InsteadLost

エアストウワンへと帰国した勇司一行。
だが街に入るまであと一歩というところで入れずにいた。
踏み止まっていたのはヴェルムだ。
無理もないだろう、初めての人間の街だ。
小さく見えたその背中を勇司は軽く叩いた。
「心配すんなって!俺らが護るから!」
誠也も続いて、
「クストスさんとも約束したしね。」
ヴェルムを安心させようと、笑ってみせた。

だが実際街中に入ると。
「ちょっと、あの女。エルフじゃない?」
「何か危害を加えるつもりなんじゃ…!?」
故意か過失か、そんな言葉があちこちから投げかけられる。
中には、
「エルフって思ってたよりエロいな…!」
「ありゃエルフってよりエロフだな。」
不埒な視線を向ける者もいた。

「ねぇ…。やっぱり裏路地から回った方が良かったんじゃ…?」
「何言ってんだ。城にはこの道が一番近道だし、ヴェルムも人間に慣れておかなきゃだろ?」
気まずそうな表情をしていたヴェルムが笑顔を作ってみせた。
「セイヤ、気を遣ってくれてありがとう。でもユウジの言う通りよ。それにこれくらいでめげてたら兄上に叱られるわ。」



「何でヒィさんに会わせてくれないんですかぁぁぁぁ!?」
「何故?貴様らが得体の知れない旅人だからだ。」
「許可証も無いのなら話にならない。それと女王陛下とお呼びしろ。」
城門に着いたはいいものの、衛兵達は頑固として勇司達を城内へ通そうとはしなかった。
それに意固地になった勇司が叫んだ。
「ヒィさあああああああん!!!俺ですうううう!!勇司ですうううう!!!」
すると衛兵達は勇司の喉元に槍の穂先を突き付け、怒りを露わにした。
「これ以上騒ぐようなら、街への出入りを禁ずるぞ。」
しかしその直後、城内から騒めきが聞こえた。
「お待ち下さい!!」
「どうかお止まりになって下さい!!」
暫く騒ぎがあったかと思うと城門が勢いよく開いた。

「はいヒィさんどおおおおおおんっっっ!!!」

「ヒィさん!!!」
「女王陛下!!?」
「えっ…この人が人間の王女…!?」
その場の全員がヒィの登場に驚いていた。

するとヒィはヴェルムに目を輝かせながら顔をこれでもかという程近づけ、
「君が新たに旅に加わったヴェルム君だな!?嗚呼、生きているうちにエルフを見られるとは…!
これを感動と言わず何と言おうか…!見たところ、しなやかな筋肉の付き方から魔術や弓術より体術に優れていそうだ…!それに…」
「ちょちょ、ヒィさん!!一旦ストップ、とりまこの槍!!どうにかして下さいよ!?」
勇司は興奮気味のヒィに助けを求める。
するとヒィは衛兵を睨みつけ、1トーン低い声で言った。
「槍を引け。この者達は我の友人であり、世界を救うやも知れぬ救世主の一行だぞ。」
初めて見たヒィの威厳に呆気にとられていると、
「も、申し訳ありません!!」
衛兵は槍を引いてくれた。
それを確認するとヒィはいつもの軽い態度に戻り、
「そんじゃこの者達はこれから顔パスねー。許可証書くの正直面倒だし。」
「はっ!」

城内を歩きながら誠也はヒィに尋ねた。
「ところで…何でヒィさんはヴェルムの事を知ってるんですか?」
するとヒィはあからさまに嫌そうな顔をした。
「実は君達が到着する小一時間程前に鬼蜘蛛から、ヴェルム君についての魔法便が届いたのだよ。
"面白い仲間が増えた"、とな。」
やはりチートは何処で何を見ているか分からない。恐ろしい男だ。
しかし誠也は魔術を使う者としての血が騒いだのか、チートの事よりも魔法便というワードが気になったようだ。
「魔法便というのは、手紙の事ですか?距離はどの位が限界ですか?俺でも使えるようになりますか?」
質問責めにあっているヒィは誠也を宥めた。
「落ち着いてくれ、セイヤ君。後でちゃんと説明するから。まずは汗を流して、それから食事にしようではないか。」


