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濃度の深いインクのような夜闇に何もかもが沈んだ頃、執務室でリヴァイは氷爆石を使ったランプではなく昔ながらのアルコールランプに火を灯していた。レイス家の地下にあった光る石は採掘ルートが確立され実用化に成功した。石は輝く威力も強く鮮明に辺りを照らしてくれるが、それでもリヴァイは兵士長に任命され事務仕事をするようになったときに支給されたお世辞でも質が良いとは言えないこの代物を今でも使い続けている。
不純物が多い為に時折ジジジと頼りない音を立てては火は小刻みに揺れる。灯りにムラがあって紙の上でも火の重なりはゆらゆらと揺れた。
確かハンジはとうの昔に光る石のライトに変えていたなとふと思い出した。団長室にある、どっしりとしたスタンドがいつからか机の端に鎮座している。片眼ではアルコールランプの明かりでは心許ないのだろう。あと一つしか無い片眼の瞳で、ハンジはこの島の行く末を日々憂いている。
誰にも言ったことはないが、リヴァイはこの心許ない灯りをこれはこれで悪くないと思っていた。
灯りの縁の深い闇は、不要な音を吸収しているようだ。昔から変わらないカサカサと紙の上を滑るペン先の音だけ聞いていれば、頭を悩ます先の暗い山程の課題が少しだけ闇に溶け出していくような気がした。それと同時にこの明るくも暗くもない曖昧な灯りは今は使われていないかつての兵団の執務室を思い起こさせた。
多くの仲間が出入りしていたあの部屋。ランプの灯りは都合の悪い残酷な部分を隠して、目まぐるしく変わる情勢ですっかり忘れてしまっていたふとした日常を思い起こさせる。久しぶりに記憶の中で会う彼等をリヴァイは無理矢理追い出す事はしなかった。もちろん、かつての彼女の事も…
リヴァイの字を書いていた手がピタリと動くのを辞めた。音と気配が扉のすぐ向こう側まで来ていた。
「入れ」
「失礼します。気づいてらっしゃったんですね」
静かに視線を上げると、扉がちょうどゆっくり開いていくところだった。開いた先には、年期の入った松葉杖を付いた女兵士が立っている。彼女はゆっくりと部屋の中に入ると小脇に大切そうに書類を抱えている方の反対の手で扉を閉め、コツコツと音を立てながら部屋を進んできた。
「遅かったな」
「すみません、明日の協議の準備で遅くなりました。こちらは決裁をいただく書類です。それと団長が明日の会議が終わったあと、少しお話がしたいとのことです。」
「分かった、時間をとろう……おい、」
リヴァイは当然のように背を向けて出ていこうとする彼女を呼び止めた。
「はい」
「まだ仕事が残っているのか」
リヴァイのその一言で汲み取ったのか、彼女はこちらに片耳が見えるぐらいに首を回すと振り向かずに回答をした。
「明日の会議では恐らく強硬派の議員がかなり糾弾してくるでしょうから答弁のチェックをしなければなりません。これ以上女王に兵団贔屓だと迷惑はかけられませんから…」
マーレへの潜伏調査後、世界におけるパラディ島の立ち位置を知った我々は失踪したエレンに従うのか、新たな道を拓くのか、パラディ島は混沌の中にあった。それでも鉄道を開拓し、マーレ捕虜との関係を築きやれることはやってきた。それを有権者はゆっくりと感じるか、めまぐるしく前進していると感じているのか、ここ最近の兵団への風当たりを見ればそれは明らかだった。
「今さらお前が一人で頑張ってもどうにもならない事だ。どんなに尽くしても結論を急ぎたがる輩は騒ぎ立てる」
「分かってます。でも…」
「ハンジだってお前の貢献を十分にわかってる。少し痩せたんじゃねぇか?休んだほうがいい」
リヴァイは彼女の言葉を遮って、「顔色がよくない」と呟いた。それはリヴァイにとって心の底から溢れる優しさの現れだった。ハンジ同様に表に出れば急かされ、罵倒され、質問攻めに合う彼女が日々憔悴していく様をずっと見てきた。
