Etude Dance*
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「一体どういう風の吹き回しだ?」
「彼女の主治医が説得してくれた。一度だけ、バンク内で会うと」
中庭はアトリウムで作られておりガラス張りの構造だ。別館と本館を繋ぐ空中回廊を抜けて、病棟のような無機質な廊下をエルヴィンと肩を並べて歩く。中庭で隔たれた別館の建物の中に入ったのはリヴァイもこれが初めてだった。
話は急転直下に進展した。
彼女にアポイントを取るもこれ以上よい返事が聞けないことを悟ったエルヴィンが、今度は彼女の主治医に接触したのだ。
「おいおい。策ってお前……そんなことして大丈夫なのか? いくら主治医だからと言ってもプライバシーの観点でアウトだろ」
「もちろん一から十まではっきりと伝えた訳じゃないよ。ニュアンスでね、それとなく」
「博打打め」
「はは、お前に大きな貸しができたな」
リヴァイがまさかそこまでするとは思わず呆れ顔で皮肉ったが、エルヴィンはどこ吹く風だ。バンクの職員が知りえた情報を外部に漏らしたと公になれば、きっと彼はこの職を追われるだろう。それを承知でこの男はその頭脳明晰な頭で閃いた考えの答え合わせをしたいがために行動に移す。
彼は昔から育ちの良さそうな顔に似合わずアウトローだ。きっと彼の事だから、バレないようにうまく立ち回るだろうし、万が一のことがあっても黒を白に変えてしまう恐ろしい影響力はあるのだろうが。
「今日は先生も一緒に来るらしいから、会ったらこっそり口裏をあわせてくれたお礼を言わないとね」
リヴァイが何を思っているか知らないエルヴィンは楽し気に話す。エルヴィンの(アウトな)奇策が功を奏し、今日の舞台は整った。
長い長い通路を歩いたその先。角にある小さな部屋にたどり着く。ここはアルファとオメガが面会するためだけに造られた部屋だ。
ルームと呼ばれるその部屋は、まるで刑務所の面会室を思わせる。
分厚いアクリル板の中央に小さな通声穴が等間隔に円を描くようにして開けられている。そして、アクリル板の向こう側にもシンメトリーに造られた全く同じ構造の部屋が広がっている。何も知らずに訪れていたら鏡張りの部屋だと勘違いしそうだ。
座り心地の悪そうなシルバーのパイプ椅子。
壁と一体化しそうな真っ白な出入り口の扉。
二台の監視カメラ。
時計はない。
そして南向きの壁には正方形に切り取ったようなバンク内共通のフィックス窓がそれぞれの椅子の延長線上に二つあった。あるものはただそれだけ。本当にそれだけだ。
「じきに相手もここに来る。私は隣の部屋のモニター越しに見てるから、何かあったら手を挙げて」
「わかった」
エルヴィンが「じゃあまた後で」と言って、部屋の扉を静かに閉める。それを見送ってから、リヴァイは用意してあったパイプ椅子に座った。
今までの日々の中で必ず見たことのあるであろう、どこにでもあるブルーのクッションのパイプ椅子は思った通り座り心地が悪い。バンクのフロアにある不朽の名作達とは雲泥の差だった。自然と溜息が出る。
やることもなく、落ち着かない。
それに、普遍を感じさせるこのバンクの無機質な白にエルヴィンは安心感を覚えるそうだが、どうもリヴァイは昔から苦手意識が拭えない。威圧感に似た圧迫感のようなもの。それに加え、年甲斐にもなく心細くなる気がする。
溜息の次は大きな舌打ちが出そうだった。チラリと監視カメラを見る。不機嫌極まりない態度が不本意に録画されている。仕方なく何か時間を潰せそうな事を考えるが、考えが中々纏まらない。
(やっぱり刑務所だな、ここは)
結局リヴァイの考えはそれで纏まった。そして観念して窓の外を眺める。思いの他吸い寄せられた意識は、自然と有機なものへと集まっていく。
春を閉じ込めたような窓。一面に広がる満開の桜。
前に緑の葉を茂らせていた木々達があの時思ったように一斉に共鳴し咲いている。特に大きな一本の桜の木。それが部屋にある二つの窓を薄桃色に見事に染めていた。
