とある街の物語
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
待ち合わせた場所は、昔一緒に住んでいた古いアパートの近くだった。最近できたばかりの洒落たバー。ここに来るまでにも、見覚えの無い店を何軒も通り過ぎた。昔は下町風情の街だったが、再開発が急に始まってここ二、三年あまりでガラリと街の姿は変わってしまった。昔は二人で何もないと嘆いていたのに、今では駅前に商業施設もタワーマンションも建っている。昔から星が見えない街だったが、星に似た安っぽいイルミネーションの光が輝く街に変わっていた。
「まだこの街に住んでたんだね。」
「嗚呼」
「会社が近ぇから」とカウンター席の隣に座ったリヴァイは私ではなくグラスに入った琥珀色の液体をずっと眺めている。この位置からはシャツから覗くリヴァイの喉仏や首の筋がよく見えて、昔はもう少し体の線が細かったような気がすると曖昧な照明の中私はいつの間にか彼の昔の面影を懐かしむように追っていた。
「あのアパート?」
「流石にそりゃねぇよ」
リヴァイは昔と変わらずふっと息を吐き出すように笑った。同じ街には住んで居るが、昔住んでいたところからリヴァイは引っ越しているらしい。勿論私はリヴァイが今住んでいる場所を知らない。それどころか、学生時代より洗練された彼の服装や持ち物、身に纏う香り、こんなにも強いお酒が飲めるようになっていた事。今の彼を構築する殆どに私を通りすぎた名残は何も残っていないのだともう赤の他人なのに身勝手にうちひしがれていた。
「そうだよね…」
自業自得な思い出のささくれがじゅくじゅくと痛む。いつまで経ってもガキ臭い私の悪い癖だ。そんな中、急に静かになったタイミングで今度はリヴァイが口を開いた。
「いつこっちに帰ってきたんだ」
「えと、先週かな。またすぐ戻るんだけど…」
「そうか」
リヴァイもそれきり口をつぐみ、何も聞いてこなかった。
もうずいぶん前の事だけれど、私とリヴァイはこの街で出会いたちまち燃えるような恋に落ちた。お互い典型的な貧乏学生だった私達には時間だけは有り余るほどあって。毎日馬鹿みたいにはしゃぎ散らし、贅沢にそれらを消費した。
リヴァイとの無知と無駄が折り重なる日々はそれはそれはおかしなぐらい楽しかった。毎日何がそんなに楽しかったのか思い出せないが、私の世界は本当にちっぽけな世界でその世界にはリヴァイしか居なかった。今となっては幻のようだが彼と永遠に続くと思っていた日々が確かにこの街にあったのだ。
そんな私達を何が終わらせたのか。それは私がこの手で終わらせた。
お互い就職して、休みが合わなくなった。あんなに暇だと嘆いていた時間は、粗雑に扱ってきた仕返しだと言わんばかりに私達の隙間を埋めることなくすり抜けていった。私は新しい環境についていくので必死で段々とリヴァイへの連絡もおざなりになって、不機嫌を隠さなかった。そんな大人げない私にリヴァイは変わらず優しかったけれど、リヴァイも態度には出さずにも新生活にそれなりにストレスを感じていたんだと思う。ある時二人を辛うじて繋いでいた何かがプツッと切れた。
些細な会話からリヴァイに思いっきり当たり散らしそういうところが大っ嫌いだと罵って、手当たり次第物を投げつけた。一見何でも卒無くこなすリヴァイが実は努力の人だと知っていたけれど、その時の私はそこまでの考えに至らなかった。それよりも彼の不器用な優しさが卑屈な自分をさらに惨めにさせた。白々しくて、鬱陶しい。酷い話だがその時はリヴァイが私で思いっきり傷つけばいいなんて、本気で思った。
「ガキくせぇ、勝手にしろ!」
リヴァイが付き合って初めて声を荒げた。受け止められずに溢れ落ちた気持ちは一瞬で怒りに変わりそのまま街ごと飛び出した。リヴァイも追ってこなかった。荷物の整理や、合鍵を返す時。謝るタイミングは正直あった。それでも未熟な私は目を背けて…遅かれ早かれダメになる運命だったんだと自分に言い聞かせて一心不乱に仕事に打ち込んだ。
私は文字通り思い出は思い出として心に仕舞い込み幾つかの季節を巡った。リヴァイ以外の人とも多少の出会いと別れはあった。それでもどれだけ仕事を頑張っても、恋に落ちたフリをしても、何故か心は満たされない。そんな時きまってリヴァイを思い出した。特にイルミネーションが飾る冬の夜。別れた日。滲む十字の光源達。濡れた頬に触れる外気はとても冷かった。あと数日で彼の誕生日だったあの日。なぜあんなに酷い事を言って傷つけてしまったのか。大好きなのに大嫌いと言った、安いイルミネーションの光で誤魔化した自分の本当の気持ち。本当は、本当は今だって彼の事を…
私は泣いた。もう戻らない日々を、彼を失ってしまった事を後悔して。
「リヴァイ…あの時ごめんね。私…酷い事言った。ずっと謝りたかったの…」
「…別に気にするな…俺も悪かった」
嫌みの一つ言われるかと思ったがリヴァイはあっけなく私を許した。また黙り込んでしまったけれど今ではよく分かる。思えばいつもそうだった。彼が先回りして優しく縁とった世界は絶対に傷つくことはなかった。そこから飛び出して気づいた。
「リヴァイ…こんな事言ったらまた怒らせるかもしれないけど…私…まだリヴァイの事好きなの…もう絶対あんなこと言わないからもう一回リヴァイの彼女になりたい。」
そこまで必死に言って一目も憚らず泣いた。年端もなくまたガキくさい事をした。今日しかチャンスがないから、ずっと押し込めていた気持ちを伝えたくて。
「一度だけ、別れて一年位経った時か。お前を駅のホームで見かけた事があった」
「そうだったの?」
「お前はスーツ着て忙しそうに誰かと電話してて、ホームに入ってきた新幹線に飛び乗ってあっという間に行っちまった。お前は髪も伸びて随分と大人びてて…なんつーか…それを見て、俺たちは本当に終わったんだと思ったんだ」
「リヴァイ…」
ギュっと彼の裾を握る。よくこうやって半歩前を歩く彼にくっついていた。
「大人びたと思ったのにガキくせぇままだな」
「そうだよ。私まだガキだよ。リヴァイが居ないとダメなの。」
「もう泣くなよ」
グラスを持っていた濡れた指が熱る頬を撫でる。
「何で俺がこの街に残ったか分かるか」
「わ、…かんな」
随分と様変わりしてしまった大人のキスだった。それでも離れた唇から教えてくれた答えは私の知ってるリヴァイが言いそうな優しい愛で満ちていた。