だから自分の前ではそんなに気をはらなくてよいと伝えたかった。もう少し自分に頼って欲しかったし、かつてのように肌を触れ合わせて鼓動を感じ合えば、きっと過去も未来も忘れることができると。そう思って彼女の頬に触れようとしたが、彼女がその手を不要だというように避けてしまった為に触れる事は叶わなかった。
「そんなに私は頼りないですか」
「そんなこと言ってないだろう」
淀んだ大きな瞳はじっとリヴァイを見据えている。余裕ない焦燥感は歪んだ感情を生みだしてリヴァイに向けて溢れ出してきていた。かつて天真爛漫だった恋人の面影はもう無い。そんな彼女を見ていると、こちらまで胸が締め付けられた。
「モブリットさんならきっともっとうまくやれたんでしょうね。」
「あいつと比べてどうする」
「私はモブリットさんのように有能じゃありません。団長をお支えすることももう立体機動を操ることもできない。ただの半端な人間です。」
「そんな言い方するな」
「それでも最期まで全うしたいんです。」
弱々しい儚い灯火。
彼女はシガンシナの決戦で爆風に巻き込まれながらもかろうじて生き残ったが、その時瓦礫に埋もれ片脚の機能は失った。
彼女は古参の兵士としてよくやっているが、日に日に弱っていくのが見て取れた。それは仲間を失った失望感と、ただの平兵士だった彼女が突然補佐という各方面からの圧に晒される団長を守る立場になったこと。それと、壁の外の現実を見ておかしくなったのだとリヴァイは思っている。最近新たに開発された立体機動装置は、ケニー達中央憲兵が使っていた対人型立体機動装置の仕組みも大いに盛り込んでいた。
「お前は十分に役目を果たしたと、俺は思っている」
「またその話ですか?やめてください。」
「自分を蔑ろにするよりマシだ。見ていられない」
「そんなことしてません。」
「退団しろ」
「今更そんなことできるわけ…っ」
押し付けた唇は強く擦れて拒まれた。
最近はいつも、顔を見れば沼底に足を踏み入れたように揉める。どんなに相手を想おうにも、まるで強固な壁がそこにあるように近づくことはできなくなった。彼女は背を向けて日に日に乖離していく。
二人は夜道のような長く暗い道をリヴァイが持ったランプの灯りを頼りに手をつなぎ同じ歩調で歩んでいた筈だ。なのに、気付けば灯りの外に彼女は行ってしまって一人になっていた。
「そんな風になるなら全て俺に託せ。お前は今までよくやった。別に誰も責めやしねぇよ、その方が、俺にとっても都合がいい」
「できるわけないじゃないですか!エレンやアルミンだって…新兵達だって逃げ出さずに背負っているんですよ?それにただでさえ兵団はばらばらです。極端な思想を持つ者も増えてきました。そんな時に抜けるなんて無責任にも程があります。」
「お前はもっと自分を大切にしたほうが良い。もっと、昔みてぇに…」
リヴァイの言葉に彼女が傷ついたように目を見開いて、そして唇を震わせた。労うようにもう一度した口づけはもう泣きそうで、やはりその答えも酷い拒絶だった。
「昔と今は違います。私達だって…もう潮時かもしれません。少なくとも私はあの頃のようには戻れない…っ」
最後の言葉を聞かずに腕を引っ張ってソファーに押し倒した。筋肉が落ちて細くなった身体はあっけなくビロードに沈む。
「勝手に終わらせるな」
怒りの感情に任せて彼女の兵服を脱がせるのは容易かった。彼女は戦うための装備をしていない唯の弱い女なのだ。
「やめてっ、」
「随分と痩せた。俺の知らねぇ間に…」
彼女はリヴァイが脚に手を添えたのを悲鳴ような声で拒んだ。触れ合ったのはいつの夜だっただろう。あれはまだ、彼女が脚の回復に希望があると思っていた頃だ。その頃の淡い記憶と比べて思っていたよりも彼女の脚は細かった。
「お前が行き着く先に俺は居ないのか?」
「お願いです…今はそんな気になれない…」
「答えろよ。俺の隣にはもう居てくれねぇのか」
「兵長…」
たくさん口づけて、たくさん熱を注いだ。
彼女は泣きそうになりながらももう拒まなかった。全てを受け入れて静かにリヴァイを見ていた。
