黄色い彼女を捕まえろ!*
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中庭から燦燦と太陽の日差しが降り注ぐ開放感のある真っ白な食堂。毎日業者の清掃員さんがピカピカに床を磨いてくれるので常に食べこぼし一つない。
その食堂の窓際に毎日陣取ってスマホをいじる一際目立つ黄色い服の女性。食堂のおばちゃん達からは名前ではなく「きいろい女医さん」で覚えられてしまっている。
ここ、パラディ総合病院の黄色い人こと小児科医ルリはいつものように食堂でカレーを食べながらスマホにかじりついていた。
(来週ナックラーヘキガイ公園に大量発生か…この日当直だったっけ?)
彼女が夢中になっているのは一つのゲームアプリ。
起動させながら、外を歩くと自分が主人公になり人気ゲームのキャラクター達が次々にゲットできるという全世界で楽しまれているいわずと知れた「ボケモンgo」だ。
このゲームが世界中を一世風靡したのはもう懐かしい過去の話。この国で配信されるようになって随分経つというのに、ルリはまだまだこのゲームに夢中。もうボケgoは彼女のライフワークと言っても過言ではない。
「こりゃ行くしかないな…」
ルリは行儀悪くスプーンに残ってしまった米粒を舐めとりながらスマホをサクサクとスクロールしていると突然視界に影ができた。
「おい、またカレー食ってんのか。毎日同じ物食ってよく飽きねぇな」
「あ、リヴァイ先生お疲れ様です。あはは、好物なんで飽きませんよ。たまに気が向いたらうどんも食べますし。」
「てめぇのうどんはカレーうどんだろうが。よく白衣で食えるな、テロ行為と同じじゃねぇか」
目の前の椅子に当然のようにドカリと座った目つきの悪い小柄な男は眉間に皺を寄せながら呟いた。確かに白衣にカレーのルーが飛んだら嫌だとは思うが、まあ好物だしズボラな方なのでルリはそれほど気にならない。
「リヴァイ先生はお蕎麦ですか?さっぱりしててなんだかリヴァイ先生らしいですね~。」
「あ?どういう意味だそりゃ」
リヴァイは怪訝そうにかけている眼鏡をクイッと長い中指でかけ直すと、割り箸をわり「いただきます」と手を合わせ蕎麦を食べ始めた。律儀に手を合わせて言うところは、口は悪いが几帳面さが出ている。
ルリはリヴァイのそんな一面を見て笑いを堪えると、スマホに目を落とそうとしたタイミングでまたリヴァイが話しかけてきた。
「ボケgoとか言うやつやってんのか」
「はい。今度の休みにちょうどヘキガイ公園に欲しいボケモンが大量発生するみたいなんで行ってきます。」
「そんなことやってばっかだと婚期逃すぞ」
「ですよね〜まぁそうなったらビカチュウと結婚しますよ。」
「お前はお気楽でいいな」
三十路を目前にしてボケ活に全力投球のルリを呆れ顔で一瞥すると、リヴァイは視線を下に移しズズッとざる蕎麦を啜った。
目の前に座る目付きの悪い小柄な男性は外科のリヴァイ・アッカーマン先生。今年度から赴任してきた新しい先生だ。
エルヴィン先生と同じ医学部出身らしく、それが縁でこの病院に来たらしいがとっても手先の器用な方で数々の難しい手術を正確かつスピーディーに成功させている神の手の持ち主らしい。その噂が噂を呼んで、この人の元には全国各地から手術をしてほしいと患者が連日殺到している。
そんな超有名人の彼が全く面識のなかったルリの前で急に昼食を食べだしたのが数ヶ月前。
最初は座ってることに全然気づかなくて(スマホに夢中だった)、突然「お前スマホ見ながらずっとニヤついて気持ちわりぃな」と言われたのが初めてかけられた言葉だった。言われて見れば確かにそうだなぁと自分でも思い「ですよね〜」と笑ったらちょっと面食らった顔をしていた。
