InsteadLost~sub story~

「えーとぉー...。」
肩をすくめた勇司が気まずそうに口を切った。

勇司一行は、チートに呼びつけられ、スパイダーズウェブにいた。

「いやいやぁ、暑い日が続きますねぇー?うちもこの暑さですからお客様の足が遠のいてしまってですねぇ...。ああ、困った困った。」
故意なのか素なのか、まるで困ったように見えない棒読みでチートは言った。
「そこでー?ユウジ様とセイヤ様の出番です。人間界では何かありませんかねぇ?
この暑さに託けて金儲け出来るような短期的なお仕事。」
勇司と誠也は精一杯の知恵を振り絞った。

「あっ!!」
「セイヤ様、何か妙案でも?」
「海です!海の家ですよ!」
「ウミノイエ?」
「え、万物界にはないんすか?」
「残念ながら色々なものを見てきた俺ですが、そのような言葉は聞いた事がありませんねぇ…。
あの未来都市オーヴァースカイですらそのような文化はありません。
詳しくお聞かせ願えますね?」

勇司と誠也はチートに海の家について説明した。

「ふむふむ成程ぉ…。面白い事になりそうです…。」
黒い笑みを浮かべるチート。

と、其処へ。

「やっほーだお、チートさん。」
「この暑苦しい中、わざわざ来てあげたよー。」

ヲルぺとべゼが姿を見せた。
するとチートは満面の笑顔で二人を出迎える。
「いーやーぁ。よく来てくれたなぁ、我が親友達ぃー。」

「「え。」」

べゼはドアノブに手を掛け、
「俺様、今日はそろそろ…。」
帰ろうとするが服の裾を引っ張り、ヲルぺはそれを阻止する。
「待って!べゼさん!!置いてかないでおー!!」
ずるずると引きずられているヲルぺは既に半泣きである。

ヲルぺとべゼに今までの話をする事五分───。
「つーわけで、親友のテメーらは俺の『海の家計画』に参加する。」
「何で俺様達が手伝う前提で話してんのさ。」
べゼは不満気に紅茶を啜る。
一方ヲルぺは乗り気のようで、
「面白そうだおーっ!深夜組の力を昼間に発揮出来るんだおっ!」
身を乗り出して目を輝かせている。

「あーでもチートさん。食材費や海の家の建築はどうするんすか?」
「ご心配なく、ユウジ様。農家と大工でうちの債務者が居まして。其処に頼めば二日程で準備ができることでしょう。しかもタダで。」
「さ、流石チートさん…抜かりないすね…ハハ…。」

そうして計画はチートによって能率的に、もとい悪辣に練られていった。

開催場所は夏の万物界で最も人が集まる水郷ディーナーのビーチに決まった。
勇司達は後の事はチートらに任せ、海開きに向けてディーナーへと発った。


二日後───。
その日はジリジリと日差しが強い真夏日だった。
勇司達も水着で装い、旅の休憩がてらチート達の様子を見に来ていた。
万物界一と言うだけあって、ビーチは人でごった返している。

「沢山居る…水着のおっぱ…。」
勇司の言葉を阻止するようにクレイの鋭い拳が勇司のみぞおちにクリーンヒットした。
「グフッ。」
「ほら、茶番やってないで。あっちの方に人混みが見えるからチートさん達かもよ?行くよ、勇司。」


「お、結構盛況じゃねーか?」
万物界初の海の家はなかなか繁盛しているようだった。
すると接客していたヲルぺが此方に気付いた。
「あっ、みんな来てくれたんだお!悪いけどボク今手が離せなくって!べゼさんなら話せると思うから!」
見ると、べゼはチートが調理している横でビーチパラソルを立て、優雅に日陰でジュースを飲みながら寛いでいた。
「ん。チートくん。ジュースお代わり。」
「テンメ、少しは働きやがれ!!俺とヲルぺ二人で回してんじゃねーか!!」
「分かってないなぁチートくんも。誰のお陰で売れてると思ってるの?ぜーんぶべゼ様のお陰でしょ。」
確かに客の声に耳を傾けてみると、
「べゼ様のあんな姿を拝めるだなんて…!」
「海の家ってなんて素晴らしいの…。」
「俺、べゼ様と目が合っちまったぜー!」
べゼの人気のお陰でこの新しい文化に火が付いたと言っても過言ではないかもしれない。
「つまり、チートくんが調理係、ヲルぺくんが接客・会計係、べゼくんが宣伝係…という事かしら…?」
「この人数をほぼ二人で回そうなんて、ご苦労な事ね。」

そこで漸く二人は勇司らに気付いたようで、
「あ、ユウジくん、セイヤくん、ヴェルムちゃん、クレイちゃん。来てくれたんだねー。」
べゼの軽い挨拶に対し、チートはいつもより一層低い声で、助けを求めた。
「ああ。皆様。悪いですが少し手伝ってくれませんかねぇ?」

嫌な予感がした一行は、
「今日は旅の休憩も兼ねてるので…。」
「あたし、海初めて!ホントに塩辛いの?」
「ほらほら、行きましょう。」
「て事なんで俺らはここで!頑張って下さい!」
海の方へ行ってしまった。



そして客の出入りも落ち着いてきた頃…。
束の間の休息をチートとヲルぺが取っていると。
「さて。そろそろ俺様の本領発揮タイムかな?」

「え。」
「あ?」

「ヲルぺくん。全メニュー、倍額に書き直して。」
突然のべゼの発言に戸惑うヲルぺ。
「は、はい…!」
「べゼ、テメー何考えてやがる?」
チートは怪訝な顔でべゼに問う。
「ふふ、特別に一肌脱いでやるよ。」

べゼは大きな深呼吸した後に、大声で言った。

「皆ー!今から俺様、べゼが会計しちゃうよー!君の手に俺様の手が触れちゃうかもねー!」

それを聞いた沢山のべゼのファンが黄色い声を上げながら走ってくる。
その大勢を前に、
「噓でしょー!?」
「嘘だろ…!!」
チートとヲルぺは愕然とする。
「べゼさん、ボク達まだ全然休んで…!」
「ほら、さっさと働く。はい、200フォルトゥナのお釣りだよー。」


多忙を極めた二時間後───。
商品は完売し、三人はやっと一息つく事が出来た。
「もうへとへとだおー…。」
「全くだよ…。女神を酷使とかチートくん絶対地獄行きだよ…。」
「テメーが変な事するからだろ…。」

と、そこに三人のローブを纏った男がやって来る。
「あー、すみませんお…もう今日は閉店で…明日また…。」
「明日は無い。」
男の一人が険しい顔で言い放つ。

「「「は?」」」

「我々はディーナーの魔法兵だ。貴様ら、街からこの建築物の建造許可は取ったか?」
少しの沈黙。そして三人は顔を合わせる。
「チートさん…?」
「チートくん?」
「テメーら。自分の命は自分で守れ。」
そう言うと、チートは売上金が入った金庫を持ち、素早い動きで逃げて行った。
それに続いてヲルぺとべゼも散り散りに逃げていく。

夕焼けの中。
あるところでは、
「全然楽しくなんかなかったおーー!!!」
またあるところでは、
「チートくん本当に地獄に堕ちろよーー!!」
またまたあるところでは、
「海の家なんてもうぜってーやんねぇーー!!」
それぞれ謎の叫び声が響いたという。


海の家の文化は勿論浸透することなく、数日後には人々の記憶から忘れ去られたという。
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