熱の冷めた部屋から彼女が出ていく気配がする。ゆっくりと自分を起こさぬように配慮してドアノブを回している。松葉杖の音が遠のいてからリヴァイは起き上がった。
行き着く先はどこだろう。二人を照らしていた部屋の灯りは随分と前に消えてしまっていた。
不純物が多い為に時折ジジジと頼りない音を立てては火は小刻みに揺れる。灯りにムラがあって紙の上でも火の重なりはゆらゆらと揺れた。
確かハンジはとうの昔に光る石のライトに変えていたなとふと思い出した。団長室にある、どっしりとしたスタンドがいつからか机の端に鎮座している。片眼ではアルコールランプの明かりでは心許ないのだろう。あと一つしか無い片眼の瞳で、ハンジはこの島の行く末を日々憂いている。
誰にも言ったことはないが、リヴァイはこの心許ない灯りをこれはこれで悪くないと思っていた。
灯りの縁の深い闇は、不要な音を吸収しているようだ。昔から変わらないカサカサと紙の上を滑るペン先の音だけ聞いていれば、頭を悩ます先の暗い山程の課題が少しだけ闇に溶け出していくような気がした。それと同時にこの明るくも暗くもない曖昧な灯りは今は使われていないかつての兵団の執務室を思い起こさせた。
多くの仲間が出入りしていたあの部屋。ランプの灯りは都合の悪い残酷な部分を隠して、目まぐるしく変わる情勢ですっかり忘れてしまっていたふとした日常を思い起こさせる。久しぶりに記憶の中で会う彼等をリヴァイは無理矢理追い出す事はしなかった。もちろん、かつての彼女の事も…
リヴァイの字を書いていた手がピタリと動くのを辞めた。音と気配が扉のすぐ向こう側まで来ていた。
「入れ」
「失礼します。気づいてらっしゃったんですね」
静かに視線を上げると、扉がちょうどゆっくり開いていくところだった。開いた先には、年期の入った松葉杖を付いた女兵士が立っている。彼女はゆっくりと部屋の中に入ると小脇に大切そうに書類を抱えている方の反対の手で扉を閉め、コツコツと音を立てながら部屋を進んできた。
「遅かったな」
「すみません、明日の協議の準備で遅くなりました。こちらは決裁をいただく書類です。それと団長が明日の会議が終わったあと、少しお話がしたいとのことです。」
「分かった、時間をとろう……おい、」
リヴァイは当然のように背を向けて出ていこうとする彼女を呼び止めた。
「はい」
「まだ仕事が残っているのか」
リヴァイのその一言で汲み取ったのか、彼女はこちらに片耳が見えるぐらいに首を回すと振り向かずに回答をした。
「明日の会議では恐らく強硬派の議員がかなり糾弾してくるでしょうから答弁のチェックをしなければなりません。これ以上女王に兵団贔屓だと迷惑はかけられませんから…」
マーレへの潜伏調査後、世界におけるパラディ島の立ち位置を知った我々は失踪したエレンに従うのか、新たな道を拓くのか、パラディ島は混沌の中にあった。それでも鉄道を開拓し、マーレ捕虜との関係を築きやれることはやってきた。それを有権者はゆっくりと感じるか、めまぐるしく前進していると感じているのか、ここ最近の兵団への風当たりを見ればそれは明らかだった。
「今さらお前が一人で頑張ってもどうにもならない事だ。どんなに尽くしても結論を急ぎたがる輩は騒ぎ立てる」
「分かってます。でも…」
「ハンジだってお前の貢献を十分にわかってる。少し痩せたんじゃねぇか?休んだほうがいい」
リヴァイは彼女の言葉を遮って、「顔色がよくない」と呟いた。それはリヴァイにとって心の底から溢れる優しさの現れだった。ハンジ同様に表に出れば急かされ、罵倒され、質問攻めに合う彼女が日々憔悴していく様をずっと見てきた。
だから自分の前ではそんなに気をはらなくてよいと伝えたかった。もう少し自分に頼って欲しかったし、かつてのように肌を触れ合わせて鼓動を感じ合えば、きっと過去も未来も忘れることができると。そう思って彼女の頬に触れようとしたが、彼女がその手を不要だというように避けてしまった為に触れる事は叶わなかった。
