観音坂独歩は憔悴しきっていた。

今朝の一悶着の後会社に遅刻の連絡をすると、案の定電話越しでもハゲ課長から長々と陰湿な嫌味を浴びせられた上、「邪魔だから今日は来なくていい」と留めの一言を突きつけられる始末。

電話一本かけるだけでここまで疲れると思っていなかった。
長いため息を吐き終えると再び震える携帯にうんざりしながら画面を見ると、表示された名前に思わず飛び上がる。


「えっ…！！？なんで、先生から…」


神宮寺寂雷と表示された画面に戸惑いながらも恐る恐る通話ボタンを押す。


「も、もしもし…観音坂です…」

-あぁ、独歩君？出てくれて良かった。今どこに居るんだい？-

「えっと…今から自宅に戻るとこですが、なぜ先生が僕に電話を？」

-一二三君が昨夜から独歩君と連絡がとれなくて「私のところに来てないか？」って病院まで来てるんだよ。今一緒に居るんだけど…わっ！一二三君落ち着いて…-

-どぉっぽぉぉぉぉぉ！！どこ行ってたんだよぉぉぉぉぉ！？俺っち死ぬほど心配したんだからな！！！-


耳をつんざく一二三の声に一瞬だけ顔をしかめる。


「一二三…先生に迷惑かけるなよ、事情は帰ったら説明するから。」

-帰ったら全部話せよな、ったく…センセ、電話返しますね〜-

-何はともあれ無事で良かったよ、今日はゆっくり休みなさい。-

「はい…ご心配をおかけしました…」


通話の切れる音を確認し、ようやく一息つけると安堵のため息をもらした。


「（帰ったら即寝よう…いや、その前に一二三に根掘り葉掘り聞かれるだろうな…。）」


独歩の予想は的中した。
家に着くや否や玄関の前で一二三が仁王立ちしていて、独歩の姿を視界に入れた瞬間、弾丸のようなスピードで独歩に飛び付いた。


「どぉっぽォォォォ！！！！！」

「ぶふぉっ！！？」

「やっと帰ってきやがってぇ！！俺っちがどんだけ心配したと思ってんだよ独歩のバカぁ！！！」

「わ、分かった…分かったから離してくれ…！ちゃんと全部話すって…！」


掴んだ独歩の両肩をガクガクと揺する一二三の手を止めさせ、昨夜の出来事を話し始めた。













「…よーするに、仕事終わりに飲み屋のキャッチに捕まって、相席した女の人とヤッちゃった的な？」

「記憶は一切ないけどな…。」

「マジかよ…俺っちが同じ状況で目ェ覚ましたら死ぬわ…。昨日も女の子にアフターにホテル誘われてさー…」


確かに一二三なら酒を飲む機会も女性と接する機会も職業柄ほぼ毎日あり、枕営業目当てに一二三に擦り寄る客も多いだろう。

ゾッとした一二三が女の残り香の付いた独歩のスーツに消臭剤を吹き付けながら顔を顰める。


「とりま、独歩が無事で良かったわ！
今チャチャっとメシ作っから。どうせ何も食ってねーだろ？」

「あぁ、頼む。」


この一夜に続きがあると、独歩はまだ思っても見なかった。