自分の片割れを本能的に求める性。
リヴァイはオメガの母からアルファとしてこの世に生を受けた。
父親のことはよく知らないが、母方の家系を遡れば上位アルファの家系だったことは一目瞭然で、それ故かアルファのすべての特徴を色濃く受け継いだような強力なアルファだった。
アルファに生まれれば、皆口を揃えて人生勝ち組だという。だがリヴァイは幼少期からそんな風に自分を思ったことは一度もない。生んでくれた母には感謝しているが、リヴァイの人生は不運の連続だ。父親は元々居ないし、母親がリヴァイを生んで数年で他界したため、リヴァイは自分一人の力で生きていかなければならなくなった。幸い血の気の多いアルファの伯父が唯一の身内として居たが、彼は自分の人生は自分で切り開けと言った。
一人のアルファの少年がバースで支配された世界で生きること──それがどれ程過酷なのか。自分がアルファだと知った時の周囲の欲望にまみれた視線は吐き気がするほどに気持ちが悪かった。そのためリヴァイは生きるために周りをよく観察し、見極める術を学んだ。
そして、失望した。
打算的に近づいてくる者。豹変する者。陥れようとする者……中でも一番ショックだったのは、同じアルファ性の者が自分の能力を利用して他者を屈服させ本能に身を任せてオメガを傷つける姿だった。母親も同じような経験をしたのかと思うと、胸が痛んだ。
だから物心ついたときには野蛮な本能に支配されることなく自分の意思で一人で生きていくと強く誓った事を今でもよく覚えている。
人を愛して、命を繋ぐ。
そんな当たり前の事が当たり前にできない世界。それならば与えられた強い力を持って、全力で振り払えばいい。この強靭な肉体と精神で生まれてきた自分であればそんな事容易だと思っていた。
それなのに、それなのにだ。
何時のころからか感じだした空虚感。ここ数年は特に酷い。
満たされない心に、歯が疼く。
噛みたい
俺だけのオメガ
手に入れたい
どこにいる──?
これが本能なのだろうか?
リヴァイは自己嫌悪に陥った。自分が嫌になる。とにかくクソみたいな気分だ。
自分だけは違うと思いたい。抗いたい。
だが時に狂ったように荒々しくなるこの衝動は、浅ましい本能という血は体の隅から隅までしっかりと流れていたという事を皮肉たらしくリヴァイに証明してみせた。
要するに自分も踊らされているのだ、クソみたいな世の中で、クソみたいなチグハグで不恰好なダンスを。
それがとても気に食わない。
だがふと逆転の発想をしてみる。
これは大博打だ──
「―…夫! 大丈夫! 会うだけだから! 会ってへぇ~この人が私の運命のアルファ?ウケる~! って思っときゃいいんだって!」
「そんな事思える訳ないじゃないですか。なんなんですかその軽い感じ……」
「まぁまぁ怒らないで! ただのアルファジョークだよ! つまらなかった? あはっ!もうお相手は来てるのかな? ほら、笑顔笑顔! 第一印象は笑顔が大事!」
「あの、私別に気に入られようとしてないんですけど……」
「あなたは笑顔が似合うから言ってるんだよ! あなたのオメガらしい上品な儚げフェイスでニコッて微笑まれたら相手はもう骨抜きだよ!」
「何を言ってるんですか」
「じゃあ私は隣の部屋に居るから何かあったらすぐに呼んでね!」
「え? ハンジ先生も一緒じゃないんですか?」
「まさかまさか! この部屋は部外者は入れないんだ。あれ、言ってなかったかな?」
「言ってないですよ! どうしてそんな大事な事言い忘れるんですか! 二人きりなんて聞いてな……」
「じゃあね~」
「あっ! ちょっと! ハンジ先生!」
扉の向こうで繰り広げられた茶番のような会話が途切れ、バタンと大きく隣の部屋のドアの開閉音がした。恐らくよく喋っていた方の付き添いの人間が、エルヴィンが待機している部屋へと入っていったのだろう。
