テニスの王子様
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ここ数日、学校全体が騒がしく、そして浮足立っている。
文化祭の準備で、生徒たちが朝から夕方まで忙しく駆け回っているからだ。
そんな中、俺は一人ベンチに座って、呑気にも自販機で買った暖かいお茶を飲んでいた。
「あれ?幸村くん一人で何してるの?」
たまたま前を通りかかったクラスの違う同級生の女の子に話しかけられる。
「ちょっと休憩だよ」
「あ、そうだよね。幸村くんは無理しない方がいいよ!」
彼女はそういうと「じゃあね」と足早に走って行ってしまった。
その後ろ姿に手を振りながら、俺は心の中でため息をつく。
「無理するな、か…」
ここ数日、俺はクラスの準備にほとんど参加できていなかった。
理由は、さっきの彼女のあの言葉がすべてだ。
病み上がりの俺に無理はさせられないと、クラスメイトはみな気を使ってくれ、俺の周りからどんどん仕事がなくなって、最終的にいつもここで時間を潰すことになる。
…わかってる。皆は優しいだけなのだと。
それに、病み上がりで無理をしてはいけないのは事実だ。
それでも、少しくらいは俺も役に立ちたい。なんて、考えるのは俺のただのわがままなのだろうか。
自分の中のもやもやした気持ちを誤魔化すように、ぬるくなったお茶をぐいっと飲み干す。
これからどうしようかと、ふらふら歩いていると生垣の死角から横たわる人の足が見えた。
「えっ…!?」
誰かが倒れている、と思い慌てて近寄ると、そこには見知った人物が倒れていた。
「…名前?」
俺が名前を呼ぶと、背を向け横たわっていた人物はピクリと反応する。
名前はゆっくりと体を起こし、ばつが悪そうな顔でこちらを見た。
「こんなところでなにしてるの?」
「…ちょっと、寝ていただけです」
名前はパンパンと制服についた細かい草を払いながら座りなおした。
「幸村先輩こそ、こんなところで何をしているんですか?」
その問いかけに、今度は俺が少しばつが悪くなる。
「俺…は、休憩中かな。名前も?」
「追い出されました、クラスから」
一瞬、自分の心が読まれたのかと思い、ドキリとする。
俺は名前の傍に腰を落とした。
「…なにかあった?」
そう聞くと、名前は目の前に自分の両手を出してみせた。
その手には、バンドエイドや傷跡が痛々しくついている。
「ど、どうしたのこれ?」
「…これ全部、クラスの出し物を準備中に怪我したんです」
そこまで聞いて、名前がものすごく不器用で細かい作業が苦手だと、前に話してくれたことを思い出した。
「クラスのみんなは、私の手はテニスの為に大切だから、もう何もするなって」
「ふはっ」
俺が思わず吹き出すと、名前は驚いたように目を真ん丸とさせた。
「ごめん、違う。名前を笑ったんじゃなくて、自分に笑ったんだ」
「?」
「…さっき俺は休憩中って言ったけど、嘘。本当は俺も同じようなこと言われて…クラスから追い出された」
俺の言葉を聞いて、明乃は意外そうな顔をする。
「幸村先輩って不器用でしたっけ?」
「そっちじゃなくて。…病み上がりだから、無理するなってみんなに言われちゃってさ」
明乃は小さく「あ、なるほど…」とつぶやいた。そして少し間を置いた後、口を開く。
「じゃあ、同じなんですね」
たったそれだけの短い言葉で、さっきまでのもやもやした気持ちが軽くなる。
「……そうだね」
なんだか溜まらない気持ちになり、俺が返せた言葉もまた短いものだった。
「…みんな、心配し過ぎですよ」
そう言って名前は怪我だらけの両手をひらひらとさせる。
「…俺は逆に皆の気持ちがわかったかもしれないな」
「え?」
「名前がそんな怪我しながら準備作業してたら、俺も無理するなって言ってたかも。クラスの皆もこんな気持ちで、俺にそう言ってくれてたのかな…」
「…」
名前は何も言わず、俺の顔と自分の両手を交互に見つめた。そしてぽつりと呟く。
「…クラスから追い出された、は言い過ぎたかも…」
「…俺も、心のどこかで厄介払いされたって思ってたのかも…」
独り言のようなお互いの言葉に、思わず顔を見合わせて笑った。
「私、クラスに戻ったらちゃんと自分の考えを伝えて
自分がやれること見つけて、準備に参加します」
「うん…。俺も、そうするよ」
名前は満足そうな表情をすると、その場にバタッと倒れ込む。
「えっクラスに戻らないの?」
「せっかくなので、もう少し休憩してからにします。お昼寝日和なので」
そういうと、名前は目を閉じた。少しだけ迷ったが、俺も名前を真似て、体を横に倒すと、名前は驚いたように目を開けた。
「俺も、少しだけここで休憩してから行くよ」
俺の言葉を聞いた名前は少しだけ目を細めると、そのまま目を閉じた。
俺はそんな無防備な明乃の顔を見ながら、自分の中から溢れるこの気持ちを、声に出さずつぶやいた。
end
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