そんなこんなで今では普通に会話するような仲になった訳だが、おそらく自分は女避けに使われているのだと思う。
自分で言うのもあれだが、医療関係者は肉食女子が多い。そんな女性陣がリヴァイ先生のような超ハイスペックな人を放っておくはずが無く、一人で食事をすると女性に群がられて面倒だからボケモンにしか興味がない無害な私を隣に置いているのだろう。
こう思うと有名人も結構大変だなと同情してしまう。
「あっ!?」
「チッきったねぇな。スマホ見ながら飯食ってるからだ、行儀悪りぃ」
「すみません、、この時間ぐらいしかスマホ見れないからついつい…うわぁ、やっちゃったよ。。」
「替えのシャツあるか?早く洗わねぇとシミになる」
「あーまぁいいや。」
「は?」
スマホに夢中になっていたらスプーンで掬っていたカレーをポロッと白衣の中のシャツに落としてしまい、しっかりとルーが繊維に染み込んでしまった。が、そんな事で動じないのが超ズボラ女子のルリ。
「大丈夫ですよ、だってシャツの色と殆ど一緒だから目立たないですし。午後から外来はありませんから。」
「お前…マジで言ってんのか、、」
「ほら、おしぼりで拭いたらもうわからなくなりましたよ?」
ルリはルーを落としてしまった胸の辺りの布をつまみ上げリヴァイに得意げに見せる。
「いや、思いっきりシミだとわかるんだが。そのキャラクターの黄色と濃淡が違いすぎるだろ…」
「あはは、、そう言われればそうですけど…まぁ洗濯してれば消えますよ。」
ビカチュウが色んなポーズで細かくプリントされている可愛らしい開襟シャツはルリのトレードマークだ。子供たちからは親しみを込めて「ビカチュウの先生」と呼ばれている。その個性的なシャツをちょんちょんとおしぼりで拭いて何事もなかったかのように手で撫でた。
「オイオイ待て待て、無かったことにするんじゃねぇ。カレーのシミを見縊ると痛い目見るぞ。まず洗剤を混ぜたぬるま湯で予洗いしてから…」
「あっー!タマゴ出現!すみません、マリア公園にレアボケ出現したんで行ってきますね!愛車のイエローサンダー号で行けば休憩時間の間に戻ってこれるはず!」
「ただの黄色いチャリだろうが。今から行くのか?後で歯は磨けよ」
リヴァイの呆れた声に適当に返事をし、ルリは急いで残りのカレーを胃にかきこむと食器を返却口に戻し食堂を後にした。
*
「だぁ~!つっかれた〜!」
「先生まさかマリア公園まで行って来たんですか?!結構距離ありますよね?」
「あ、はい。そのまさかです。今日もしっかりゲットしてきましたよ〜!ふはは~!!」
「ふふっ良かったですね。」
自転車をこれでもかと漕ぎ、ヘトヘトになりながら診察室に戻ると、看護師のペトラとニファが笑顔で出迎えてくれた。この二人とは結構仲が良くてプライベートでもたまに食事に行ったりする。
リヴァイ先生の言いつけどおり歯を磨きながらゲットしたポケモンをニヤニヤしながら眺めていたらガラッと突然診察室の扉が開いた。
「ぶっ?!」
「オイオイ…なんつう部屋だこりゃ」
「ひぃふぁいふぇんふぇい?!」
「何言ってるか分かんねぇよ。さっさとうがいしてこい」
「ふぁい!」
突然診察室に現れたリヴァイ先生に歯磨き粉を吹き出しそうになるが、口を抑え何とか堪えて続きの部屋の洗面所に向かった。
うがいをして急いで戻ると、先生は我が物顔のように診察椅子に腰掛けていた。ルリが戻ってきても席を立つ気配がないので(お前何様だよとちょっと思ったが)仕方なくすぐ側の診察台に腰掛けた。
「リヴァイ先生がここ(小児科の診察室)に来るの初めてじゃないですか?」
「あぁ…目がクソチカチカする」
「あははっ」
「お前がやったのか」
「そうですよ。あ、壁紙はちゃんと剥がせるやつなので安心してください。」
