InsteadLost

「兄上…その後ろに居るのは…。」
クストスがヴェルムと呼んだその女性は明らかに勇司達を警戒していた。

「妹のヴェルムだ。ヴェルム、こいつは俺の事を庇って怪我をした。治療を頼む。」
クストスの言葉にヴェルムは眉を顰め、
「人間が…エルフを…?」
クストスは勇司の左手首を強引に握って上げて見せた。
「いてててて!!?クストスさん、力!!力強い!!!」
「ハッハッハ!!このアホ面のガキ共に俺が遅れをとる訳がないだろ。
もし害を為すようならお前が始末していいぞ。」
からから笑いながらクストスは再び夜の森へと消えて行ってしまった。


「このまま安静にしてれば二日くらいで治るはずよ。」
ヴェルムは勇司の左手に見た事のない、恐らく薬草であろう植物を包帯で巻き付けた。
「さんきゅー。いやぁ、こんな美人でしかも巨乳のお姉さんに手当してもらえるなんて、怪我の功名ってやつだなぁ!!」
口元を緩ませながら言った勇司の頭を誠也が思い切り叩く。
「ほんっとお前にはデリカシーってものが無いよね。だからモテないんだよ。」
「怪我人は丁重に扱えよ!誠也だって彼女居ねークセに!!」
「彼女は居ないけど、告白は何度もされた事がありますー。」
「モテるってのは、蘭レベルになってから言って欲しいな!?」
そんなくだらない言い合いを横目に、気まずそうにヴェルムが呟いた。

「…何で。」
微かながらもその言葉は、二人の喧騒を止めるには十分に重みがあった。
「何でなの…?何でそんなに真っ直ぐな目で私達を見れるの…?
耳の形も違うし、肌の色も違う。それに私は…。
何百年と生きてきて、人間は、恐いものだと大人から教わってきた…。」


「カンケーねぇじゃん。エルフとか、人間だとか。」

重い空気の中、勇司はいとも簡単に言った。
「確かにお姉さんの胸はエロい目でみたけどさぁ。お姉さんもクストスさんもいい人だし、そういう差別とか古いし必要なくね?」
それに誠也も続いて
「種族だとか、そんなのその人さえ信じられたら気にしなくていいと、少なくとも俺達は思ってます。だから、貴方もそんなに警戒しなくていいんじゃないですか?」

「…!!」

まるでヴェルムの不安を晴らしたように、小屋の窓から朝日が差し込んできた。
ヴェルムは二人の傍に座り、白い頬を赤らめながら言った。
「…もし。もしも、この世界に貴方達みたいな人が少なからず居るというのなら…。

この世界はそんなにも、悪いものじゃないのかもしれないわね。」

朝日に照らされたその笑顔は、とても美しかった。
「やっぱ、美人さんなんだから、笑ってた方がいいな!」

「おい、誰が俺の妹口説いていいっつった?」
何の前触れもなく扉が開き、クストスが顔を出した。
「ガキ共、ちょっと顔貸せ?」

「…勇司の発言のせいで怒られるパターンだよ、これ…。」
「死亡フラグかもな…。」

しかしクストスの話は勇司達の予想と打って違ったものだった。
「えーと…名前。」
「勇司です。」
「誠也です…。」

「ユウジ、セイヤ。実はヴェルムは俺の実の妹じゃねぇんだ。
あいつの額にはな、普通のエルフと違う、ツァールト族しか持たない"天地の慈愛"って宝石が埋まってんだ。
ツァールト族は風の精霊様の直系の配下、風の戦士達の指揮下にある特別なエルフだ。
俺は、あいつを一度本当の親に逢わせてやりたい…!
だから、ユウジ。セイヤ。頼む!ヴェルムをお前らの旅に同行させてやってくれないか!」
クストスはその頭を深々と下げた。

「でもそんな希少な宝石を持つなら身の危険も…?」
誠也が聞くとクストスはまたからからと笑って、
「そん時は、お前らが護ってやってくれ!」
大きな手で勇司と誠也の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「聞いてたんだろ、ヴェルム。」
すると物陰に隠れていたヴェルムがひっそりと出てきた。
クストスはヴェルムの肩に手を置き、
「それでいいな、ヴェルム。お前はもっとこの広い世界を見て来い。」
ヴェルムを見据えた。
「はい!」
ヴェルムは嬉しそうに答えた。


「兄上、旅の支度が出来ました。」
肩に荷物を下げたヴェルムが森の出口でクストスと向き合う。
「おう。行ってこい。」
クストスは煙草を吸いながら軽い挨拶で済ませる。
だが。
「私が居ないからって、余り煙草を吸い過ぎないで下さいね?あとしっかり睡眠も取る事!
洗濯も怠らないで下さいよ?」
どうやら旅を共にする事になった人は、大分姉気質のようだ。

「宜しくな、ヴェルム!」
手を差し出す勇司。
「ええ、宜しく!」
ヴェルムは堅い握手で応えた。
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