凸凹バッテリー
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「私は!甲子園に行ぎだいっ!!」
涙で濡れた顔を隠そうともせず彼女は叫んだ。泥だらけのユニフォームは、小柄の彼女を大きく見せる。
「え、何?」
「マジで言ってんの?」
既に制服に着替えたチームメイトは彼女を冷めた目で見つめる。
いわゆる弱小野球部の私達。部活動強制の学校で、とりあえず席を置いてる部員達は練習すらまともにしない。そんな中久々に組まれた練習試合はコールド負け。悔しいなんて感情を持ってる部員はいなかった。彼女を除いては。
「っごめん。相手の監督さんに挨拶してくる」
涙を拭ってグラウンドに戻る彼女の背中を、私は何故か追っていた。
『何で皆んな、ボール追わないの?』
『悔しく無いの?負けたんだよ』
『皆んなで目指そうよ、甲子園。今からでも間に合うよ』
ダルイ、汚れたく無い、どうでもいい。彼女の気持ちは軽い言葉で片付けられた。全否定された彼女の最後の叫びを、私は受け入れてみようと思った。1番彼女のボールを受けてきたのは、私だから。
「山口!」
「……名前」
ゆっくりと振り返った山口。いつも楽しそうに笑う小さな彼女はそこにはいなかった。全部諦めた様な表情に酷く嫌悪感を抱いた。この子のこんな顔を見たく無いと。
「甲子園、2人でもいけるかな?」
「え?」
馬鹿な質問だと自分でも思う。野球のルール知らねえのかっ!いつもの彼女なら、そう言ってつっこんでくれるだろう。
「一応ほら、ウチらバッテリーじゃん。付き合うよ甲子園。まあ、1人が2人になっても変わんねえか?」
「ッ!」
「うおっ!?」
何も言わずに飛びついてきた山口。この小さな体のどこにそんな力があるんだってくらいの強い力で抱きしめてくる。
「……ょ」
「山口?どうした?」
山口は私の肩に顔を埋めて何か喋っているが、よく聞き取れない。
「変わるよ、名前が居てくれるなら、いけるよ、2人でも、甲子園」
「……」
ジワジワと肩が濡れていくのが伝わる。山口はずっと1人だったんだろう。同じ野球部に部員はいても、仲間はいなかった。同じ場所に立って、同じ夢を見る存在が居なかった。そんな彼女だから、1と2では大きく違ったんだろう。
「肩、熱いよ。無理し過ぎじゃ無い?」
「……負けたくなかった」
叱られている子供のような事を言う山口に自然と笑みが溢れた。
「何笑ってんの」
「痛いって!抓んなよ!」
「あっはは!」
背中を抓ってきた山口に文句を言うと楽しそうに笑った。さっきまで泣いていたと思えないその様子に呆れつつも、安心している自分がいた。
「ふふ」
「まだ笑ってんの?」
「私やっぱ、笑ってる山口の方が好きだわ」
「はあっ!?」
「どわっ!?耳元でデカい声出すなよ!」
急に大きな声を上げたせいで耳がキーンとした。
「だっ、だって、何、急に、はあ?」
「ふはっ!何言いたいのか全然わかんねー」
「なっ!、笑うなっ!!」
「痛い痛い痛い痛い!!!だから抓んな!!」
「うるさい!!」
山口の本日2度目の叫び声は、1度目よりもスッキリしていた。
2ヶ月後、私達の元にやってきたピンクベストを着た七三分けの男から伝えられた言葉にまたしても山口の叫びを聞くことになる。
「ああ君達、日向坂高校に来ないかい?」
私達は全国大会常連の日向坂野球部にスカウトされることになった。
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