診察台がピッタリつけられた壁には爽やかなライトブルーの壁紙が貼られ様々なキャラクターのステッカーがびっしり貼り付けられている。診察台に横になった子供が少しでも不安にならないためにとルリが貼ったのだ。
その他にも乳児が好きそうなカラフルな気球とツバメのモビールに、大きなジンベイザメ(コバンザメ付)とイルカのバルーンがふわふわ仲良く宙を泳いでいる。入った瞬間ここが病院ということを忘れてしまうような賑やかな空間だ。
「…お前らしいな」
「私この部屋は本気でウォ◯ト・ディズニー越えようと思ってますから!」
「志だけは高ぇな。こっちは黄色いやつばっかじゃねぇか」
「かわいいですよね〜ビカチュウ。映画観たことあります?モフモフに興奮してグッズ爆買いしちゃいました。」
「俺が観ると思うか?こいつらが原因で目が痛ぇ」
リヴァイは診察台と反対側にあるルリのデスクを怪訝そうに眺める。
周りに置かれた無数のビカチュウグッズ。ぬいぐるみから細かな文房具まですべて目が覚めるような黄色の電気鼠だ。おまけにルリの白衣の下は毎日そのキャラクターのシャツ(たまにミ◯オンとスポンジ・◯ブに浮気する)を着るためこの部屋の色彩の半分は黄色が占めていた。
「あはは、すみません。きっかけは製薬会社からもらったシールなんですけど、子供にあげたら凄い喜んでくれてこのキャラクターは子供を笑顔にする!ってピンときたんですよ。色彩心理では黄色は心を元気にする色ですからね、これを見て子どもたちが少しでも元気になったら嬉しいじゃないですか。まぁ今は完全に趣味なんですけどね。」
「…そうか」
「?」
シールから派生してがっつりゲームまでやっている始末なのだが。てっきりいつものように限度があるだろとか、ぬいぐるみは菌の温床になるとか説教されると思ったが、意外にもリヴァイはルリの説明に納得したようだった。
「それよりも何か緊急の用事でしたか?」
外科の先生が来るなんて珍しいのでさっきから少し気になっていた。
「あぁ。これを渡しに来た」
「?」
リヴァイの白衣の内ポケットから差し出されたのはビニールの小袋に入った白い粉。
「未許可の新薬ですか?まっ?!まさか麻や…あだっ!」
「馬鹿、違ぇよ。最新のクレンザーだ、そのシャツのシミに使え」
ルリの顔が青ざめる。リヴァイ先生はできる先生だがその裏で薬をキメてたなんて…と妄想していたら思いっきりデコピンされた。
「え?」
「ぬるま湯に混ぜて使え、そんなシミ一発だ」
「あの…緊急の話ってまさかこれですか?」
「あぁ。なんだその顔は。シミ抜きは早いに越したことはない。十分緊急だろうが」
「は、はぁ。。」
「ぜってぇ使えよ。今度そのシャツ着てきたときにチェックするからな」
「…(細か)」
リヴァイはおでこをさするルリにクレンザーをずいっと手渡すと、若干引いているルリを鋭く一瞥し診察室を出ていった。てっきり緊急と言うので仕事の話かと思ったが、本当に要件はこれだけだったらしい。
「ルリ先生凄いじゃないですか!あのリヴァイ先生をゲットしちゃうなんて!ただのボケモンオタクじゃなかったんですね!!」
「お昼一緒に食べてるから付き合ってるんじゃないかって凄い噂なんですよ?!でもリヴァイ先生を狙ってる人達があんなキモオタ釣り合わないとか凄い剣幕で怒ってて…」
「……(キモオタ…)」
ディスられてるのか褒められてるのかよく分からないが、隣の続き部屋にいたペトラとニファが興奮して出てきた。
「ちゃんと話聞いてた?ただ洗剤渡しに来ただけだよ。」
「わざわざ渡しに来てくれるなんてよっぽど先生とお話したいんじゃないんですか!リヴァイ先生ルリ先生に夢中なんですね〜!」
「あんな大物ゲットするなんて私小児科の看護師として鼻が高いです!!」
