in full bloom
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「あ〜、散っちゃってる」
雨ニモマケズ風ニモマケズ、
テレビに映るお天気お姉さんは、はためく髪を押さえながら必死にこちらに状況を伝えようと奮闘している。仕事を選ばずがむしゃらに頑張っているお姉さんの想い届かず、ルリの目は背景の桜の枝に釘付けだ。
見事な葉桜。
割合で言うとピンクとグリーンが3:7ぐらいだろうか。今年は早咲きだと言われていたからか、咲いていた期間が去年より短く感じる。
強風ではらはらとまるで雪が降っているように画面の中を斜めに落ちていく花びら達。瞬きをする瞬間にも刻一刻と比率は変わっていく。キザな詩人じゃないが、その散り際は本当に儚く美しく、そしてちょっぴり物悲しい。
ついこの間まで「満開です!」なんて言っていた気がするのに、今週は天気がぐずついたからか繊細な桜はそれに耐えられなかったみたいでまだ鮮度の良い花びら達は、テレビの中のアスファルトを現在進行形でピンク色に塗り替えようとしていた。
「今日風強ぇのか。花粉が飛ぶじゃねぇか、クソ」
突然背後から不機嫌そうな声がした。
声の出処を確認する為にソファーに座りながら気持ち悪い妖怪みたいに首を後ろに反らせると、いつの間に起きてきたのか反転したリヴァイが気だるそうに対面キッチンに入っていくのが見えた。どうやらお姉さんの「風」「花粉」「飛ぶ」のフレーズが彼の耳にも入ったらしい。
「おはよ〜、リヴァイ花粉症だっけ?お気の毒様~」
「お前もいつか突然来るぞ」
恨めしそうにこちらを一瞥し、次にテレビの花粉情報を見た反転するリヴァイは、視線を戻し愛用のガラス製のティーポットを後方のカップボードから取り出した。
どうしてでガラス製のポットにこだわるのって昔聞いたら、「抽出した茶葉の状態を見るためだ」と秒で納得の答えが返ってきた。全く紅茶に興味のない私はその時「わぁ〜リヴァイさんって紅茶詳しいんですね〜!」とか「紅茶お好きなんですか?今度美味しいお店連れてってください!」とか気の利いた台詞は一切言えなくて。
それでも何故かリヴァイのお眼鏡に叶ったらしく、合コンでモテモテだった彼の「恋人」というおいしいポジションにちゃっかり収まっている。
リヴァイの手元はこちらからはカウンターで見えないが、あの動きはきっとカップが2つ用意されている。誠にいい彼氏を持った。
「熱いから気をつけろよ」
「ありがと〜」
そんな事を考えているうちに、リヴァイがこちらに近付いてきて独特な持ち方でカップをテーブルの上に2つ置いた。目の前に置かれた片方の紅茶だけ何も言わずにミルクたっぷりで柔らかい色に染まっている。それを見て単純な私の気持ちは益々柔らかく、優しい気持ちになっていく。
「今日は起きるの早ぇじゃねぇか、いつもならまだぐうすか寝てんのに」
「確かに。リヴァイの方がいつも起きるの早いもんね、こうやって朝一緒に飲むのも久しぶりかも。」
「そうだな」
お互い忙しくて、連絡は取り合っていたが会ったのは約一月ぶりだ。
リヴァイは高級な部類の輸入車を取扱うカーディーラーの営業。ルリは零細企業の平社員。二人は言うなれば社畜。特に決算期と年度末が被る3月は一年の中で一番忙しくて各々土日返上でがむしゃらに仕事に打ち込む。
「ね~知ってた?もう桜散っちゃったんだって。また今年もお花見行けなかったね〜。」
「あ?これから咲くんじゃねぇのか」
「んなわけ!」
危うくすすっていた紅茶を吹き出しそうになり彼なりのジョークか?と横を見ると、カップを口元に持っていきながら「まだ4月の頭だろ?」なんて真剣にテレビ画面を眺める彼が居た。
(ナンテ、ことだ…)
リヴァイの季節感は見事に駆逐されていた。
きっと目の下にクマを作り、毎日駅直結の便利なこのマンションから仕事場までを往復する生活。朝から晩までチリ一つ落ちていない無機質なショーウィンドウに車と閉じ込められていたからだ。スーツをビシッと着こなし美術品のような車の中に佇むリヴァイはさぞキマっているだろうが、季節を感じられないお人形さんみたいでちょっと可哀想になる。自分も同じような生活を送っていたがお互い繁忙期が重なっていた事は不幸中の幸いかもしれない。一人だけ忙しくなかったら、咲き誇る美しい桜を見ながらきっと虚しい思いをしただろう。
「んなことより、今日どっか行きたいところあるか?」
「んー」
リヴァイは聞きながら今日の占いが終わったテレビをタイミングよく消す。
(聞いてきた癖に…)
彼の悪戯な指先はもう答えを導き出しているようで、ソファーの背を辿ってルリの腰のくびれを誘うように撫でている。
いつもならそうだ。久しぶりの逢瀬で思いっきり愛し合って、心と体のガソリンを満タンにする。それが二人のお決まりのルーティーン。
でもそれでいいのだろうか?
