愛する人へ
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「兵長お誕生日おめでとうございます!」
「あぁ」
皆次々にリヴァイに向かって祝福を述べに来る。今日は12月25日。調査兵団の食堂では人類最強の兵士ことリヴァイを囲んで誕生会が行われている。
いつの間にか毎年行われるようになったこの会は、リヴァイが助けた兵士や彼のことを慕っている兵士が彼の誕生日を知り、感謝の気持ちを込めてプレゼントを贈るようになった事が始まり。今や兵団の殆どの兵士が参加する一大イベントとなっていた。
「リヴァーイ!おめでと〜!!聖夜に生まれてきてくれた最強のちっちゃなおじさん!!」
「蹴り倒すぞ」
「ごめんごめん怒らないで!みんなあなたに感謝してるんだよ!それにほら、ホワイトクリスマスなんて久しぶりだからさ〜テンション上がっちゃった!」
祝われる事に特に悪い気はしないが、リヴァイからしてみれば9割方は皆が羽目を外すための只の飲み会で。祝福を述べに来たハンジは既に赤ワインを片手に出来上がっていた。
人が増えた室内との温度差でできた窓の結露を指で払うと、外はハンジが言ったように一刻ほど前から雪が降り出していた。
「兵長お誕生日おめでとうございます。これ俺たちからです。」
「お前ら、わざわざ悪りぃな」
「そんな、いつもお世話になってますから。俺達が今も生きていられることは兵長のお陰なんです。」
エルドは穏やかにそう言うと、リヴァイ班を代表してリヴァイにプレゼントを渡した。
「兵長、あとこれルリさんからです。預かっていたので。」
「あ?」
ペトラの言葉に思わずリヴァイは思わず顔をしかめる。
「当の本人は何処行ったんだ」
「食堂の前まで一緒に来たんですけど、急に忘れ物をしたから兵舎に戻ると…その時に渡すタイミングが無くなるかもしれないから一緒に渡しておいてほしいと頼まれまして。」
「…そうか」
ペトラからルリからのプレゼントという小箱を受け取る。箱の中を開けてみると高価なシルクのハンカチと「お誕生日おめでとうございます」と簡潔な手書きのメッセージカードが入っていた。
(相変わらず律儀な奴だ)
この前の壁外調査で巨人に驚いて暴れた馬から落馬した彼女を、リヴァイのハンカチで手当した事を気にしているのだろう。
その時も潔癖症のリヴァイのハンカチを自分の血で汚した事を謝られたが、こんな時にまで自分に遠慮する彼女にもっと己を心配しろと叱咤したのだった。
*
会も中盤まで差し掛かるが、いつまで経っても顔を出さない彼女に痺れを切らしてリヴァイは盛り上がる食堂を後にする。
普段あまり接点のないルリと喋れる貴重な時間になるはずだったが、彼女がいなければ意味がない。
食堂を出るとひんやりとした潤沢な空気が酒の入った身体を程よく冷やす。渡り廊下を通り外に出ると、先程よりも更に雪は深まりあたりを白銀と無音の世界に変えていた。
寒さは苦手だが、冬の空気、特に雪が降るときのツンと張り詰めたような空気は嫌いではない。生まれ育った地下街はいつも湿気った生暖かい空気に包まれていて、寒くはなかったがけして気分の良いものではなかった。
クグ、クグッと靴底が雪を圧縮し動物の鳴き声のような特有の音をさせて兵舎の方へ歩いて行く。彼女に何かあったのだろうか…忘れ物を取りに行ったどころではない程の時間が経過していた。
ふとリヴァイの足が止まる。
当然のようにルリも来ると考えていたが、もしかしたら予定があり忘れ物を取りに行くという程でその場を離れたのかもしれない。
誰か決めたかは知らないが、聖夜と呼ばれる今日は恋人同士が愛を確かめ合う、そんな日らしいのだ。
(…戻るか)
己のネガティブな考えは割とすんなりリヴァイの腑に落ちた。
(…なんだ?)