戸惑って、扉の前で立ち尽くす人の気配。
それが半身のオメガだとすぐに分かった。
あんなに嫌っていた無機質の白が、変わっていく。
分厚い扉を隔てていても、姿を見なくとも、その人物が自分が追い求めていた存在で、どこか懐かしく、安らぐような感覚を覚える。そして近くにいるだけで細胞が活性化して漲ってくるのを感じた。
今まで出会ってきたオメガと全く違う。まるでコマ送りした花の開花シーンを見ているような神秘性。実際に花の甘い香りまでする。オメガの香りだ。ヒート中ではない平常時であっても鼻孔から全身に廻る心地よい香り。
己の核の部分、何かが解き放たれた感覚だった。
心臓の鼓動が速くなる。
永遠のように感じた時間が経過して、ゆっくりとドアノブが回転していく。かちゃりと堅い金属が外れる音がして、遠慮がちに扉が数センチ開いた。
だがそこからが長かった。扉は最初こそ開いたものの、その後は全く動かなくなった。面白い位にピクリとも動かない。時間だけが悪戯に過ぎていき、静止画をずっと見せられているような状態のリヴァイがとうとう痺れを切らして姿を見せない相手に向かって部屋に入るよう促した。
「そんなとこに突っ立ってねぇでさっさと入れ」
「っ」
扉はリヴァイの声に驚いて前後に揺れて、観念したのか長い時間をかけてゆっくりとリヴァイの方へ開いていった。
「リヴァイ・アッカーマンだ」
「…ルリ・──です」
パイプ椅子に彼女が座ったところで互いに名を名乗った。
女の声はまるで糸のように細く、少しの衝撃で容易く切れてしまいそうな危うさと繊細さを兼ね備えていた。ノーメイクで髪を無造作に後ろに一つ結びにし、細身のダメージジーンズにくたびれたグレーのパーカーを着ている。どこにでも居そうな地味で平凡な女。
だが彼女が世界でたった一人の、リヴァイが求めていたオメガなのだ。
「さっき喋ってたやつは主治医か?」
「はい。ハンジ先生が会ってみるだけでもと仰って……」
「そうか」
リヴァイの質問に彼女は素直に答えた。とても小さな声で、ボソボソと。下を向いてリヴァイの顔も、視線すらも合わそうとしない。
匂いで分かった。甘いなかにも氷が肌を滑るような冷たくて、不快な感覚──
「あの……」
「何だ」
「もう聞いていると思いますが私、誰かと番になろうなんて思ってないんです。バンクに登録されていたのも何かの手違いで……申し訳ないんですけど、他のオメガの方をあたってもらえませんか」
彼女は目も合わせずに今日ここに来たときに話そうと入念に準備してきた台詞を淡々と述べた。
「俺と会って何も感じねぇか?」
「特に何も……よくわかりません」
「そうか」
それは嘘ではなく本当のことだろう。
オメガはアルファよりも感覚が鈍い。
アルファにいいように玩ばれて捨てられるオメガも多いと聞く。だからこそ自衛の意味も含め殆どのオメガはバンクに登録して検査を受けるのだが何故か彼女は頑なにそれを拒んできたようだった。その辺のことも本当はこの場で聞こうと思っていたが、あまりの強い拒絶にリヴァイは口を噤んだ。
時間だけが、悪戯に過ぎていく。
それとももしかしたら時間というものは止まっていたかもしれない、なんて錯覚してしまうような静けさだった。
この部屋の時間は止まったままで、世界は巡る。
彼女とリヴァイがいる場所を中心にぐるぐると四季は地球の自転に従って繰り返す。
二人を置き去りにして何度も何度も繰り返す。
この箱の中で歳をとり、気づかぬ内に肉体が滅びるまで。
ふと、彼女が窓に視線を向けた。
自分がこの部屋に入ってきた時と同じように外を眺めている。リヴァイも同じように窓の外にもう一度視線を向けた。
「満開だな」
「そうですね……」
その時彼女の匂いが変わった。
とろけそうに甘い花の香りの中に、微かに混じる枯れた花の腐った匂い。これが運命で繋がり合うということなのだろうか、この世で一番近くて遠いアルファとオメガの宿命。いやでも感じてしまう。
「なぁ、ルリ」