社畜にだって季節を楽しむ権利はある。無性にあの淡いピンク色が恋しくなった。
大人になったら見向きもしなくなった甘酸っぱい青春のような。
まるでリヴァイと初めて出会った時の鈍感な恋心のような。
「おい、こっち向けよ」
「ん…リヴァイ待って…」
「何だよ、つれねぇな」
私が火傷しないようにカップをテーブルに置いたタイミングでリヴァイが横から体重を預けてきて、ソファーに二人でドミノみたいに仲良くなだれ込む。
直ぐにキスの雨が唇に降ってきてきっとこの春の雨のような温かいキスはこれから私の体中に優しく降り注いで、忙しくて枯れかけた身も心も潤してくれるのだろう。
なんて甘美な休日。紅茶の香りが漂ういつもの部屋も爽やかな石鹸の匂いがする彼も素敵だけど、それでも頭から桜のイメージが切り離せない。
リヴァイの優しい灰色の瞳に対比した薄ピンクはきっと綺麗だろう…
「ねぇリヴァイ、」
「何だ?」
「今から桜見に行こうよ」
「はぁ?」
ちょうど胸の谷間にフィットするように顔を預けていたリヴァイはムードにそぐわない言葉が頭の上から降ってきたせいで、思いっきりしかめた顔を上げた。
「お前…さっき自分で桜散ったって言ったよな?」
「うん、言った。でもそれは私達の地域の話でしょ?探せばまだ咲いてるところきっとあるよ!」
「何を言い出すかと思えば…」
リヴァイは少し寝癖の着いた後頭部をガシガシとかいて面倒くさそうに項垂れている。それも無理もない、今日は仕事で疲れきった体と心を久しぶりに恋人らしい事をして癒そうと思っていたのだろう。それなのに肝心の恋人はとんちんかんな事を突然言い出した。
「俺は今日ゆっくりしてぇんだが…」
「私もそう思ったんだけど、昨日の夜もゆっくりしたし。」
「お前が途中で寝るから俺は不完全燃焼だ」
「あ、ごめん…」
一回で終わっちゃったんだ。しかも最後の方はあんまり記憶がない。こんなことだと流石に怒らせてしまうだろうか?愛想を尽かされる?