小一時間後───。
勇司達は四人きりの部屋で御馳走にありついていた。
「ふむ。セイヤ君が瞳を輝かせて我に眼光を送ってくるのにもそろそろ耐え難いし、”魔法便”について話そうか。」
すると誠也は尻尾を振るかのように喜んだ。
「空間魔法は使えるな?その応用なんだが。このスプーンで試してみるとしよう。」
ヒィは説明を続けながら掌のスプーンに魔力を込め始めた。
「届けたい相手を強く思い、込めた"魔力が"世界を、時空を、"翔ける"ような感覚で…。」
ヒィの掌にあったスプーンは朧げな光を纏い、少し浮いてから消えた───と、思ったら誠也の目の前に静かに降りた。
「こうだ!」

「強く思い。魔力が翔ける。」
早速試そうとした誠也だったが。

「っで!!?」

ヒィに返そうとしたスプーンは何故か勇司の脳天に堕ちた。
「おま、わざとか!?わざとだろ!?」
「ユウジ、落ち着いて?」
「ごめんってば。そう簡単にはいかないよなぁ。」

ヒィは豪快に笑いながら言った。
「はっは!!!そう簡単に使いこなされては困るというものだ!幼少期とはいえ、我でも習得に半年は掛かったのだからな!!さ、食事を済ませようじゃあないか!この後、王の間で用があるからな!」

強く思い。魔力が翔ける。
その言葉は誠也にとって食物を噛み締める度に深く心に刻まれていた。


王の間にて。
「さあ!あの侍女達が持ってる服を試着してもらおうか!」
ヒィの指の先には三人の侍女が立っており、その手に持っていたのは…。

「おーーーっ!!学ランじゃん!!雨乃元はブレザーだったからなぁー!初めて着るわーー!!」
学生服だった。恐らく以前話していた学園のものだろう。
「新鮮だねー。ネクタイ締める手間が省けて楽かもね。」
勇司も誠也も初めての学ランにすっかりテンションが上がっているようだ。
「二人共よーく似合っているぞー。さて…ヴェルム君はっと…。」
「あのー…。」
着替え終わった様子のヴェルムだったが、何故かもじもじとしていた。
「んだよ?ヴェルム、出て来いよ?」
勇司の呼びかけにヴェルムは諦めたように一つ溜息を吐いて出てきた。

「あの…これ…結構…かなり恥ずかしいのだけれど…。」
顔を真っ赤にしたヴェルムは、黒いストッキングにパンプスと、膝元辺りまでのスカートのセーラー服に身を包んでいたのだが…。
勇司達の視線は学生服には似付かわしくない、強烈に強調された胸の膨らみへと向けられた。

「ぶっ…ハハハハハ!!アッハハハハハ!!ヴェルム!!何だソレ!!」
「はっはっは!!これはまた面白い…じゃなかった、に、似合って…いるぞ…?」
「ちょっと二人共…笑…い過ぎだってば…ぷっ…。」
数分の間、王の間は笑い声が止まなかった。


「いやぁー、すまないすまない。少しばかり採寸が甘かったかな。」
やっと笑いが治まったヒィが涙目で申し訳程度に謝る。
一方、勇司は笑いの余韻で腹をピクピクと痙攣させていた。
「もういいわ…。それより何故こんなヒールのある靴なのかしら?私達は戦闘の訓練に行くのよね?」
「戦闘の訓練と言うと少し語弊があるな。あくまでも君達には"学校"に行ってもらう。
其処には様々な理由で入学する者がいて、中には貴族なんかもいる。その為だ。
それにヒールで戦い慣れておくと君の元の履物になった時、今よりも戦いやすくなる筈だ。」


喧騒を纏いながら夜も更け、勇司達は明日も早いからと眠りにつくことにした。
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