「いやいや、、あんな細かい人合わないんだけど」
「「贅沢言わない!!」」
まるでSランクのレアボケをゲットしたかのように盛り上がるペトラとニファ。
あのリヴァイ先生が自分に気があるなんて天と地がひっくり返っても可能性はない。ルリが思うにリヴァイはきっと自分の目に入るものが汚れているのが許せないタイプなのだろう。じゃあ食堂の席移動しろよと思うのだが…
盛り上がる彼女達に何を言っても無駄と諦め、もらったクレンザーを白衣のポケットに入れるとルリは業務をこなすため黄色で埋め尽くされているデスクに向かった。
*
「フンフフ〜ン♪」
夕刻鼻歌を歌いながら愛車のイエローサンダー(ド派手な黄色の折り畳み自転車)に乗り、ルリは病院からの帰路についていた。早めに業務が終わったので帰り道にあるシーナ公園でボケ活ができたのでご機嫌だ。
軽やかに愛車をマンションの自転車置き場に停め、意気揚々とエントランスホールに入っていく。
「お帰りなさいませ。郵便物が届いております。」
「う゛っ…どうも、ありがとう」
エントランスホールで24時間常駐のコンシェルジュから届いた郵便物を貰うと、楽しかった気持ちも一気に失せトボトボと自分の部屋に向かう。
カードキーで部屋に入りハァとため息をついた。
差出人と郵便物のサイズを見れば過去に何度も経験しているため中身が何かは見なくても分かる。
部屋着に着替え、中身を見たくないがとりあえず封を開ける。一応見なければ後からもっと面倒になるので気が重いが仕方がない。
A4サイズより一回りほど大きい高級感のある重厚な台紙を開くと、中には爽やかに笑う男のお見合い写真が入っていた。一緒に入っていた手紙には写真の男の年齢、経歴、趣味等簡単なプロフィールが書かれている。
(………どっかの汚職事件に絡んでそうな政治家みたいだな。。)
普段子供たちの純粋無垢なキラキラした瞳を見ているからか、死んだ魚のような濁った目をしたこの男に全く惹かれない。外見だけをよく見せようとする意図がひしひしと伝わってくる。
〜♪〜
突然スマホの着信が鳴った。相手は差出人である母親からだ。
「……。。」
(…マジで監視カメラか盗聴してんじゃないの?)
絶妙なタイミングにスマホを手に取る顔がひきつる。電話を出ないと何度もかかってくるので観念して通話ボタンを押した。
「もしも〜し。あ、うん今帰ってきたとこ。元気だよ。あ〜見た見た。見たけどなんか違うなぁ〜みたいな?あは。折角だけど上手く断っといてよ。え?出会い?無いことないよ、ちゃんと医者同士の合コン行ったりとか紹介してもらったりしてるよ(←ウソ)ホントホント。ゲームも最近してないし(←大ウソ)じゃあそういう事で……はぁっ?!ちょっ!!何それ、聞いてないんだけど!再来週?!ちょっと待ってよっ!ちょっと!ねぇ!!」
プープープープー
「あんのババアッ!やりやがったな!!」
ソファーにあるビカチュウの顔型クッションに顔を埋め思いっきり悪態をつく。
三十路を目前にして3年も彼氏を作らない自由奔放な一人娘に業を煮やし母親が先手を打ってきた。
(再来週の…日曜日…)
壁にかけてあるボケモンカレンダーにはガッツポーズをしているビカチュウがこちらにエールをおくっている。
ルリは母親が勝手に申し込んだ婚活パーティに参加することとなった。
*
「はぁ〜。。」
(再来週の…日曜日…)
―ルリちゃん、あなたもういい歳なんだからそろそろ本腰入れて動き出さないとまずいわよ。再来週にパラディ国際ホテルである婚活パーティーに申し込んどいたから行ってらっしゃい。こういうのも経験よ、詳細は後で送るから頑張ってね~♡―
