顔も見たくない。

声も聞きたくない。

生きていることすら憎らしい。

一度は愛した男だというのに、こんなにも憎むことができるのかと玲香は背を向ける男にそう思う。


「玲香…ごめん、ホントごめん！俺が悪かった！！」


ああ、腹が立つ。


「俺には玲香だけなんだ！許してくれ！！」


煩い、黙れ。


「こんなに謝ってるんだから…いいだろ？」

『その中身のない謝罪に私が許すほどの価値があると思ってるの？自惚れんじゃないわよ。』


玲香の怒りが限界を超えた。


『その誰に言っても当たり障りのない適当な言葉で機嫌取りするところが前から気に食わないの。
大体アンタは私に謝りたいんじゃなくて、私に謝ったって結果を残したいだけでしょ。
その自己満足に付き合わされるこっちの身にもなってよね。』


まだその場に立ち尽くす迫田が見ているのも気にせず、玲香は翔大を淡々と罵倒し続ける。


「ご、ごめん…」

『ホラまた始まった、こっちは怒られる原因が分かってもないのに謝られたって迷惑なんだけど。』

「ごめん…玲香」

『ハァ…話聞いてる？私が怒ってる理由分かって謝ってないならもう黙っててくれない？』

「あ、あの…！」


そういえば忘れていたが、まだ迫田が居たのだった。
翔大を庇うように立ちはだかり、怯えた目で玲香を見上げる。


「ちょっと待って下さい…っ、翔大さんはちゃんと謝ってるのに、そんな言い方しなくてもいいじゃないですか！」

『…言いたいことはそれだけ？』


迫田さえも冷めた目で見下ろす玲香はまさに、蛙を睨む蛇そのもの。

すっかり怯えきった迫田とその影でうわ言のように「ごめん」を繰り返す翔大にバカバカしくなったのか、玲香はスイッチを切り替えたように明るい声を上げた。


『安心して。私はもうこの病院辞めたし、もうアンタ達と関わることはないから。
それじゃ、お幸せに。』


ここまで皮肉の効いた祝福の言葉があるだろうか。

玲香のたった一言は2人の心を鋭く抉った。

引き換えに玲香は憑き物が落ちたように晴れやかな表情をしていたけれど。