リヴァイが引き返そうとした時、もう少し先の方にゆらゆらと揺れる灯りが見えた。
地面スレスレを漂う灯り―
まさか心臓を捧げた亡き英雄達の亡霊を見てしまったのかと一瞬ヒヤリとする。
だがよく目を凝らすと灯りを持つようなシルエットがぼんやりと見えた。
ゆっくりと近づくとなんとそれはずっと探していた張本人のルリだった。
ルリはこの雪の中、手にランプを持ち中腰になりながら地面を照らしていた。
かなりの時間外にいるのだろう、外套を着ていないため頭や肩に雪が積もってしまっている。
「おい、こんなとこで何してやがる」
「きゃあっ!へ、兵長?!どうしてこんなところに…」
「どうしたはてめぇだ。忘れ物じゃなかったのかよ」
「あ…ペトラから聞いたんですね。お誕生日おめでとうございます。すみません、直接お渡しせずに。」
「ふん、こんな高ぇもん人にやって割に合わねぇだろ。もっと自分に使え」
「そんな、逆の意味で割に合ってないですよ。あの時落馬した私を助けて下さらなかったら今頃私はここにいません。感謝してもしきれないんです。なのでせめて受け取ってください。」
「…ふん」
ニコッとルリが雪の中に咲く華のように微笑んだ。自分は彼女のこの笑顔に弱い。人類最強ともあろう男がこれを出されると何も言えなくなる。
「おい、まだ質問に答えてねぇぞ」
「え?あ〜…」
「何を探してるんだ」
ペトラに落とした物を探しに行くと言えば、心配すると思ってとっさに忘れ物と言ったのだろう。こいつらしい下手くそな嘘だ。
「あの…ピアスを…」
「ピアス?」
「はい。部屋を出るときに鏡を見たときにはつけてたんです。でも食堂の前についたときには片方なくなってて…多分来る途中に落としたと思うんです。」
「兵舎じゃねぇのか」
「兵舎も見に行きました。でもないので…おそらくこの道で落としたのかと…もしかしたら兵舎の廊下の板の隙間とかに落としてしっまたのかもしれませんけど。」
確かルリの耳には小ぶりな青金石のついたピアスが常にあった。彼女の美しい金の髪に対比していた青い石。それが今は右耳だけを飾っている。
あんな小さなものをこの雪の中から探し出しだそうという。なんて無謀な話だ。
「この雪だぞ」
「はい。でも…もう少しだけ探してみます。」
「風邪引くぞ。それにまだ飯も食ってねぇだろ」
「大丈夫です。私、寒いのは慣れてますから。もう少しだけ探してから行きます…兵長こそ主役が居なくなってしまって皆困ってますよ?」
「俺の祝いはついでみてぇなもんだ。おい、正気か」
また屈んで探そうとする彼女を引き止める。よく見れば彼女の指先や関節は溶けた雪で濡れて痛々しい朱赤の霜焼けが出来ていた。
(…チッ)
心の中で大きな舌打ちが出る。
この寒空の中こんな状態の彼女を置いて行けるわけがない。早く、暖かい部屋に入り彼女の手を暖めてやりたかった。
「おい、もう辞めろ。そんなピアスの一つや二つ俺が…」
「すみません、往生際が悪くて。大好きな人からもらった大切な物なんです。」
二人の声が重なった。
みるみる三白眼が見開かれていく。
頭を鈍器で殴られたような衝撃というのはおそらくこういう事を言うのだろう。
ルリが少し困ったような表情で何もない左の耳たぶを名残惜しそうに指で撫でた。
先程感じた嫌な予感はあながち間違いではなかった。
大好きな人―
ルリには好きな男がいる―
こんな雪の中その男から貰ったものを必死になって探すルリを見て、男の事を彼女がどれほど想っているのか想像がついた。それに、男が女に宝飾品を贈るなど特別な感情がなければしない。
自分が彼女を目で追うようになってから彼女の耳には既にそのピアスはあった。随分前から二人は恋人同士なのだろう。
ルリとその男の間に己が入る隙はどこにもない―さっきからズクズクと、胸のあたりが痛む。
「そうか……それは…大切な物だな」
「すみません、こんなことで兵長を引き留めてしまって。あの、やっぱり私も戻ります。ずっと自分でも無茶だってわかってたんですけど切り上げるタイミングがなくて…」
ルリはリヴァイがまだ探し続けるという自分を置いて行けない状況になっていることに気付いたのだろう。申し訳なさそうに顔を伏せた。
「…俺も探そう」
「えっ?!」
「何だよ、思いっきり諦めきれねぇって顔に書いてあんじゃねぇか」