産婦人科医の母親の策略により婚活パーティーに行くことになったルリ。ガツガツいく肉食系の母親からよく自分のような人間が産まれてきたと思う。きっと尻に敷かれてしまっている温厚な内科医の父親に自分は似たのだろう。
ルリとて結婚をして素敵な家庭を築きたいと思っている。だが収入もそれなりにあるし今の生活に不満はないためなんとなく異性関係は後回しになっていた。
(でもボケgo一緒にやってくれる人とかいたらもっと楽しいかも。意外にそういう人も居たりして…あ、その前に着てく服無いじゃん。。)
いつも仕事でもプライベートでもスキニーパンツしか履かないためスカートは持っていない。母親からきた詳細には格式高いホテルでドレスコードもあるためそれなりのものを用意しないといけない。
(ファッションとかよくわかんないからなぁ…)
ペトラとニファは三交代のため最近休みが合わない。気さくな外科のハンジ先生なら一緒に行ってくれそうだが、この前漫画のキャラクターで人を喰う巨人のTシャツを着ていた。ウニクロのボケモンTシャツをよく着る自分ときっと同レベルだろう。
「おい、クソでもつまったか」
「そうですね~、とうとう偏食が祟ってきましたかね~、、」
「あほか。熱でもあるんじゃねぇのか?」
悩みすぎて少し食欲が無かったため、カレーではなくコンビニのおにぎりを食べていたらリヴァイ先生に心配された。口は悪いが、この人でも人を心配する事もあるんだなぁとちょっと失礼な事を考えていたら、急にリヴァイの手が伸びてきて…
「うへぇ?!」
「熱はねぇな」
前髪を少し掻き分けておでこに手をあてられた。
身長の割に(←失礼)大きな節のある男性特有の手なのと、机越しに顔を近づけられて眼鏡の下の青灰色の瞳がまるで十代の少年のような綺麗な瞳でびっくりしてしまった。
リヴァイ先生は熱が無いことを確認すると、気が済んだのかいつものように対面の椅子に座った。
「うまくボケモンが捕まらねぇのか」
「そっちは全く問題ないんですけど…リヴァイ先生ってお洋服どこで買ってるんですか?」
「あ?そんなもん適当にそのへんにある店で買う」
「そうなんですか?凄くお洒落でセンス良いって聞きましたよ。」
「普通だ」
リヴァイ先生の私服は随分とお洒落らしい。ペトラとニファの世間話からの情報だが病院に来るときの服がいつもハイブランドでそれを着こなしちゃってるらしい。確かに今つけてる時計もめちゃくちゃ高そうだが先生によく似合っている。
「先生、お願いがあるんですけど…」
「何だよ急に、気持ちわりぃな。言っとくが一緒にボケ活とやらは絶対にやらねぇぞ。」
「今度のお休み一緒にお買い物行きませんか?」
「は?」
「急におでかけ用のちゃんとした服が必要になっちゃって、私そういうの疎いので一緒に買いに行って欲しいんです。駄目ですか?」
「…」
「先生?」
「…いいだろう。」
「良かった〜!じゃあLINE交換しましょ?」
リヴァイ先生はこの急展開に珍しく驚いていたようだがオッケーをくれたので安心した。自分の不得意分野は的確なアドバイスをもらいながら攻略していくほうが絶対に効率がいい。
「じゃぁ今度の土曜日ですね!楽しみにしてますね〜!」
「…あぁ。」
お互いの休みを確認し、その場で日にちを決めた。
リヴァイ先生は少し俯いて前髪で表情が見えなかったが返事をしてくれたので良しとしよう。ルリはおにぎりを食べ終え先に食堂を後にした。
*
あっという間に訪れた約束の日、ルリは自宅のマンションの前でリヴァイを待っていた。
リヴァイからエントランスホールで待つよう言われていたが、ついて来てもらうくせに謙虚さがないなと思い外に出て立つことにした。医者の世界は結構上下関係か厳しいのだ。
リヴァイ先生が来るまでの間、スマホを見ていつものようにボケ活情報の収集に夢中になっていたら、小さくクラクションが鳴った。