「え?」
急に初対面の男に名前を呼ばれたことに驚いたのか、彼女が初めてリヴァイの顔を見た。半身と分かっているからか、よく見れば彼女は花のように可憐で品のある顔立ちをしていると思った。
「俺と付き合えよ」
「……は?」
「今付き合ってる奴いるのか?」
「あなた私の話聞いてました?」
「もちろん聞いていた」
彼女が顔いっぱいに不快感を露にする。よかった、と思った。まだ彼女が怒るというエネルギーを宿していて。
「聞いていた。俺と付き合えと言っている」
「番いたくないってさっき言ったじゃないですか」
「別に番になれと言ってんじゃねぇ。互いを知るためのお試し期間だ。俺はお前がどんな人生を歩んできて、どんな思考の持ち主なのか分からない。お前も俺を知らないだろう?今この場で結論を出すのは時期尚早だ」
「付き合っても変わりません」
「明日の事は誰にも分からない。どうして言い切れる」
「私には分かります。私の気持ちは何があっても変わらない。自分が一番理解してる」
「お前周りから頑固者って言われるだろ」
「あなたこそ人の気持ちを何も考えず自分勝手で強引な人だと周りから思われてますよ」
リヴァイ突然の申し出に彼女は戸惑い、首を横に振る。当然だ。彼女がここに来たのはすべてを振り出しに戻すため、無かったことにするためなのに駒は勝手におかしな方向に進み始めたのだから。
彼女から苛立ちと焦りの色が見える。
暫く二人の押し問答は続いた。
「俺がもし裁判を起こしたらまずお前は確実に負ける」
「脅しですか? 無駄ですよ。私たちはすべて録画されてます。そんなことをしたらあなたの地位も名誉も地に落ちますよ」
「別にそんなもんに興味はねえよ。お前、バンクに登録してたこと知らねぇと言いはってるが、どうせバンクから定期的に届く手紙も連絡も含めて全部まともに見ずに捨ててんだろ。とんだ重過失じゃねぇか」
「……」
「自己管理できてねぇやつが馬鹿みてぇに権利を主張しても無駄だ。適合率の高いアルファはオメガに関わる権利が認められている。てめぇがもし俺の条件を拒んだとしたら損害賠償で訴える。払えねぇんだったら身内まで連帯だ」
「……クソアルファ」
彼女はまるで鋭い薔薇の棘のようだ。
安易に触れれば激しい痛みがあることを隠そうともしない。簡単に手折られてしまう儚き存在なのに、アルファのリヴァイを恨んで睨みを利かせている。
リヴァイはそれが嬉しいとさえ思った。
「何とでも言え。ルーズで意思の弱いオメガのお前が招いた結果だ」
「くたばれ」
「ハッ、そうだな……期限は一年。またこの庭の桜が咲いた頃に俺と番になるか聞こう」
「まだ付き合うなんて言ってない!」
椅子が倒れて悲鳴を上げた。
「勘違いするな、別に肉体関係を持つつもりはねぇよ。それに押しに弱いと顔に書いてある。オメガはアルファに逆らえない。お前は俺に逆らえない。絶対にだ。本当はもう分かってる筈だ、逃れられないと」
偉そうに脚を組み、寧ろこの状況を楽しむような様子のリヴァイはアクリル板のその先を静観してる。リヴァイの言う通り、時に黒を白にしてしまうようなアルファの絶対的なカリスマ性にベータもオメガも敵わない。その中でもオメガは必ず服従させらる。
それは二人がこの世に生を受ける前から、何千年も前から、この世界はそうと決まっている。理という名の理不尽で。
「ルリ」
「勝手に名前を呼ばないで」
「この糞みてぇな世界にうんざりしてんだろ? 俺も同じだ。その腹ん中にあるもん全部吐き出しちまえよ」
「何を言って……」
「どうせ何時かは死ぬ。それまでに思いっきり足掻かねえと特に俺たちは割に合わねぇと思わねぇか?」
「モニターを見ながらヒヤヒヤしていたよ。仲裁に入らなければならないかと思った」
「馬鹿言え」
隣の部屋のモニターで一部始終を見ていたエルヴィンと歩いてきた廊下をまた戻る。いつも冷静なリヴァイも流石に今回ばかりは例外だったようで、きっちりと締めていたネクタイを緩めながら小さく息をついた。そんな滅多に見られないリヴァイの様子を見てエルヴィンは口元に笑みを作った。
