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「苗字ー!これを先に運べ!」
「あ、はい!すみません!」
スタジオのセットの移動中、先輩から怒られた。いつものことだ。慣れちゃいけなくても慣れてしまう。仕事が出来ない自分がつくづく嫌になる。しかし、そんな私がこうやって頑張れるのは彼女達のおかげだろう。
「美穂ー!!」
「京子チューしよ!」
「めいめい可愛いねえ〜」
スタジオで楽しそうにはしゃぐ可愛い女の子達。日向坂46のメンバー。私には眩しすぎる存在。だから見ているだけで良かった。
何で、近付きたいなんて思ってしまったのだろう。性格が言い訳ではない。誰かが落ち込んでいても放っておくタイプだ。ただ、彼女が日向坂のキャプテンだったからだろう。彼女と話したかった。彼女に認識して欲しかった。ただの薄汚い感情だけで近付いた。それがいけなかったのだろう。
「どうされましたか?」
収録終わり、廊下を歩いていた私は、自販機の前のソファーに座り込む佐々木さんを見つけた。
「あ!えと、すみません!」
確かに彼女は泣いていた。いつも笑顔で、周りの人も笑顔にする。そんな彼女が、流す涙を美しいと思った私は、やはり歪んでいるのだろう。
「目を擦るのは良くないですよ。これ使ってください」
私は彼女にハンカチを手渡す。こんな事本来はしない。自分でも何をやってんだと思う。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、気にしないで下さい」
なるべく、愛想のないように答える。彼女に好印象を与える必要は無い。間違っても相談に乗りますよ、なんて言わなくて良いのだ。直ぐに忘れられる存在なんだから。
「……私、ダメなんですかね?」
「……」
と思っていたが、まさかの佐々木さんの方から話して来た。どうする?何て答えるのが正解だ。
「さあ、何についてかも分かりませんし、答えようがありません」
「あ、そ、そうですよね!すみません」
少し冷たい言い方になってしまったかもしれない。でも、これ以上踏み込んでしまえば、また同じ過ちを繰り返すだけだ。
「私、キャプテンに向いてないのかなって思ったんです」
「……」
「私がしっかりしてれば、みんなもっと輝けるのに。高い場所まで連れて行ってあげられるのに」
「……それは違いますよ。あなたが居たからこそ、今があるんですよ」
「え?」
「あなたの明るさや優しさがあったからこそ、今の日向坂46は存在すると思います」
やめろ馬鹿。何を言い出しているんだ。関わっちゃダメだろう。どんなに自分に言い聞かせても。開いてしまったドアはなかなか閉められない。
「一流のリーダーってどんな人かご存知ですか?」
「え?やっぱり、上に立ってみんなをしっかりまとめて、引っ張っていける存在、ですか?」
唐突な私からの質問に、戸惑いながらも嫌な顔せずにちゃんと答える佐々木さん。やはり優しくて良い人なのだろうな。
「誰もがそう思うでしょうね。でもそれはまだ2流です」
「じゃあ1流のリーダーって……」
「人の上に立つだけでは無く、人を立たせることが出来る人です」
「……」
黙って私の言葉に耳を傾ける佐々木さん。
「リーダーに引っ張って貰おうではなく。このリーダーの隣に立って支えてあげたい。同じ夢を追いかけたい。そう思わせる人こそ、一流のリーダーだと、私は思います」
彼女の伏せていた顔が上がり、私の目線と交わった。
「日向坂のメンバーは、全員が貴女の横に並んで、貴女と同じ夢を見ている。貴女が一流の証拠ですね」
私は何を言ってるのだろうか。彼女に対してこんな事が言える立場ではない。目にうっすら涙を浮かべた佐々木さんを見て、先程までの饒舌が嘘のように何も言えなくなった。
「あ、あの!」
「あ、はい」
気まずさから伏せていた顔は彼女の声によって強制的に上げさせられた。そして、そこにはいつもの優しい笑みを浮かべる佐々木さんがいた。
「お名前、まだ聞いてませんでした」
「え、ああ、そうでした。技術の苗字名前です」
何故彼女が私の名前を聞いて来たのかよく分からないが、素直に答える。
「苗字名前さん」
私の名前を噛み締めるように繰り返す佐々木さん。夢みたいだ。あの佐々木さんの口から私の名前が聞けるなんて。でも、やっぱりダメだと再確認してしまう。私と彼女では住む世界が違いすぎる。彼女は太陽、私は蝿見たいなもんだろう。絶対に近づけない。仮にどれだけ頑張って近づいても、彼女の元に行き着く前に命を落とす。それでも、本当に私は近づこうとするのか?
「名前さん」
「え?」
まさかの名前呼びに上手く反応できない。
「ありがとうございました。このハンカチ洗って返します」
「いや、大丈夫ですよ。お忙しいと思いますし、わざわざそんな事しなくて」
「いえ、これを返す口実があれば、また名前さんに会えますよね?」
ダメだ、ダメだ。変な期待を抱くな。彼女は何も思って無いはずだ。だから、その言葉には深い意味は無い。そう言い聞かせても、どうしても頬が緩んでしまうのだった。
「では、また」
満面の笑みで、去っていく佐々木さん。私と彼女の距離感が一時的に近くなってしまっただけで、どうせ直ぐに離れることになるのだ。何も変わらない。今日の私は少し可笑しかったのだろう。普段ならこんなこと絶対しないのに。
「名前さん!おはようございます!これ見てください!としちゃんから貰ったんです!可愛く無いですか?あ、それと、この間借りたハンカチです、ありがとうございました」
また直ぐに離れていくと思っていた私と佐々木さんとの距離は、どう言うわけか近付いてしまっていた。
「あ、はい、良かったですね」
「可愛いですよね〜!」
「そうですね……」
なんでだ。どうしてこうなったんだ。
「……それでですね!私が……」
「……そうですか」
「……で、としちゃんが……」
痛い。周りからの視線が痛い。佐々木さんは人気者だ。アイドルということもあるが、やはり美人だし、誰にでも分け隔てなく優しく接してくれる。そんな人が隣にいるのは、どう考えても私みたいなモブキャラがいて良い場所ではない。
「名前さん?聞いてます?」
「え、あ、もちろんです」
小首を傾げて心配そうに私の顔を覗く佐々木さん。今日は一段と綺麗に見える。
「……名前さん」
恥ずかしそうに顔を背けながら私の名前を呼ぶ佐々木さん。
「あの、私、名前さんの事が」
ああ、ダメだ。その先の言葉を期待している自分と、聞いてはいけない、耳を塞げと忠告してくる自分がいる。
「好きです」
とてもシンプルな言葉。でも私の心をぐちゃぐちゃにするには十分すぎる。
「佐々木さん、それは」
「逃げないでください」
佐々木さんは、一歩後ろに下がろうとする私の腕を掴んだ。
「どんな答えもちゃんと受け止めます。だから、逃げないでください」
どうしてこうなったのか、数日前の自分の行動に後悔する。原因は、しなくて良いことをしたから。なるほど、だから私は仕事が出来ないのだろう。
「私は」
もう元には戻れない。ああ、見ているだけで良かったのになあ。
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