私の上司はバツバツくん
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「おやすみなさいバツバツくん」
アロマディフューザーの柔らかいライトが灯る寝室で、私はいつものようにベッドの中で目つきの悪い彼にチュっとキスをした。ごくごく平凡な一人暮らしのマンションの一室。白を貴重とした寝室をぐるりと見渡すと、いたるところに抱きしめているキャラクターのぬいぐるみやグッズが置かれている。
何故こんなにも一つのキャラクターが居るのかというと、きっかけは数年前。社会人になりたてで全てに余裕が無かった頃まで遡る。明日からまた一週間が始まると何もかもに絶望していた日曜日の午後、ふと通りかかったショッピングモールのとあるショップを通り過ぎようとした時、陳列されていた彼とバチッと目が合ったのだ。
(か、かわいい!)
その瞬間ぎゅうっと胸を締め付けられるような愛しさと切なさが体中を駆け巡り、明日の仕事なんて(いい意味で)どうでもよくなった。すぐに彼を家にお迎えし、愛情をいっぱい注いだ。不思議なことに帰ってきて推しが居るだけで明日も頑張ろうという気持ちになれるのだ。それ以来すっかり前向きになった私は発売されるグッズ情報はマメにチェックする見事なサ○リオオタクになった。
目つきが悪くて、ちょっといじわるで、それなのに仲間想いで。知れば知るほど愛おしく、こんなキャラを好きにならない訳が無い。彼のおかげで仕事も頑張ろうと思えるし、見ているだけで癒やされる。
可愛いは正義。運命の出会いに感謝しかない。
「はぁ…バツバツくん…君は本当に素敵だね。」
頭のトカサを毛並みに沿ってなでこなでこしながら、最近はこんな悩みも聞いてもらっている。
「バツバツくんみたいなギャップ萌え大渋滞の王子さまが現れたらいいのに…はぁ〜。」
憂いを帯びため息とバツバツくんこと目つきの悪いペンギンのぬいぐるみを抱きしめながら、毎日飽きもせず乙女の人生相談までする始末。きっとバツバツくんと会話ができたなら、くだらないと一蹴されそうだ。
「ふぁ…眠たくなってきた…」
悩んでいたかと思ったらすぐに眠くなって、その感覚に抗うことなく微睡みに身を任せる。
あと少しで今日も一日が終わる。
大好きな香りとふわふわもこもこの肌触り。
極上のリラックスタイムの始まりだ。
ふわりふわり揺れる意識の中で、私はバツバツくん似の王子様と手を繋いで薄紫色の空にキラキラとした金平糖の星屑の間を飛んでいる。もちろんバツバツくんは私達の恋のキューピッドで王子様の頭の上にちょこんと乗っていた。
「ふふ…」
ロマンチックな夜空の散歩。
今日もとっても素敵な夢の始まりだ―
「リヴァイ・アッカーマンです。」
「バッ、バツバツくんっ?!」
「あ?」
翌日の朝礼で口を両手で塞いだがもう遅かった。自己紹介のあった後、バツバツくんを具現化したような新しい上司は磨きあげられた革靴でフロアをツカツカと鳴らしながら私の目の前に立ちはだかった。
「お前、俺がバツとはどう言う事だ。説明しろ。」
「ひっ(しまった…)」
本社から期間限定で赴任してきた仕事に厳しいと噂のエリート上司。艶のある黒ぐろとした髪と、三白眼の鋭い目つきがほんとにバツバツくんそっくりでついつい心の叫びが声に出てしまったのだ。
「なんでも、ありません…」
「なんでもねぇ訳ねぇだろ。思いっきり顔に書いてあるじゃねぇか。これは命令だ、端的に答えろ」
「そ、そんな…(怒らせちゃったよ〜!)」
「5秒待ってやる。4…3…」
私はどんどん萎縮してしまい、受け答えができなくなってきているが、そんなことお構いなしに上司の圧は強くなる。5秒前って自分で言ったくせにまさかの4秒前からのカウントダウンが始まって、高圧的で意地悪なところが本当にバツバツくんにそっくりなんて思ってしまった。
「2…1…」
「か、課長がバツバツくんにそっくりだったんです!変なこと言ってすみませんでした!」
観念して私は勢いよく頭を下げて謝った。
「バツバツ?なんだそれは?」
「サン○オのキャラクターです。本当にそっくりでついつい心の叫びが声に出てしまったんです…」
「さんりお?どっかのブランドか?聞いたことねぇな。」
「えぇ?!」