「…そんなに行きてぇのか」
「うん、リヴァイと桜見たことないから見たいなって思って…だってほら、この時期いつもお互い忙しいでしょ?無理にとは言わないけど…」
リヴァイは胸の谷間に顎をのせたまま「確かにな…」と目を閉じて何やら考えている。スーツを脱いで武装を外した無防備な彼はまるで日向ぼっこをしている黒猫のように愛らしい。この前も形の良い小ぶりな頭がすっぽり谷間に挟まってて「おっぱいそんなにきもちいい?」って聞いたら豆鉄砲を食らったみたいな顔をしていた。どうやら無意識だったらしくて、結局「それはよく確かめないと分からねぇ案件だ」とかなんとか言われて大変な目にあった。
マイペースなルリは、たまにとんちんかんな事を言ってリヴァイを困らせる。彼女の価値観を全然取り合ってくれなかったり、二言目には馬鹿にしたり、見下すような異性は多かった。でもリヴァイだけは同じ目線で悩んで、考えて、真剣に向き合ってくれる。初めてこんな人と付き合った。
「…ふー、」
「なんかごめんね。。」
自分に覆いかぶさったまま、どうやら彼は気持ちを切り替えるために遥々宇宙空間まで飛んで瞑想をしてくれているらしい。こんなことをさせて本当に申し訳ない。
「よし…行くか」
「いいの?」
「嗚呼。思い返したら俺も社会人になってから桜なんぞまともに見てねぇし見たくなった」
「じゃあ決まりだね!早速準備して…」
「待て。むやみに動いても無駄だ。まず作戦を立てる。行くなら必ず結果出すぞ」
「は、はい。」
三白眼がギラリと光る。妥協を一切許さないと噂の鬼のリヴァイ課長に完全に火がついた。
*
「シートベルトしたか」
「オッケー!では私達社畜カップルの春奪還作戦開始〜!」
「何だそりゃ。ちなみに俺は社畜じゃねぇ、決算期だけだ」
ノリノリで助手席で手をグーにして挙げて笑顔で宣言する。リヴァイは呆れているがやると決めたら本気モードで、スマホと連動している最新のナビと付箋と赤マルをつけたゼンリンの地図を持って臨戦態勢だ。偶然リヴァイの会社に大学の後輩が居るのだけど、噂に聞くと彼の仕事ぶりは色々とすごいらしい。
流石入社以来営業成績トップを走る男!
「まずはここからだな」
「えぇ?!そんな遠くまで行くの?」
「当たり前だ、確実な所を狙っていく。基本中の基本だ」
「なるほど…」
リヴァイがナビ設定した場所はここから何百キロも北東に行った場所。もっと近くで見れると思っていたためシートベルトを握りしめながらびっくりしてしまった。
リヴァイの立てた作戦はこうだ。
過去5年間分の桜の開花予測から、目星をつけた名所の3箇所を効率よくまわるために一番遠いところから順に攻める。彼らしい一切無駄の無い動き。きっと仕事もこんな感じでちゃっちゃとこなしているのだろう。
「リヴァイ相変わらずやること早いね~。」
「こんなもんだろ」
車は順調に高速を走っていて、既に県を跨いでいた。
リヴァイとの出会いは数年前の合コン。
その時も確か仕事が忙しい時期で、何個か業務を掛け持ちしていたら痛恨のミスをしまい残業して大遅刻した。幹事の子に笑いながらチクチクと嫌味を言われ、おまけにその日は夜から雨が降り出してライトベージュのスーツは色が変わってしまうぐらいびしょ濡れになり、部屋に入った瞬間皆に思いっきり笑われた。
でもその時リヴァイだけは笑っていなくて男の人なのに綺麗な顔立ちの人だなって思った。けど、案の定彼の両サイドと前の席は女性陣がガッチリ固めていて、この人がこの会の本命なんだなとすぐに分かった。
そして二軒目の流れになってびしょ濡れだし帰るつもりでいたら、一言も喋ってなかったのに何故か「同じ方向なのでもしよかったら相タクしましょう」と話しかけられて半ば強引にタクシーに乗せられた。そして車が動き出した瞬間、「たりぃな」と口悪く独り言を呟いたポーカーフェイスが剥がれた彼を見て思いっきり笑ってしまったのだった。
それから車内で当たり障りのない話をしていたら何故か連絡先を交換する流れになり、ちょくちょく連絡が来るようになり、二人で会ったりするようになって、気づいたら好きになっていた。
