とある街の物語
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
リヴァイは一通り泣いた私を連れて店を出た。今日出掛ける前に聞き流していたニュースキャスターが言ったように、いつの間にか街には積もらない程度の細かい雪が舞っていた。舞い上がった雪がネオンの灯り結び付いて光り、それに見とれていたら、リヴァイが「こっちだ」と言って私の手を取り人込みをうまく避けながら前へ前へと歩きだした。
コートの中でしっかりと私の手を握り、時折彼は心の内をうまく隠したなんとも言えない視線をこちらに寄越した。その度にポケットの中の手の感覚が研ぎ澄まされ、先ほどグラスを持っていた彼の節のある男らしい手が隠れていても頭にクリアに浮かび上がる。
今宵は楽しげに寄り添い合う男女が街に溢れかえっている。出会って別れた街、私は自分でも分かるくらい浮き足立っていた。
引っ越したという自宅は、開発がより進んだ駅の西側だった。
「こっち側(西側)に住んでるんだね」
「まぁな」
家賃が馬鹿高ぇとリヴァイは悪態をつきながら慣れた手付きで私を部屋に招き入れた。そこは高いというだけあって、昔住んでいたワンルームより遥かにアップデートされていた。でも昔から変わらず黒を貴重とした無駄の無いシンプルなインテリアが好きらしく、それを見て速い鼓動が少しだけ安堵で緩やかになった気がした。
「ん…」
それでも、一度熱を帯びた感情はそうそう鎮まらない。扉を閉めるとすぐにリヴァイは私を真っ白な壁に繋ぎ止めた。流れるような無駄のない動作に、私は何故だか息もできないくらいに心臓を強く掴まれたようだった。この瞬間をずっと待っていた筈なのにどうしてだろう…考える隙もなくコートの中で繋いでいた手をリヴァイは離すと、もう十分暖まった掌で私の両頬を包み角度を代えては何度も口付けをした。
「リヴァイ…」
私の呼びかけに応えるようにリヴァイの口づけは深くなる。耳を塞がれて、太ももの間に脚を入れられて、スイッチを入れられる。脚に力が入らなくなって立っていられなくなるころには、もうリヴァイだけしか感じる事はできなくなっていた。
「リヴァイ、もう無理…」
「そのまま捕まっとけよ」
「うん」
私がとうとうギブアップをし、彼の首に腕を回すとリヴァイは私を横抱きにして寝室に連れて行った。
洗練された男の部屋に私を連れてくると、リヴァイは着ていたコートもジャケットも乱暴に脱いで整然とした部屋の秩序を乱した。それが外では決して乱すことをしない大人の男の作法のような気がして、私はこんなリヴァイに今から抱かれるのかと思うと心の余裕がなくて何故か無性に彼の追ってくる視線から目を背けたくなった。
「どうした、さっきと違って余裕だな」
「どこが…そんな訳ない」
「何考えてんだ」
「…ん…ぁ…」
リヴァイが追い詰めて来るように体重を預けてベッドに沈めてくる。深いキスで翻弄しながらリヴァイは手元など見ずとも、子供の手遊びを真似たように容易く衣を剥いでいく。リヴァイは私のどこを余裕と思ったのだろう。間違いなく余裕なのはリヴァイだ。無駄のない手つきが、異性の経験をそれなりにいや、かなり積んだであろうことを知りたくもないのに証明してしまっていた。
部屋に入ってから、自分ではなくシーツの皴を見下ろすばかりですっかり大人しくなってしまった私をこの期に及んで心変わりしたと思ったのか、リヴァイは先程よりも素早く脱がせにかかる。コートも、巻いていたストールも、剥ぎ取って早急にニットワンピースの中に手を潜り込ませてくる。
「あっ、待って」
「帰るとか、今更なしだからな」
リヴァイが凄みのある低音で耳元で囁く。声だけでもう抱かれたみたいに身体の芯がじんわりと熱くなった。リヴァイはぶるりと震えて睫毛を伏せた私の答えを肯定と捉えたのか、「すげぇよくするから」と言って頬に張り付いてしまっていた髪を耳にかけて手を添えると、取り巻く不安も情熱も全て包み込んでしまうような包容力のあるキスをした。