「彼女の主治医の方……ハンジ先生と言ったかな。中々ユニークな方で君達のやり取りを興味深々に見ていたよ」
「あの頭のネジが何本も飛んだ眼鏡の奴か」
「はは、ひどい言い方だ」
「本当の事を言ったまでだ」
話が一通り終わってから、彼女の主治医だという白衣を着た眼鏡の女が興奮気味に部屋に入ってきて、「滾った」という独特な言い回しで二人を称賛した。リヴァイはそれを見てこの風変わりな医者とは性格上絶対に合わないし、出来れば関わりたくないと思った。
「リヴァイ」
「何だ」
エルヴィンが回廊の途中で歩くのを止めた。
「確かに、彼女は君にとってこれ以上にないソウルメイトだよ。バース上はね。だが今日君たちの会話を聞いて思った。バース以前に問題がある。価値観の違いだ。生涯を捧げるパートナーとしては考えがあまりにも違いすぎる。気の合う相手じゃないと、当然だが夫婦生活は続かないものだ」
頭上で柔らかく屈折する光が差し込む中、彼の白いシャツには直線の影が差し込んで幾何学的なアシンメトリーの模様を作っている。それが彼の胸の内の、心の波紋の様な気がした。
「何が言いたい」
「お前ぐらいの強力なアルファならこの先六割越えのオメガとは遅かれ早かれきっとマッチングできる。六割だって大したものだよ。俺は彼女じゃなくても、アルファを番として迎え入れたいという誠実なオメガを選んだ方がいいと思う。そのためのバンクだ。お前も最初はそう言っていただろう? 会って駄目なら他をあたると。それなのになぜ彼女に固執するんだ?」
「俺だってよくわからねぇよ」
これが本能なのか。
会って相手の反応を見て駄目なら諦めようと思っていた。日に日に増していく己の欲に乗り気ではない相手を巻き込むのはよくない。
それが彼女と会ってしまったが最後、どうしても手に入れたくなった。
どんな姑息な手を使っても無性に逃してはならないと思ったのだ。
「ただひとつだけ、確信を持って言える事がある」
「何だ?」
「……」
「勿体ぶらずに言ってくれよ。俺とお前の仲だろう」
少しだけ妙な間ができる。
リヴァイが言うか言わないか迷っている。彼がこんな曖昧な態度をとるのが非常に珍しくて、エルヴィンは自分より頭一つ分低い位置にあるつむじを見ながら不思議に思った。
「だから……」
「だから?」
「……好みだった、ってだけだ」
「あっはっはっ!」
一瞬碧眼を瞬かせ、次に大きな身体を二つ折りにして腹を抱えて笑い出したエルヴィンにリヴァイが想定内の反応だと冷ややかな目線を送る。
「笑いすぎだ。テメェも相手を選んだときはそうだっただろうが。俺は今でも昨日のことのように覚えているぞ、何軒も店を連れまわして惚気話を散々聞かされたあげく……」
「悪い、悪い、もうその話はよしてくれ……」
酒の失敗をまだ水に流してくれないリヴァイに手の平同士を合わせて平謝りを繰り返すエルヴィンの左手の薬指には肌に馴染みきれていないシルバーの光が見える。
エルヴィンは昨年オメガの婚約者と入籍をした。
彼は非常に珍しい両親がベータから生まれたアルファで、リヴァイのようにアルファらしい欲求は殆どなかったそうだが、お互い一目惚れし合った相手がたまたまオメガだったというラッキーボーイだ。
「そうだな、恋愛においてそれはシンプルで、基本的な事だ。それと同時にとても重要なことでもある。俺もそうだったし。いや、でもまさかお前が……」
「俺も自分が割と単純な男だったと今日気が付いた。それに俺に向かってくたばれと汚い台詞を吐きながら中指立ててきたところが特に好印象だった」
リヴァイのその言葉で更にエルヴィンは口を押さえて笑いを堪えるのに一苦労した。そして「そうだな。世の中は複雑に見えているようで、実はとてもシンプルだ」と付け加えた。
「前途多難なようだが?」
「一年ある。必ず振り向かせてみせる」