独歩は今日も脂ぎった毛の薄い頭皮を見上げていた。

ハゲ課長の嫌味を右耳で聞いて左耳で流す毎日。
それが日常かと思っていた。


「では、今日から派遣社員の教育頼んだよ。」

「え、ぼ、ぼ、僕がですか！？」


思わず聞いていないと口答えしそうになったが、また嫌味を言われると思い咄嗟に口を噤む。


「それじゃ弥勒院君、あとは分からないことがあれば観音坂君に聞きたまえ。」

『本日より派遣として採用されました弥勒院玲香です。よろしくお願いしま…』


聞き覚えのある声と苗字。
嫌な予感しかしない。


「弥勒院…さん…！？」

『なっ…！？また貴方ですか！』

「すすすすすすすすすすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません！！！弥勒院さんのお邪魔になるなら今すぐに会社辞めます！！！！！」


弥勒院玲香。

かつて独歩が一夜を共にした女だ。
そして偶然にも隣の部屋に引っ越してきた隣人でもあり、そして今日まさか職場にまで現れるとは夢にも思わなかった。

おまけに教育係まで任されてはもう関わらざるを得ない。


「えーっと…弥勒院、さん？」

『あ、そうそう。観音坂さんにも連絡先お教えしますね。今後お世話になるみたいですから。』

「え、いや、以前聞きましたけど…」


独歩の返答を無視して玲香はメモ帳にサラサラと文字を書き込み、1枚だけページを破って独歩に手渡す。

独歩は呆気にとられながらもそれを受け取ると、そこに書かれていた内容に戦慄した。


-くれぐれも余計なことは話さないで下さいね。貴方のためでもあります。-


『よろしくお願いします、観音坂さん。』


この女は涼しい顔をしてよくもまあいけしゃあしゃあと言えたものだ。

と、独歩にはそれすら言える度胸はなかった。
玲香に一理あるからだ。

酒の過ちとは言え一夜を明かした相手と同じ会社で働くことになったとバレてはそれこそ会社に居場所がなくなってしまう。


「よ、よろしくお願いします…。」


独歩はまだ知らなかった。
この後自分がドラマの主人公のような展開に巻き込まれることを。