「ん…あ、」
「脚開け」
リヴァイは私に何度も深く口づけをしながら、先ほど潜り込ませていた手を慣れた手つきでまた動かしだす。太ももの際どいところをわざと親指で伝って、臍、脇腹、ホックを弾く。肌に馴染む掌、気持ちのよい熱を与え続ける指先に身を任せてしまいたい。自分の気持ちに気がついてから、ずっと願ってきた事だ。それなのに何故だろう、今起きていることの全てを受け止める事ができるのだろうか。頭の片隅でそんなことを思いながら、次に伏せた睫毛を上げて彼を見ると、リヴァイは片手でベッドサイドの引き出しを開けていた。
「なんなんだよ…より戻すんじゃねぇのか」
彼のキスを顔を背けて思いっきり拒んだ私にとうとうリヴァイが苛立つような声を上げた。
「…」
「おい。なんとか言えよ」
堪えきれずに溢れた感情の昂りが、真っ白で清潔なシーツを二ヶ所静かに濡らしていく。店で流した涙とは全く違う。私に跨るように見下ろしていたリヴァイは急に泣き出した私を見て一瞬驚き、困り果てるようにぐしゃぐしゃと頭をかいた。
「俺の何がいけなかった」
「別にリヴァイは悪くないよ…」
「じゃあ何で泣いてんだよ」
「…」
「言ってくれねぇと、俺はもう立ち直れねぇ。あのときみてぇにまた泣かせて…もう失敗はしたくない」
リヴァイはそう呟いて、私の頬に伝う涙を交互に一粒ずつ指で掬っていく。私だってそう思っている。もうガキのままでいたくない。けれども不都合を見て見ぬふりできない、心の器から溢れた感情を言葉でしか処理できないガキな私がまだ此処に居る。
「どれだけここに女の子連れてきてるの」
「は?…何言ってんだ。そんな事…」
「じゃあどうして…」
目尻を真っ赤に染めた私の視線をリヴァイが追う。そして私が何に対して激情を露にしているのか気づき、急に部が悪そうにした。
「最近は…ない。付き合ってる奴も居ない。本当だ」
「そう…ごめんこんなこと聞いて」
「謝るなよ。俺の方こそ…」
「リヴァイこそ謝らないでよ。リヴァイは何も悪くないじゃない。寧ろ私がリヴァイをここで問い詰める権利なんて、ないんだから…」
最後は辛うじて言ったが涙声になってしまった。何も産み出さない不毛な会話を最悪のタイミングでしてしまった事も、やっぱり聞かなければよかった不都合な事実も。これで何度目だろう。リヴァイを困らすのは。私にだってこの会ってない期間に彼氏が居た時もあったのだ。リヴァイにだってきっと居たに決まってる。不意に見えてしまった箱に入ったコンドームの半端な数が、私の知らないリヴァイを沢山作ったようだった。涙の味は変わらないけど、目も耳も泣きすぎて聞こえなくなっていく。次見えるようになったらリヴァイはどんな顔をしているのか。いっそのことガキのままシーツの中に包まって、積もらない外の雪と一緒に消えてしまいたいと本気で思った。
「ルリ、こっち見ろ」
「無理…何も変わってない私…めっちゃ面倒くさい奴。リヴァイは死ぬほどかっこよくなってるのに…」
「そんなことねぇよ。…じゃあ昔みたいにするか?」
「昔?」
リヴァイが泣きながらベッドに寝転がる私の腕を取り半ば強引に上半身を引っ張り上げた。
「付き合いたての頃交互に一枚ずつ脱いでただろ」
リヴァイ言葉に涙が引っ込んで変わりに顔全体に赤みがさしていく。私が作ったおままごとみたいなルール。リヴァイはまだ覚えていた。
「あれを?するの?今から?」
「あぁ。久しぶりにしたくなった」
恥ずかしさのあまり泣き止んだ私を見てリヴァイはふっと笑い、先に自分が着ていた黒のニットをインナーごと頭から豪快に脱いだ。店で思った通り、リヴァイは昔よりも体を鍛えていた。
「ほら、脱いだぞ。早くしろよ。さみぃ」
「わ、わかったよ!」
じっと彼の身体を見ていたら私にリヴァイが催促する。じりじりと丈が上がっていくタートルネックのニットワンピース。リヴァイがじっとそれを見ていてよくこんな恥ずかしいことを昔の自分達はしていたなと思った。
