InsteadLost

その夜。
森の前でチートが確認した。
「いいですね?ユウジ様方はこのまま真っ直ぐ進んで下さい。そこに、足止めすべき人物が居ますから。殺しても構いません…殺せるなら、ですが。」
また嫌味たらしく笑ったチートは、木々の茂る暗闇へと消えていった。

「なーんか夜の森って楽しいな!お化けとか出そうで!」
と軽い足取りの勇司に、
「もうちょっと緊張感持ってよ、勇司…。」
周囲を警戒しながら進む誠也。

「鬼蜘蛛か。」

開けた場所に出ると、男の低い声が聞こえた。
「二人…鬼蜘蛛の差し金か…薄らとだがもう一人…鬼蜘蛛はそっちか。」
その男は暗闇の中、こちらの状況を把握しているようだった。

「取り敢えず、こっちは十秒で片をつける。」
その時丁度、雲が晴れ、満月の光が男を照らした。

大剣を構えたその男の、背が高く白い肌に整った顔立ち…何より細長い耳が目を引く。
「エルフ…?」
もしかして、と勇司が口を開いた。
「知らずに来たのか。まあ鬼蜘蛛に加担してる時点で敵に変わりはない。」
「勇司。」
「ああ、分かってる。」
男の殺気を肌にピリピリと感じながら、勇司は剣を抜いた。

葉擦れの直後、全身に痺れを感じさせる程の重い一太刀が勇司を襲う。
必死に耐える勇司が叫ぶ。
「誠也っ!!!」
「分かってる!」
呼応して、闇を纏ったナイフが三本飛んでくる。
その場を避けた勇司と共にナイフは男にも避けられてしまう。

一旦双方は間合いを取り、戦闘態勢を整え直す。

草木が風でざわつき、男は口を開く。
「力量は分かった。時間が惜しい。次で決めるぜ。」
此方へ向かって来る男に、勇司は剣を構え、誠也は魔術の展開を始める。
だが、男の視線が一瞬違う方向へ向いたのを勇司は見逃さなかった。
「誠也、ちょっと待…!」
しかし時既に遅しで、振り返った男の背中にはナイフが迫っていた。
剣を振り下ろす間も無く勇司は左手で闇を纏ったナイフを直に握ってしまっていた。
「ぐぁあっ…!!」
熱さと痛みがジリジリと交互に掌を襲う。

「くっ…!」
男は此方を一瞥し、チートが向かった方向へ消えてしまった。

「勇司!!」
誠也が駆け寄ってくる。
「勇司っ…ごめん、俺っ…!」
いつも冷静な様子とは打って変わって慌てふためき何度も謝る誠也。
それに勇司は必死に笑みを作って、
「大丈夫だって…!誠也の所為じゃない。」
平静を装う。
そんなこんなしているうちに男が戻って来る。
抵抗出来なくなった二人は無意識に後退る。

「ついて来な。」

「「……へ??」」
予想外の男の言葉に二人は間の抜けた声を出してしまう。
「鬼蜘蛛は追っ払った。お前ら人間二人くらいなら、森に入れる訳にはいかねぇが、外れの川にある俺ん家になら通せる。そこで治療しな。」

「は、はい…。」
戸惑いながらも二人は男について行く。
男は歩きながら話してくれた。
「俺の名はクストス。この森を守る者だ。
鬼蜘蛛は今、エルフについての何らかの情報を狙ってこの森を度々侵入しようとしてる。基本的にエルフと他種族は相容れない関係にある。
そこにあんな危険な人間を入れる訳にはいかないからな。
だが、人間に庇われたのは何百年と生きてきた中でも初めてだ。
何故体を張ってまで俺を助けた?」
男…クストスは勇司に問う。

「目の前に怪我しそうな人居たら、そりゃ助けますよ!」
その答えは実に単純明快なものだった。

「当たり前みたいに言うんだな。それが、当たり前じゃないから俺が番人をしているっていうのに。
……変わった人間だぜ。」
その時、初めてクストスの顔が綻んだ。

「着いたぜ。」
川の傍には小さな小屋が一つ建っていた。
「ヴェルム。」
クストスの視線の先には、月を眺めている女性の姿があった。
「……兄上。」
振り返ったその女性は、月明かりに照らされ幻想的な美しさを放っていた──。
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