下町ロケット見てたら書きたくなった
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「はあ〜……」
今日も朝から暑い。セミの声が耳障りだ。
「はあ〜」
「うるせえ」
「うわっ!?」
いつの間に背後に立っていた設楽課長。相変わらず気配が無い。
「お、おはようございます」
「おう」
そのまま自分のデスクに向かう彼に、私は声を掛けた。
「あの、昨日の事ですが……」
「ああ、社長から聞いたが、お前が抜けるとこっちの仕事が回らないから無理だ」
「そ、そうですよね」
設楽課長ももしかしたら結構私の事を評価してくれていると思うと嬉しい。
「でもまあ、本社が諦めるとは思えないがな」
「どう言う事ですか?」
「どうせ直ぐに何かしらお前にアプローチしてくるって事だ」
言ってる意味がよく分からない。
「まあ、直ぐに分かるよ。それより、シリンダー加工ラインのドリルが折れたみたいだから見てきてくれ」
「え!?またですか!?先週も折ってたのに」
文句を言いながらも、取り敢えず工具箱を持って部屋を出る。
「あちー……」
この炎天下の中、工場内は冷房が効いているとは言え、外と中の温度差が凄くて身体がダルくなる。
「お!苗字!悪いな」
「も〜伊達さん、こないだも折ってたじゃないですか〜」
「いやあ本当に悪いな。生産が追いつかなくて」
「分かりましたから、他ので加工始めてください。折れたドリル取って交換が終わったらまた声かけますから」
「ありがとな!」
伊達さんは直ぐに他の台へと移動していった。現場の人は皆悪い人では無い。生産を優先しているから他の所がガサツになるだけだ。まあ、そこの尻拭いを私達がしているのだが。
「はあ」
「大変そうですね」
「まあ、これが私の仕事なので」
………ん?私誰に返事した?
「おはようございます。苗字さん」
「菅井さん、何で?」
昨日会ったばかりの本社の美人さんが隣に立っていた。
「すみません、勝手に来てしまって」
「いや、それはいいんですけど、何かご用ですか?」
「今日は工場見学に来ました」
「工場見学ですか?」
菅井さんは確かに工場見学と言った。しかし、彼女の側に案内する人はいない。
「苗字さんに案内して頂こうかと思いまして」
「え」
可愛らしい笑顔を見せる菅井さん。目的はよく分からないが、今は案内することが出来ない。
「そうでしたか。ですが申し訳ありませんが、今はこの設備の修理中でして」
「はい、なので待ってます」
「え、いや、そう言うわけには」
「ダメなんですか?」
上目遣いで言われてしまう。そんな顔をされると断りづらい。
「……直ぐ終わらせます」
「ありがとうございます」
ニッコリと笑う菅井さんを見て、私は急いで作業に取り掛かった。見られていると、緊張して上手く出来ないものかと思ったが、意外とスムーズに進んだ。
「終わりました。作業者に報告しなければいけないので、もう少しだけお待ちいただいてよろしいでしょうか?」
「はい、勿論です」
私は承諾を得ると、直ぐに伊達さんに報告して戻った。
「それでは、行きましょう」
「はい、よろしくお願いします」
私は彼女を工場の一番奥にある設備まで連れてきた。そこは主に金属の加工を行う機械が並ぶエリアだ。
「ここが、ピストンの部品を作るラインになります」
彼女は興味深そうに辺りを見渡していた。それからいくつかの設備を説明して回ったが、やはり彼女程の美人になると、工場で働く男達からの視線が集まっているのが分かる。
「あの、どうされました?」
彼女は私がキョロキョロとしている事に気が付いたのか声を掛けてきた。
「いえ、何でも無いです」
「ふふ、嘘ばっかり。顔に出てますよ」
クスッと笑った彼女にドキッとした。やっぱり綺麗だ。
「少しお話しても宜しいですか?」
「は、はい」
彼女は私の横に並ぶと、こちらをじっと見つめながら話しかけてくる。そのせいで周りの男達の目が痛い。
「実は私、御社の工場を見学するのは初めてじゃ無いんです」
「え、そうなんですか?」
「はい、2ヶ月前に来させて頂きました」
2ヶ月前?最近だが、全然記憶にない。こんな美女が来ていたら覚えている筈なのに。
「私は技術部の部長や取締役の付き添いでした」
思い出すように語り出した菅井さん。
「フライホイールの加工設備を見ていた時に、反対側の設備で修理中の苗字さんを見つけました」
「私を、ですか?」
確かに2ヶ月前に、フライホイールの加工ラインの設備の修理をしていた記憶がある、スライドカバーが変形していたから、かなり修理に時間がかかったのを覚えている。よく思い出してみると、反対側がやけに騒がしかったような気がする。
「失礼ですが、女性作業者がいるなんて珍しいなって思ったんです」
「まあ、無理もないです」
「苗字さんが真剣な表情で修理をしていたのがかなり印象的でした」
「あはは……」
まさか、そんな事を思われているとは思わなかった。確かにあの時はかなり集中していて周りが見えていなかったからなぁ。
「素敵だなって思いました」
「へ?」
菅井さんが私を見て微笑む。何だろう、褒められているのだろうか。
「あの時はただ黙々と作業をしているだけでしたが、今回はこうして案内してくれています。それだけでも嬉しいんです」
「そ、そうですか」
私は照れ隠しに頭を掻く。
「あの時から、苗字さんに興味が湧いたので、私は会社に帰ってから、勝手に調べました」
「え?」
「苗字さんの事」
彼女は笑顔のままそう言った。何を調べたんだ?
「入社して最初は営業部に配属されたんですね」
「はい」
「そこで上司と衝突、それから技術部に配属になった」
「え、どうしてそれを?」
「だから、勝手に調べたって言いました」
ニッコリと笑う菅井さん。本当にこの人は何者なんだ。
「色んな事を調べてるうちに、苗字さんが欲しくなりました」
「ほ、欲しいって」
「だって、可愛いじゃないですか」
「かわっ!?」
思わず声が出てしまった。菅井さんは私を見てクフっと笑う。完全に遊ばれてるような気がする。
「自分も可愛らしいなのに、綺麗な女性に弱い所や、機械を弄り始めると、周りが見えなくなるところ」
「あの」
「あっ、すみません。取り乱しちゃいました。失礼な事を言ってしまって申し訳ありません」
彼女はペコりと頭を下げる。
「いえ、大丈夫ですよ。気にしないで下さい」
「ありがとうございます。やっぱり優しいですね」
彼女は真っ直ぐに私を見てそう言う。
「今日はこれくらいにしておきます。また会いに来ます」
「あ、はい」
私の返事を聞いた菅井さんは、一歩私に歩み寄り、手を握った。
「必ず落とします」
彼女は耳元でそう囁いて、手を離すと工場から出て行った。
「……」
しばらくその場に立ち尽くしてしまった。菅井さんから握られた手がやけに熱く感じる。しかし、不思議と嫌な感じはしなかった。ああ、どうやら普通の日常には戻れそうにない。
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