もうどうにてもなれと覚悟を決めて思いっきり頭から引き抜く。脱ぎ易い様にサポートしてくれたリヴァイは「すげぇ静電気。猫っ毛だもんな」と笑って、私の宙に広がってしまった髪を両手で優しく押さえてくれた。そして今度はリヴァイがベルトを外し、私のストッキングを脱がしていった。一つ一つを思い出す。この街であった事。出会った日のこと、別れた日のこと。私とリヴァイの道は一度は別々の道を歩んだ。でもその道はまた繋がっていた。私達は終わっていなかった。
「結構恥ずかしいもんだな」
「うん。よくこんなことやってたよね…ふふ」
「は…」
でも今は恥ずかしさよりもあの頃のようにこんなおままごとにリヴァイが付き合ってくれたことが嬉しかった。私も少しずつだけど、リヴァイに寄り添える人になりたい。今度こそ。
「ありがとうリヴァイ」
リヴァイが応えるようにキスをしてまた私をベッドに沈める。私ももう彼を困らせる事はなかった。
「おはよう。こっち座れよ」
「お、おはよ…うん」
起きたら寝室に彼が居なくて、急いでリビングに向かうとリヴァイはスマホを弄りながら優雅にアーリーモーニングティーを楽しんでいた。昔と持ち方は変わらないが、カップやらはやっぱりグレードが上がっている。確か昔はマグカップとかで飲んでいたのに…
「………」
「………何か喋れよ」
「何かって言われても…」
昨日の夜まで、私はリヴァイは完全に別人に生まれ変わってしまったと思っていた。でも違った。彼は過去を吸収して、よりリヴァイらしくなっていて…その証拠に昨日の夜なんて私のイイトコロは全部覚えていて、それでいて自分自身も知らなかった秘密のトコロまでどんどん彼の指や逞しい身体で……
「顔赤ぇぞ」
「もうリヴァイが喋ってよ!顔は寝起きだからだよ!」
苦し紛れの言い訳をする私に、リヴァイは「朝から元気だな」と言ってまた一口紅茶を飲んだ。昔は流れるように彼と会話をしていたわけだが、一体何を喋っていただろう?あの時と変わらず私はリヴァイの部屋着を借りて隣に居るわけだが、当然歳を取り、時は平等に進んでいる。
「喋るっつっても…まぁ俺は今、信じらんねぇって感じだ。お前がここに居て、俺の隣に座ってるのが、マジで信じらんねぇ」
てっきり他愛ない話でもするのかと思いきや、再び動き出した私たちの関係の核心をついた言葉に驚いてリヴァイの方を見ると、彼は画面の消えたテレビを眺めながらズズズッとまだ紅茶を啜っていた。
「お前の分も淹れてくる」
「あ、ありがと…」
リヴァイも頑張ったが言葉が続かなかったようでスマホをテーブルに置いてキッチンに退散してしまった。ディスプレイが光ったままのリヴァイのスマホ。
(え…?)
「そういやぁ、昨日の話…2年任期で、次の4月に帰ってくるのか」
突然のキッチンからの問いかけに、慌ててリヴァイの方を向く。
「あ、うん。一応こっちに返してもらうつもりで行ってるから…」
「そうか…」
リヴァイは私の紅茶をテーブルに置きながら、再びスマホを手にした。
「リヴァイ、まさか今度はリヴァイが出ていくの…?」
「あ?おま、勘違いすんなよ」
すっかり涙腺の弛くなってしまった私の頭を撫で付けて、リヴァイは私を見た。
「違ぇよ。一緒に住めるところに引っ越す。もうこの街に未練はねぇ」
リヴァイは清々しくそういった。
「え、でもここリヴァイの会社から近いのにいいの?住み慣れてるのに…」
「あれから一回転職してるから本当は近くねぇ。実は一時間半かかってる」
「えっ?!」
リヴァイは驚く私を尻目にスマホをどんどんスクロールする。
「この辺とかどうだ?お互いの職場に近ぇし、呑み屋もなくて煩くなさそうだ」
「リヴァイ…昔と変わってないね」
「言ってなかったか?俺がどうしてこの街に残ったか」
リヴァイはそう言う私に悪戯な笑みを浮かべ、「執念深い俺の粘り勝ちだ」と言って嬉しそうに私にキスをした。
私たちはこの街を出る事にした。
今度は二人で。
end
3/3ページ