「そんな、兵長にこんな事させれませんよ。それに寒いの苦手って前仰ってたじゃないですか。」
「あぁ、クソ寒みぃな。お前ぐらいだ、俺にこんな事を言わせるのは」
恋敵が贈った物を探すなんて男としてこんな屈辱的なことはない。
だが、今自分が抜け出せないでいるこの慕情はひどく厄介なもので。男のプライドなどどうでもよくなるぐらいルリには笑顔でいて欲しいと思ってしまう。「恋心」という厄介な病は自分が思っていた以上に己を苦しめることしかしない。
「兵長…お気持ちだけで十分です。ずっと身に着けていたものが突然無くなってしまって少し動揺しているだけです。形あるものはいずれ壊れるといいますが、今日がその日だったんだと思います。」
「待て待て、俺に建前を使うんじゃねぇ。二人で探したらもしかしたら見つかるかもしれねぇだろ」
「いいんです、ありがとうございます。」
「好きな奴から…貰った物なんだろう?…今日ぐらい、ここ(兵舎)に残らずにそいつのところに行ってやればよかったじゃねぇか」
「会いに行ければいいんですけど…これを贈ってくれた人はもう随分前に亡くなってますから…」
「っ…」
美化された過去には敵わない。彼女はずっと一途にもう会えない男を想い続けていたのだ。
この雪のように真っ白で高潔な精神を持ったルリ。そういえば自分の手は白磁の雪をも穢れさす程に血で汚れてしまっていたじゃないか…
「…すまない」
「いえ、もう子供の頃の話ですし。私も大人になるまで引きずり過ぎです。それよりも今日は兵長のお誕生日じゃないですか!私も兵長の特別な日をお祝いしたいです。」
「子供?お前まさか初恋の相手をずっと想って…」
「え?初恋?」
「そのピアス、恋人から贈られたものなんだろう?」
「えぇ?!ち、違いますよ!!」
「あ?さっき大好きな人だと言ったじゃねぇか」
「私の言った大好きな人というのは両親の事です!こ、恋人なんて…そんな…」
二人の間で随分と話が噛み合っていなかったようだ。
ルリは頬を真っ赤にして、肩や頭に積もった雪を大袈裟に払った。聞けばそのピアスは、彼女が子供の頃両親から贈られたものらしい。
「北部ではピアスをガキに贈る風習があるのか」
「はい。生後7日目に親が名づけと同時に耳に穴を開けてつけてくれるんです。」
「は?7日?オイオイ…そりゃあとんでもねぇ風習だな」
「ふふ、赤子の耳に穴開けるなんてびっくりですよね。私の故郷ではそれが当たり前だったんですが、この話をするとみんな驚くんですよ。」
ルリは慌てて雪をはらって乱れてしまった髪を手櫛で整えながら微笑んだ。この狭い壁の中にも地域によって文化や風習は異なる。
ルリは調査兵には珍しい北方面駐屯訓練兵団からの卒業兵で、出身もウォール・マリアの最北端の突出地域出身だ。
巨人は南から来るため北部に住みたいという人間は多いが、北部の冬は雪深く住むのは過酷だという。
「つける耳によってもそれぞれ意味かあるんですよ。」
「どういう意味が込められているんだ」
「右耳は子どもの幸運を、左耳は愛しているという意味が込められているんです。両親は私が10歳の時に流行り病で亡くなってしまったので、寂しくなってもこのピアスに触れれば大好きだった両親を思い出して落ち着くことができたんです。このピアスには随分と助けられました。」
「………」
「ふふ、もういい大人が未練がましいですね。せっかく穴も開いてるので、もうちょっとお洒落なピアスしようかな。」
*
―オイオイ…こりゃ一体どういう状況だ―
―リヴァイ!雪だよ雪!そっか地下は雪降らないもんね―
―天井の穴からチラつくのは見たことがあったが…こんなに積もるもんなんだな。なんだこれ、すぐ溶けちまうじゃねぇか―
―そりゃ雨と一緒だからね。雪というのは気温が摂氏0℃以下の大気の上層で雲中の水蒸気が凝結し氷の結晶が集まって地上に降るものさ。あぁ、まず雲とは何かという事から説明しないといけないね。雲というのは無数の水蒸気、つまり小さな…―
―細けぇ説明はいい。要するにクソ寒けりゃ降るってことか―
―まぁ早い話そういう事だね。あちゃ〜訓練する前に雪かきしなきゃな―
―オイ待て、まさかこれ全部どかすのか?―
―あったり前さ!積もってたら何も出来ないだろ?大丈夫さ、雪かき名人が我が兵団にはいるから!―
―名人?誰だ?―