「そんなに私は頼りないですか」
「そんなこと言ってないだろう」
淀んだ大きな瞳はじっとリヴァイを見据えている。余裕ない焦燥感は歪んだ感情を生みだしてリヴァイに向けて溢れ出してきていた。かつて天真爛漫だった恋人の面影はもう無い。そんな彼女を見ていると、こちらまで胸が締め付けられた。
「モブリットさんならきっともっとうまくやれたんでしょうね。」
「あいつと比べてどうする」
「私はモブリットさんのように有能じゃありません。団長をお支えすることももう立体機動を操ることもできない。ただの半端な人間です。」
「そんな言い方するな」
「それでも最期まで全うしたいんです。」
弱々しい儚い灯火。
彼女はシガンシナの決戦で爆風に巻き込まれながらもかろうじて生き残ったが、その時瓦礫に埋もれ片脚の機能は失った。
彼女は古参の兵士としてよくやっているが、日に日に弱っていくのが見て取れた。それは仲間を失った失望感と、ただの平兵士だった彼女が突然補佐という各方面からの圧に晒される団長を守る立場になったこと。それと、壁の外の現実を見ておかしくなったのだとリヴァイは思っている。最近新たに開発された立体機動装置は、ケニー達中央憲兵が使っていた対人型立体機動装置の仕組みも大いに盛り込んでいた。
「お前は十分に役目を果たしたと、俺は思っている」
「またその話ですか?やめてください。」
「自分を蔑ろにするよりマシだ。見ていられない」
「そんなことしてません。」
「退団しろ」
「今更そんなことできるわけ…っ」
押し付けた唇は強く擦れて拒まれた。
最近はいつも、顔を見れば沼底に足を踏み入れたように揉める。どんなに相手を想おうにも、まるで強固な壁がそこにあるように近づくことはできなくなった。彼女は背を向けて日に日に乖離していく。
二人は夜道のような長く暗い道をリヴァイが持ったランプの灯りを頼りに手をつなぎ同じ歩調で歩んでいた筈だ。なのに、気付けば灯りの外に彼女は行ってしまって一人になっていた。
「そんな風になるなら全て俺に託せ。お前は今までよくやった。別に誰も責めやしねぇよ、その方が、俺にとっても都合がいい」
「できるわけないじゃないですか!エレンやアルミンだって…新兵達だって逃げ出さずに背負っているんですよ?それにただでさえ兵団はばらばらです。極端な思想を持つ者も増えてきました。そんな時に抜けるなんて無責任にも程があります。」
「お前はもっと自分を大切にしたほうが良い。もっと、昔みてぇに…」
リヴァイの言葉に彼女が傷ついたように目を見開いて、そして唇を震わせた。労うようにもう一度した口づけはもう泣きそうで、やはりその答えも酷い拒絶だった。
「昔と今は違います。私達だって…もう潮時かもしれません。少なくとも私はあの頃のようには戻れない…っ」
最後の言葉を聞かずに腕を引っ張ってソファーに押し倒した。筋肉が落ちて細くなった身体はあっけなくビロードに沈む。
「勝手に終わらせるな」
怒りの感情に任せて彼女の兵服を脱がせるのは容易かった。彼女は戦うための装備をしていない唯の弱い女なのだ。
「やめてっ、」
「随分と痩せた。俺の知らねぇ間に…」
彼女はリヴァイが脚に手を添えたのを悲鳴ような声で拒んだ。触れ合ったのはいつの夜だっただろう。あれはまだ、彼女が脚の回復に希望があると思っていた頃だ。その頃の淡い記憶と比べて思っていたよりも彼女の脚は細かった。
「お前が行き着く先に俺は居ないのか?」
「お願いです…今はそんな気になれない…」
「答えろよ。俺の隣にはもう居てくれねぇのか」
「兵長…」
たくさん口づけて、たくさん熱を注いだ。
彼女は泣きそうになりながらももう拒まなかった。全てを受け入れて静かにリヴァイを見ていた。
熱の冷めた部屋から彼女が出ていく気配がする。ゆっくりと自分を起こさぬように配慮してドアノブを回している。松葉杖の音が遠のいてからリヴァイは起き上がった。
行き着く先はどこだろう。二人を照らしていた部屋の灯りは随分と前に消えてしまっていた。