とある街の物語
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ポツポツとまばらな灯りがまだ残る時間帯。
集合住宅の一室の灯りがまたひとつ、瞬きと共にカチリと消えた。
「ねぇ、全部消して」
「あ?」
駅からほど近いルリのアパート。
寝室は真っ暗ではなくて弱々しい橙色に染まっている。
「カチって、もう一回。」
「オイオイ…これ(豆電球)消したら何にも見えねぇだろうが」
「大丈夫、すぐに目が慣れるから。」
ルリは脱がされかけのワンピースを胸の前で落ちないように手で押さえながら、Tシャツを頭から脱ぎ捨てて照明の紐を引っ張ろうとしていたリヴァイに声をかけた。
今時レトロな白熱灯の室内照明。
彼女が今年に入って独り暮らしを始めると唐突に言い出し、一緒に近所のリサイクルショップで購入した年季の入った代物。あの堅物親父がよく彼女の独り暮らしを許したものだ。
実家と同じ色の灯りがないと寝られないという理由でこのタイプにしたが、リヴァイの家ではそんな灯りが無くともいつも腕枕をされて朝までぐっすり寝てしまっている。
リヴァイは紐を一回引っ張った状態でベッドに座る彼女を見下ろす。
自分だけ先に脱がされるのはフェアじゃないとか何とか言って、相手が脱いだら自分も脱ぐなんていう子供じみたルールに付き合わされている。だが、今の状態はTシャツを頭から潔く脱ぎ捨てている自分と、隠している彼女とフェアじゃない状態がさっきからつづいている。
控えめなオレンジ色に照らされた綺麗な鎖骨の陰影を、たらりと垂れている紐を自ら引っ張ることで見えなくしてしまうのがなんとも名残惜しい。
「今日はこれでいいんじゃねぇか?」
「え~恥ずかしいよ~」
「殆ど見えてねぇよ」
「ほとんどって事はちょっとは見えてるでしょ?」
「ちょっとは見えねぇと困るだろ…特に俺が」
また始まった
ルリは極度の恥ずかしがり屋だ。別に体型なんか気にしないのに、やたら隠そうとする。
「消して」
「チッ、ったく、」
彼女の声が分かりやすくワントーン落ちたので、観念してリヴァイはあげていた右手を引っ張った。
パッと暗闇が二人を包み込む。
「わっ!?ほんとに何も見えない!」
「だから言っただろ」
リヴァイは呆れ声で膝立でシングルの小さなベッドを軋ませながら彼女の側に戻ると、手探りで暗闇の中の柔らかな輪郭を探し当てた。
「あっ、ン…ねぇ、もう見えてるの?」
「見えてねぇ」
半分嘘。
ルリは鳥目で、リヴァイは猫目。
後ろに下がろうとする身体を逃がさないように抱き締めて、わざと音を大きくたてて唇を吸って最後の砦のように持っていたワンピースを素早く脱がせる。これぐらいしたってバチは当たらないだろう。
熱い素肌と素肌がぴったりと密着してそれだけでも気持ちがいい。
「きゃっ!?ちょっと!!」
でもリヴァイの次の動きが読めなくてびくつく彼女も悪くないが、やはり視覚的にちょっと物足りない。
そんな己の欲求に負けてリヴァイはベッド横のカーテンを勢いよく開けた。灰色と水色を混ぜたような柔らかい月明かりが、部屋に四角く流れ込む。
灯りは無くても、これだけで一気に視界がクリアになった。
雲も、星も見えない街の夜空が彼女の美しい肢体を青白く浮かび上がらせる。無音の世界だからだろうか、普段全く気にならない電車のリズミカルな音がよく聞こえた。
きめ細かい肌と、華奢な鎖骨の下の黒子と、うっすらついた水着の日焼け跡。
(オイオイ…)
リヴァイは目の前に現れた胸の谷間の日焼けの境目を中指でツゥーっとなぞる。こんな小さな布のビキニ、持っている事すら知らないんだが…
そんな事を考えていたら下から抗議の声が上がった。
「ねぇ」
「あ?」
「あんまり、ジロジロ見ないでよ……」
「付き合ってンだ、別にいいじゃねぇか」
「…リヴァイみたいに鍛えてないから、その…恥ずかしいの」
そういうとルリは口元に手の甲を当てて月明かりの方へそっぽを向いてしまった。
彼女が電気を消す理由…なんだそんなことか、と言ったらますます臍を曲げてしまうだろう。
「十分だろ」
「何が?」
「十分綺麗だって言ってんだ。まぁ、どんなお前でも俺はお前を好きになるが」
カタカタカタとベランダに置いてある型式の古いエアコンの室外機の音がする。
「………ねぇ、、」
少し間が空いて、「急に、どうしたの…」とシーツに吸い込まれそうな声がした。照れ隠しで月を見続けるルリの火照った横顔はリヴァイに新たな予感を感じさせる。
「……私も、どんなリヴァイでも、何度でも好きになるよ」
「そんなにムキムキじゃなくても」と面白い感想も添えて。
なんだか首筋がむず痒くなって、誤魔化すように彼女の耳の外縁にキスをしたらやっと窓の外から愛らしい顔をこちらに向けてくれた。
「明日も暑くなりそうだな」
「そうだね」
「海行くか?」
「えっ?急に?」
夕方のニュースのお天気コーナーで暦の上ではもう秋だと言っていた。それでも残暑厳しくまだまだ暑い。それと南の方で台風が発生したらしい。
こんな暑さじゃ現実味が無いが、うかうかしていたらせっかくの去り行く夏を取りこぼしてしまいそうだ。
「来週末は雨みたいだぞ」
「そうなの?どうしよっかな~」
リヴァイの適当な天気予報を参考にルリは真剣に考える。
仮に、台風が直撃してこの部屋に閉じ込められてしまっても、窓に強弱をつけて叩き付ける雨風が楽しみにしていた予定を狂わせてしまっても、きっとルリは穏やかに全てを受け止めて静かに窓の外を眺めているのだろう。都会の騒音も、ウザったい周りの噂話も、彼女には全く届かない。
そんなルリの心に波風をたたせれるのはただ一人、リヴァイだけだ。
「…やっぱ辞めとく。私、水着持ってない…し?ほら、この時期もうクラゲがウヨウヨ浮いてるよ?」
「お前な、、この日焼け跡でよくそんな嘘つけるな。ハンジと先週海行ったんだろ?あのクソメガネ、聞いてねぇのにペラペラ喋ってきやがった」
「そうなの?もぅ、ハンジったら…内緒にしてって言ったのに。リヴァイに見られるのは、水着を着てても恥ずかしいよ…」
「他の男はいいのかよ」
「うん。どうでもいいもん、全部しなびたへちまに見えるから。」
「へちまが彼氏の俺より得してんじゃねぇか」
「ははっ!確かに!」
リヴァイの台詞がよっぽど面白かったのかルリはクスクスとずっと笑っている。
たいしてろくなものがないこの街で、偶然二人は出会って、惹かれあって、愛し合えることの奇跡。
リヴァイがルリの頭を両手で固定して、コツリと二人の額が触れ合った。それを月は優しく照らす。
「行くならバイクの後ろ乗せてやる」
「えっ?いいの?!やっぱり行くっ!!」
「決まりだな」
この世界の片隅の、小さな部屋の、小さな幸せを――…
~fin~