―ほら、あそこでもう雪かきしてくれてる金髪の娘!彼女は調査兵で唯一の北部出身者だから雪かき超得意なんだよね〜―
―おい、お前―
―っ!?リヴァイ兵長、お疲れ様です!―
―お前この雪かきとやらを一人でやってんのか―
―いえ、他の兵士とやってましたが皆疲れて今は休んでいるので…―
―お前も疲れてんだろ。休んでこい、俺が代わる―
―いえ、私は全く疲れていませんので大丈夫です!故郷では自分の背丈ぐらいの雪をいつもどかしていましたから、このぐらいの雪かきは朝飯前です!―
―あ?お前の故郷ではそんな降るのか?―
―はい、酷いときは家の一階が埋まってしまうので二階から出入りするんですよ―
―お前…俺が地下出身で何も知らねぇからってからかってんじゃねぇだろうな―
―っ?!ま、まさか兵長をからかうなんて!そんな命知らずなことしませんよ!―
―…………―
―本当です!じゃあ、ウォール・マリアを奪還したら私の故郷に兵長をご招待しますね!毎日毎日降るんですよ!―
―ほぉ…―
―その時は、雪かき手伝ってください!北部はいつも人出が足りなくて大変なんです―
―お前…名前は―
―ルリです!-
-ルリか、覚えておこう-
彼女と初めて会話した時もこんな雪が降る季節だった事を思い出した。あの屈託のない笑顔を見たときから自分はルリに惹かれていたのかもしれない。
「食堂に戻りましょう兵長、私も流石にお腹が空いてきました。」
「…ルリ」
「はい」
「左耳のピアス、俺がお前に贈ろう」
「え?」
「お前を愛する気持ちは俺も同じだ」
「っ?!」
「お前の事が好きだ」
「兵、長っ…」
「本当は言うつもりなんて全くなかったが…気が変わった。殆ど接点のねぇお前とこんなに喋れることなんて滅多にねぇからな。…別に付き合いてぇとかどうかなりてぇとかは思ってねぇ。ただ、死んだ両親のようにお前を心から愛する人間がここにも居るという事を伝えたかった」
それが血塗られた穢れた手だったとしても凍えた彼女がまた笑顔を取り戻して飛び立てる日まで見守りたい。とんだエゴだが。
「うっ……っ…」
「おい、泣くほど俺からピアスを贈られるのが嫌か…」
「ち、ちがっ…う、嬉しくてっ…うっ……わ、私も兵長の事がっ…ず、ずっと前から…す、好きでっ……」
「っ…そうだったのか」
リヴァイはそう言うと、泣きじゃくるルリの腰をぐいっと自分の方に引き寄せた。
5m級ぐらいのの巨人なら容易く倒してしまう彼女は思っていたよりも華奢で小さくて。
口もとに手をあててわんわん泣く彼女にまた積もってきてしまった雪を、その金絹のような髪から払い落としてやる。
「お前、こんな泣くやつだったんだな」
「は、はい…わ、私っ…昔からものすごく…涙もろくって……」
「そうか…」
リヴァイはそれだけ言うと、涙のつたう跡ができてしまったルリの頬に手を添えてそっと口づけた。
「んっ…」
「もう泣き止め」
「はっ…はい」
突然のリヴァイからのキスに目を見開いて固まってしまったルリを面白そうに眺めながら、リヴァイは頬に手を添えたままルリの形の良い左耳に触れた。
「明日、調整日だろ?一緒に買いにいくか」
「いいんですか?」
「当たり前だ」
「ありがとうございます。あの…すごく嬉しいです。あ、その前に雪かきしてからでもいいですか?この調子だと朝までには結構積もってると思うので…」
「あ?そんなもん新兵にやらせときゃいいだろうが」
「新兵だけじゃ大変ですよ。それに兵長だって寒い寒いっていいながら毎年手伝ってくれたじゃないですか。」
「そりゃあお前が…」
「?」
「何でもねぇ」
リヴァイはそう言うと誤魔化すように雪化粧したルリの長い睫毛の上にキスをした。
雪の結晶のような美しい心を持った彼女は、思いがけない形でリヴァイの胸に飛び込んできた。そしてリヴァイは誓う。たとえ血濡れの手であっても彼女の笑顔をこの身が滅ぶまで護り続けると。
残酷で雪のように美しい世界に己は生まれてきたのだから。
「兵長、大好きです」
「あぁ、俺も愛している」
リヴァイの手に自分の手を重ね微笑むルリは、雪のなかに居たとは思えないほど体温が高く、
その朱のさした雪のような白い肌はリヴァイの冷えきった指先を優しく暖めた。
〜Happy Birthday Levi 〜
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