩に後ろから手を置かれた。
「待つのはあんたッス。」
「げ。何よー?アタシはただ純粋にエルルン様の手伝いを…。」

と、そこにエルルンが来た。
「おや?グレティラにドルミル。こんなところで何をしているのです?」
「あ、エルルン様ー!いや、明日はバレンタインだし、一緒にチョコ作りでもどうかなーって思って!」
さりげなく本題に入ろうとしているグレティラを見て、ドルミルは内心驚いていた。
本当にまともに、純粋に手伝いをしたかっただけなのではないかと。
「お菓子のことならこのグレティラにお任せ、ですよ?」
「それは頼もしいです!実はピッドに手作りのチョコ菓子を渡したいと思っていたところだったのです。では指導願えますか?」
無邪気に喜ぶエルルン。
このまま順調に事が進むかと思われたが───。


厨房に移動した三人。
エプロンを身に着け、意気込んでいるエルルンにグレティラは囁いた。
「いいですか、エルルン様。美味しいチョコ菓子作りに必要なのは、深い愛情と…ズバリ、このタバスコと胡椒です。」
「ふむ、西瓜に塩をかける要領と同じですか。初めて知りました!」
やはり現実は甘くないようだった。
「はぁ…やっぱおひめさまがやんなきゃいけない感じッスかぁー。」
「そうそう、沢山入れれば入れる程…って、きゃあ!?」
ドルミルは無茶苦茶なでたらめを言うグレティラを、ヘーンゼリにもしたように呪術で縛った。

「エルルン様。タバスコと胡椒は必要ないッス。お持ちのその本にも一文も書かれてないッスよね?」
「あ、本当ですね。」
「おひめさまで良ければ、その本を見ながら一緒に作らないッスか?」
「では、このガトーショコラを作りたいのですが。」
「ちょっとー。ほどいてよー。」
「アレは無視ッスよー、無視。」


やっと本題のチョコ菓子作りに取りかかれることになったが。
「まずはこの包丁でチョコを細かく切り刻んで…。」
そこでドルミルがはっとする。
エルルンがもし包丁使って怪我でもしたら…。
脳内のピッドナイトが語りかける。

『何姫様に怪我をさせているんですか?これでは成功報酬は渡せませんね。』

このままではユニコーンの枕が、消えてしまう。

ドルミルは咄嗟に、
「エルルン様は怪我するといけないですから、刻む工程はおひめさまが…。」
包丁を取り上げようとしたが。
「いいえ。全工程わたくしがやります。あなたは指導のみ宜しくお願いします。」
エルルンは頑なだった。

「…痛っ!」
「ああ!エルルン様!だから…。」
「…くなどありません、この程度。」

その後も───。

「熱っ…!」
「エルルン様っ!」

「み、水がっ…!」
「エルルン様ーっ!」

「粉がっ…!」
「エルルン様ぁっ!!」

「やっと焼け…!!熱っ…!」
「エルルン様ああああ!!!」



バレンタイン当日。
そこにはいつもより隈が酷く、ぐったりした様子のドルミルの姿があった。
ピッドナイトが通りかかるといきなり胸倉を掴み、
「いいッスか?どんな物でも残さず食べるんスよ?エルルン様、昨日徹夜だったんスからね?」
と言い、去り際に
「枕忘れたら命は無いと思えッスよ!!」
と残し、べフライウングへと帰っていった。

「姫様…大丈夫でしょうか…。」



「あ、ピッド!」
「姫様、どうかされましたか?」
もじもじしているエルルンに、あくまでもピッドナイトは何も知らないふりをした。
「あの、いつも、ありがとう。これは…ほんの気持ちです…。」
差し出されたのは歪な形で、ところどころ焦げたガトーショコラ。
よく見るとエルルンの指には無数の絆創膏が貼ってある。
「あ、無理をして食べなくても…!」

「…ありがとうございます。」
「え?」

「どんなに高価なチョコよりも、美味しそうで、嬉しいです…!」
ピッドナイトは涙ぐんだ笑顔でそう言った。
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