付き合ってから「もしかして私の事一目惚れだったの?」って期待を込めて聞いてみたら「逃げる為のただの口実だった」とリヴァイらしい歯に衣着せぬ答えが返ってきたのだった。
「ふふっ」
「何笑ってんだよ」
「リヴァイと初めて会った時の事思い出してさ。」
「あの時の合コンか。びしょ濡れの捨て犬みてぇな奴が来たからあれには驚いた」
「ひど〜!」
リヴァイの好きな海外アーティストのBGMに、ルリの笑い声のビートが重なる。
まだ付き合う前で、初めて車に乗せてもらった時も密室で妙に緊張してたのにリヴァイが「洗車してすぐに鳥のクソが落ちてきた。これで3回目だ」なんて言うから車内で大笑いしてしまい、ムードもへったくれもなくなった。リヴァイの方を向くと彼もうっすら笑っていて、その運転する姿があまりにもかっこよかったから舞い散るひとひらの花びらのようにあっという間に恋に落ちてしまったのだ。
「こういうのも久しぶりに悪くねぇな」
リヴァイも今日の突然のドライブは気に入ってくれたみたいで、BGMに合わせてハンドルの上に乗った人差し指はテンポよくリズムを刻んでいる。
「よかった〜」
「あ?何がだ」
「ふふ、こっちの話。」
何が良かったかって、リヴァイがリヴァイを取り戻してくれたみたいで嬉しかったから。
本人に直接聞いた訳ではないけど、リヴァイは結構色んな所に出掛けるのが好きなんだと思う。昔はバイクも乗ってたらしいし、純粋に車が好きだから今の仕事を選んだと言っていた。
自然体で、気取らなくて、いつも優しく包んでくれる爽やかな風のような人。
リヴァイの運転するこのピカピカの車に乗って、インドアのルリは沢山の場所を訪れた。
空も、海も、山も、星空や、朽ちた岩肌に咲く一輪の花まで。見たことのない景色。匂いを五感で感じた。それは家に籠もってたら到底分からないことで、本物じゃないと意味がない。それをリヴァイは教えてくれた。
人は何を想って旅をするのか、
リヴァイを見ていると分かるような気がした。風のように旅をするリヴァイが好きで、この助手席という名の特等席で流れる景色と穏やかな彼の横顔を眺めるのがたまらなく好きだ。
カタンカタンという高速道路の規則正しいジョイントの揺れが、早起きだったルリの意識を徐々に眠りへと誘いだす。
ー寝てろ、着いたら起こしてやるからー
そんなリヴァイの優しい囁きが遠くの方から聞こえた気がした。
*
ー…おい、起きろ。着いたぞー
ーったく、柄にもなく早く起きるからだー
「おい、てめぇいい加減にしろよ」
「…ふがっ!?」
意識の中だけで体を揺さぶられているのは分かっていたが、段々息苦しくなって目が覚めた。どうやら鼻をつままれていたらしい。死ぬかと思った。
「もう着いたの?!」
「嗚呼。」
「うわぁー!」
「声がでけぇ」とリヴァイがこちら側の耳の穴を五月蝿そうに人差し指で耳栓している。でもこれを見たら誰だってこんなリアクションになると思う。
並木道の下じゃない、上が、空が、全部ピンク色だ。
「ねぇすごいよリヴァイ!めっちゃ咲いてる!めっちゃ満開!」
「見りゃわかる」
語彙力のない頭の悪そうな私の反応にリヴァイは若干呆れつつも、ハンドルに腕を預けながらフロントガラスを覗き込んで「まぁなんとか桜前線に追いついたみてぇだな」と満更でもなさそうだった。
「外出てみようよ!」
「あぁ」
二人は花見客の為の砂利の臨時駐車場に車を停めると外に出る。停めた場所の真上には、少し枝垂れた桜の枝が手を伸ばせば届きそうな位置にあって、その美しさに心からため息が漏れた。
「これキレイに撮れたと思わない?」
「ほぅ、最近のスマホは性能がいいな」
「私のセンスとは言わないんだ。待ち受けにしよ〜!」
リヴァイに撮ったばかりの写真を見せる。
でも本当は桜だけじゃない。見せた写真をリヴァイの見ていないところで指でピンチインすると、画面の端の方に桜を見上げる彼が写っていることは内緒。だってリヴァイは写真は苦手みたいであんまり写ってくれないから。普段はナマケモノみたいにトロいのにこういう事は我ながら機転が利く。
桜は小川を空から隠すように両サイドから並んでいて、水面には散った花びらがゆっくりと流れていた。
「素敵〜」
「悪くねぇな」