いつの間にか目の前に停まっていた黒い車のパワーウィンドウが作動して、サングラスを上にずらし眉間にシワを寄せた先生が顔を出した。
「さっさと気付け」
「す、すみません!」
パタパタと車に駆け寄りハンドルが逆なのでぐるっと回り込んで「お願いしま~す」と挨拶し、急いで助手席に座る。
リヴァイ先生は黒のジャケットにジーンズとシンプルだが噂通りのお洒落で上質な服を纏っていた。今更だがジーパンにウニクロのボケモンコラボTシャツ(これでも一番マシなものを選んだ)で来てしまったことを凄く後悔した。
(リヴァイ先生と横並びになると私ひっどいな…買い物に行く用の服が必要だったな。。)
けしてウニクロが悪いわけではない。
立つ土俵が違うというやつだ。
「リヴァイ先生お洒落ですね〜私ダサすぎて隣に居るのが恥ずかしくなってきました。すみません今日はこんな女が隣で、あはは。。」
リヴァイ先生の女性遍歴は興味がなくても目撃情報や噂が絶えず飛び交っているので耳に入ってくる。きっと数々の美女達をこのピカピカの高級車に乗せてきたんだと思うと今日行動を共にする事が申し訳なくなった。
「あ?別に…お前らしくて悪くねぇと、俺は思う」
「え?そうですか?良かった~これ結構気に入ってるんですよ!」
「ならいいじゃねぇか」
自虐風に言ったら先生は車を運転しながらフォローしてくれたのでちょっとホッとした。リヴァイ先生は人を滅多に否定しない。こういうところがあるからモテるのかもしれない。
*
「どっへえぇぇぇーー!!??」
「なんつう声出すんだよ。いくぞ」
連れてきてくれたお店は超ハイブランドのお店だった。ブランドに興味が無くても一度は聞いたことがある。緊張して固まっていたらガラス張りのドアをドアマンが開けてくれた。
(全っ然適当なお店じゃないじゃん!!)
てっきりどっかのショッピングモールにでも行くのかと思ったら、ここは海外の高級ブランド店が建ち並ぶエリア。とんでもないところに連れてこられてしまった。床がフカフカな分厚い絨毯でいつもボケ活で酷使する膝にとっても優しい。
落ち着きなくキョロキョロ周りを見ていたら、店員と話しながらレディースものを見ていたリヴァイ先生が戻ってきた。
「とりあえずこれとこれを着てこい」
「は、はい!」
にこやかな女性店員に連れられてここに住めるんじゃないの?っていうぐらい無駄に広いフィッティングルームに入る。
「着ました~」
「開けろ」
シャッ
「もう一つのやつ着ろ」
「はい。。」
似合ってなかったらしく即座に着替えを命じられた。容赦ない。
「もう一つのやつ着ましたよ~」
「あぁ」
シャッ
「まぁ!とってもお似合いですよ~!!」
「決まりだな」
女性店員とリヴァイ先生のとっても判りやすい態度で、カッティングの綺麗なシンプルなノースリーブワンピースに決まった。
「あとは靴だ」
「はやっ!」
リヴァイ先生が言ったらすぐさま店員さんが数足持ってきてくれた。店員さんもリヴァイ先生の高速ショッピングに慣れている。
「チッ…俺よりデカくなりやがって」
「だってこんな高いヒール履いたらそりゃぁ…なんでもないです。。」
リヴァイ先生の眼光が鋭く光ったのでそれ以上喋るのを辞めた。
7センチ以上あるヒールを履けばもともと先生とそれ程背もかわらないため追い越してしまうのは仕方ない。
「お客様おみ脚が細くて羨ましいですわ〜」
「あ~ウォーキングが趣味なので。」
「そこはボケgoとは言わねぇんだな。脚は痛くねぇか?」
「あ、はい。大丈夫です。」
少し歩いてみたあと、大きな鏡の前にあるフカフカのスツールに座る。すると冷静にツッコミを入れたリヴァイ先生が前にきておもむろに跪いた。
「っ?!」
(何これ?!なんか恥ずかしいんですけど!)