キャラクターというものに無縁の人生を送ってきたらしい課長は、キャラクターはまだしも優しさと思いやりでできているあの大企業サ○リオを知らないという。
「ちょ、ちょっと待ってください!見たら分かるかもしれません!」
「?」
こんなに似た者同士なのにバツバツくんを課長が認知してないなんて。そんなことあってはならないと何故か躍起になった私は、急いで自分のスマホをスーツのポケットから取り出して課長にホーム画面を見せた。
「これがバツバツくんというキャラクターです!ちょっとぐらい見たことないですか?!」
「あ?…ねぇな。。」
スマホを至近距離で見せてくる私の勢いに少し引き気味な課長は仰け反りながら否定する。
「こいつが俺に似てるのか?」
「はい!もう姿形そっくりなんです!」
「それは俺の身長の事言ってんのか」
「え?…いえっ!まさか!まさかまさかそんなことはっ!」
はたと一歩下がって確認した課長の全長を見て課長が言わんとしている事が分かり、そこは首をブンブンと振り全力で否定する。後付けだがそれも一理ありますという台詞を喉元で全力で飲み込んだ。
「私このキャラクターの大ファンでして、ファン故の失言をお許しください…」
「待ち受けにするぐらいこいつが好きなことは分かった。」
課長は私がバツと言ってしまった理由を聞くと、自分と何処が似ているんだと興味深そうに私のスマホをまじまじと見ている。
私はというと画面と課長の顔を交互に見ながら初対面でめちゃくちゃ失礼なことをしてしまい、これをきっかけに理不尽なパワハラが始まったらどうしようと気が気じゃなかった。が、次の瞬間フッと息を吐き出すような笑い声が耳元を掠めた。
「確かにこの目つきの悪さは俺に似てるかもな。バツなんて言うから、てっきり初日から部下に嫌われちまったと焦った。」
「か、課長…」
課長は涼し気な眉をさらに下げて穏やかに笑った。課長は部下の失言に怒るどころかその鋭い目つきからは想像も出来ないくらい寛大で優しい人だった。
そういえば噂で次の上司は仕事は厳しいけどとても部下想いで人望のある人と同僚の間で話題になっていた。人望が集まるなんて外見はとっつきにくい真っ黒だが心優しいバツバツくんそのものではないか!
「そんなでかくて真ん丸な目で見られると困っちまうな…」
「え?」
課長は上気した顔で穴があきそうなくらい見つめる私をチラリと見て視線を逸らすと、困ったように後頭部の清潔に刈り上げた部分を触る。よく見るとキュッとネクタイで締まったワイシャツの上の首元がほんのり赤くなっていた。
そんな照れた課長に私の乙女センサーがピピピっと反応する。これぞギャップ萌え。不意打ち萌の大渋滞で脳みその処理が追い付かない。まさか夢に願った王子様が本当に現れてしまうなんて…
「じ、じろじろ見てすみません!課長が性格までバツバツくんにそっくりだったのでびっくりしてしまって!」
「そうなのか?」
「はい!彼はとっても仲間思いで優しいんです!私の理想の王子様なんです!」
「あ?」
そこまで言ってはたと目が合った。
お前ド直球過ぎだろと言わんばかりに見開かれた課長の色素の薄い瞳の中に私が映っている。自分でもわかるくらいに課長に夢中になっている自分が。
「…なんつーか、そんな似てるって言われると俺もこいつが気になってくるな。まぁ…その、なんだ…こいつの事はまた今度飯でも食いながら教えてくれ。」
「は、はい!」
照れ隠しなのか課長は微妙に話題を変えて私が握りしめている特製バツバツくんスマホカバーの飛び出た角の部分を「こんなん売ってんだな…」と真顔でツンツンと指で触れながら、「また後でな。」と上層部への挨拶の為颯爽と歩いていってしまった。
「スマートな、バツバツくん…」
食事とはみんなとだろうか、それともまさかの二人きり?
キラキラ瞬く金平糖の星空から、彗星の如く上質なスーツを着こなすバツバツくんが現れた。
ビューロランドみたいに世界がこんなにも優しさと愛に満ちていたなんて…なんで今まで気付かなかったんだろう。恋って素晴らしい。
「ありがとう、バツバツくん。」
これから毎日素敵な夢が見れそうだ。
瞳の奥やほっぺに甘いピンクの金平糖を散りばめた私は、今頃窓辺で気持ちよく日向ぼっこをしている恋のキューピッドにお礼を言った。