川沿いの手すりの丁度上ぐらいには提灯が転々とぶら下げてあって、もう少し日が落ちたら点灯して夜桜も楽しめるようになっている。こんなに見事に咲いていたら、住んでいる地域だったらもっと人でごった返しているのにちょうどよいくらいに疎らで風情を感じる。
「お前さっきから川ばっか見てんな」
「え?だって川に散った桜が浮いててきれいなんだもん。」
「咲いたの見るために来たんだろ?散ったの見ても意味ねぇじゃねぇか」
リヴァイは困惑したようにルリを見たが、また始まったと言わんばかりに手すりにもたれかかる彼女の隣に静かに片腕を乗せた。
「咲いてるよ?」
「あ?」
「ほら、川の上に咲いてる。アスファルトの上には咲かなかったのに、川の上には桜は咲くんだよ。昔の人って川の上に散った桜も
「…成程な」
ルリの言葉を聞いたリヴァイは納得したのかじっと水面を見ている。不意に訪れた沈黙。突然黙ってしまったリヴァイの方へ顔を向けた。
「リヴァイ?」
「…お前はこの花びらみてぇだな。何考えてんのか…俺にはわからん」
「え」
リヴァイは手すりから宙に手を伸ばす。ヒラヒラといたずらに頭の上から落ちていく一片の花びらは、リヴァイの指を游ぶようにすり抜けて無邪気に川に向かって落ちていく。そして水面に落ちたのか、コンクリートで固められた堤防に落ちたのか、他の花弁と混ざり合い私達の視界からはあっという間に消えてしまった。風向きが変わった。急に心に隙間風が入ってきた。
「…リヴァイ、ごめんね。」
自分勝手な行動が彼を深く傷つけていた事に今更気がついた。疲れている彼を無理矢理こんなところまで連れ出して、振り回して、なんて我がままで最低な女なんだろう。
「馬鹿、勘違いしてんじゃねぇよ」
「っ…」
後頭部に手を添えられ、風が撫でたような軽やかで爽快なキスがほんの一瞬だけ唇に訪れた。
「俺はお前の、そういう所を悪くねぇと思ってんだ。見てて飽きねぇ。だから…まぁなんだ…そうやって意味わかんねぇまま、俺の隣でずっとひらひらやってろよ」
風がざぁっと強く吹いた。リヴァイが目を逸らさずに真っ直ぐこちらを見ていて、思った通りリヴァイの瞳と桜は示し合わせた様に綺麗だった。
見開いた目に、もしも風が見えたなら。
こんなにもときめいて、心躍ってしまうものなのだろうか。
「な、ひらひらって…なにそれ!めっちゃ頭悪そうじゃん!」
「あ?」
真っ赤な顔をして見惚れていたのを誤魔化すように叫んだのがよっぽど面白かったのか、リヴァイは鼻で笑って「渋滞つかまると面倒くせぇからそろそろ行くか」とちゃっちゃと踵を返す。その時だった。
「リヴァイ!車すごいことになってる!」「オイオイ、なんだこりゃ…」
声が出たのは同時。上機嫌だったリヴァイの顔が一気にしかめっ面になる。それは背中を向けていた二人には気づかなかった、風と桜のいたずらのせい。
いつもピカピカに磨かれたブラックの車体に舞い散った無数の桜の花びら。トンネルを抜けたときににわか雨に降られて車体が濡れていたからか、面白いように花びらがくっついている。
「…てめぇ、笑いすぎだ」
「だってリヴァイの顔っ…また洗車しなきゃって思ってるでしょ…ひっ」
リヴァイは恨めしそうにこちらを見ながら、きっと内心妖怪ひき笑い女なんて思っているに違いない。
「いいじゃん!リヴァイの車だけ桜エディション!かわいい〜!」
「そんなオプションねぇよ。あってたまるか」
「でも桜はリヴァイの車にも咲くんだね!夜桜みたい!咲いた桜を持って帰れるなんて私達だけだよ!ラッキー!」
「…お前、ほんとすげぇな」
ケラケラ笑っていたらまた豆鉄砲食らったみたいな顔をした後、珍しくリヴァイも笑っていた。夏へと刻々と向かう温かい春風は、愛しいと思う人の心を桜と共に美しく咲かせるのかもしれない。
「リヴァイ今日は連れてきてくれてありがとう!また色んな所に二人で行こうね!」
「そうだな。俺がお前をどこまでも連れてってやるよ、一生な」
「えっ?…ね、ねぇ待って、、今一生って…それってさ…それってさ…」
「2回言ってもまだ分かんねぇか。相変わらずどんくせぇ女だ」
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