Junk
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「なかなか、薄くなりませんね。」
先日の壁外調査が嘘のような穏やかな午後。
彼女の唇から発せられたその言葉の意味を、睫毛のその先の柔らかな視線と、ゆっくりと皮膚をなぞる指の感覚で理解する。
「そりゃあ、すぐには薄くならねぇよ」
「痛そう」
「もう塞がった、痛くねぇよ」
そう言って、リヴァイは自分の隣に腰掛けている彼女の肩を抱き寄せる。するとリネンの香りと彼女の匂いが一つになって、ずっと嗅いでいたいと思うリヴァイの好きな匂いになった。
「でも…」
「なんだ、責任感じてんのか」
彼女は今にも泣きそうな顔をする。いや、もう彼女は泣いているのかもしれないと思った。虹彩と下瞼の境が淡く光っているような気がしたからだ。
「当然です。私がつけた傷ですから…」
巨人に捕まった彼女を取り戻して、体を抱き寄せた時に運悪く彼女の持っていたブレードがリヴァイの右腕を傷付けた。数針縫合が必要だったが、リヴァイがこれまで負ってきた傷の中では本当に些細な傷だった。
「たいしたことねぇよ。むしろ俺は、お前に傷をつけられてよかったと思ってる。この傷を見れば、いつでもお前を思い出せる」
「またそんなことを言って…」
少し困ったような表情をした彼女の耳の後ろ辺りに手を添えてゆっくりと唇を重ねた。何度も何度も、角度を変えては確かめた。彼女の髪が指の間を流れるように動いたり、瞼に触れたりして擽ったい。匂いも、色合いも、この空間の何もかもがリヴァイの愛おしいもので出来ている。ずっとここに居たい。
「俺なんかよりも、本当はお前のほうが…」
「失礼します。リヴァイ兵長、出発のお時間です。」
ノックと共に部屋の外から名前を呼ばれ、意識が引き戻される。そうだ、今日はこれからくだらない会議へ顔を出して先日の壁外調査の損失やらなんやらを、命の重みを知らない糞共に話さなければならないのだ。
「兵長…呼ばれています…」
「あぁ…今行く」
名残惜しく彼女から離れ、扉越しに呼びに来た兵士に一声かけると椅子にかけてあったシャツに袖を通しカフスを付けた。かったるそうにクラバットを付けてベットから立ち上がる。そのままつなぎの部屋の執務室に入り、ソファーの背もたれに無造作にかけてあったジャケットにも袖を通した。
一枚、一枚、衣を纏う。最後に部屋の扉を開ける時、もう一度彼女の方を振り返ると彼女はこの世の優しさをすべてかき集めてきたかのような表情で笑っていた。それを見て、リヴァイの心も自然と穏やかになった。
「あの、リヴァイ兵長…」
ジャケットから取り出した鍵を鍵穴に挿していると、呼びに来た兵士がリヴァイに声をかけてきた。
「先程は…部屋で誰かとお話をされていたのですか?」
「あ?」
「いえ、あの…扉をノックする際、兵長の誰かと話すような声が聞こえた気がしまして…」
「あぁ…それな…」
「も、申し訳ありません!不躾な質問をお許しください!」
呼びに来た若い兵士ははっとして、上官に対してデリカシーに欠ける発言をしてしまったと大慌てで謝りだした。リヴァイはもちろんそんなことで怒っていなかったが、なぜだか彼の慌てようが早送りした喜劇のようにコミカルで少しだけ滑稽に見えた。
「オイオイ、そんな謝るな。別に怒ってねぇよ」
「すみません…以後気を付けます…」
「気にするな。実際のところ、俺もよくわからん」
「え…?」
「とうとう焼きが回ったのか…ま、今は考えたって仕方ねぇ。さっさと行くぞ、もうすぐ馬車が来る」
戸惑う若い兵士を尻目にリヴァイは部屋の鍵を閉める。念のためドアノブを回し鍵がしっかりとかかっている事を確認した時、袖から見えた新しい傷の端。まだじゅくじゅくと、火に炙られたように熱を持っている。
この傷が薄くなって、いつか見えなくなった時、はたしてそれらを全て受け入れる事はできるのだろうか。
そんなこと、幾ら考えたってリヴァイ自身でもわからない。でも今はどうだっていい。考えたくもない。例え幻であっても、この小さな部屋の中で微笑む彼女にまだ会えるのならば──どうか、君が愛した強い兵士長にまだ戻れないことを赦してほしい。リヴァイは傷を見る。そして、彼女に向けて今日も穏やかに笑うのだ。