リヴァイはルリの華奢な脚のふくらはぎと足首を両手で優しく持つと「悪くねぇな」とサイズ感を見てくれている。こんな男性にひざまずかれて脚を持たれたことなどないため、一気に鼓動が早くなる。
「何だ?」
「なななっ、何でもないですっ!!(惚れてまうやろーーーー!!!)」
上目遣いで少し挑発的に見つめてくるリヴァイ先生から思いっきり火照った顔を逸らすと、ルリは心の中で盛大に叫んだ。
「いいな」
リヴァイは満足そうにもう一度ルリの脚をみると立ち上がり店員に何やら話し、自分の財布からカードを出し手渡そうとした。
「ちょいちょいちょい!リヴァイ先生何やってんですか!?」
「あ?買うと決まったんだろ?」
「いやいやそこじゃなくて!何で先生が出そうとしてんですかって話ですよ!私の買い物ですよ?!」
ルリは「急に小ボケかまさないで下さいよ!」と言いながら急いで店員とリヴァイの間に割って入り、「一括で」とリヴァイと違うブランドのブラックカードを提示した。
そんな事言ながらボケモン女のくせにハイスペックイケメンに金出させるんでしょという空気だったが、ルリが自分名義のブラックカードを出したとたんにあからさまに店員達(特に女性)の態度が一変し満面の笑みで対応してくれた。
「「「ありがとうございました~!!!」」」
無事に買い物を終え、数名の店員に見送られ店を後にする。
「リヴァイ先生ありがとうございました〜!先生が居なかったら途方に暮れてましたよ!あと、もう小ボケは要らないですからね!ちょっと面白かったですけど!」
ハイブランドの店が立ち並ぶ並木道をリヴァイと目的を達成したにこやかなルリは並んで歩く。
リヴァイ先生は店を出るとき何も言わずショップ袋を持ってくれてそれを肩にかけ車道側を歩いている。
ルリの近くを自転車が通った時は「危ねぇぞ」と腕を引いてくれるし、先程の靴選びといいこんなに自分を女性扱いする人だと思わなかったのでびっくりしてしまった。
チラリと先生の横顔を見ると今日はメガネをかけてなくて(以前食堂でメガネはブルーライトカット用と言っていたので元々視力は良いんだと思う)運転する時にかけていたサングラスを無造作にVネックのシャツにかけている。鼻筋も通っているし、切れ長な綺麗な目で今まで気づかなかったが端正な顔立ちをしていると思う。
エルヴィン先生と大学在学期間が被ってるらしいので自分よりおそらく5歳は年上なのだろうが、同い年ぐらいににしか見えない。
(そりゃモテるわ…)
見た目も良くて仕事ができてこの気遣い。ちょっと口は悪いし細かいがそんな事気にならない。
(数え切れないぐらいの女の人にも同じ事してんだろうな〜)
こなれた感じといい場数踏んでる感がすごい。自分以外の女性に靴を選んであげているリヴァイ先生を想像して、さっきまであんなに楽しかったのに急に気分が落ち込んだ。
(あれ?どうしてヘコんでるんだろ私?)
「つまらねぇか」
「え?」
気づけばリヴァイ先生がこちらを見ていた。
「ま、まさかつまらないなんて!そんなことないですよ〜」
「疲れてねぇか」
「いえ、普段のほうが(ボケ活で)よく歩くので全然平気です!」
「…そうか」
(しまった!今リヴァイ先生気遣ってくれたのに甘えたほうが良かったかな?)
父親以外の男性と二人きりで出掛けることなんて数年ぶりのため今自分がどんな振る舞いをすればよいか分からない。おそらく自分は想像以上にこじらせているのだろう。こじらせ女子と言うやつだ。
ルリが内心焦りだしていると、通り沿いに行列が出来ている店を発見した。
「すごい行列ですね。」
「アメリカから初上陸したスイーツらしいぞ」
「へぇ〜(ちょっと食べたいかも…)」
店の出入り口にある立て看板の説明を見てリヴァイが答える。
最近オープンしたばかりのようで、テラス席まで満席だ。その殆どが若い女性客で男性客は数えるぐらいしか居なかった。
「食べるか?」
「え?!あ…でも結構並ばないといけないですし、女性客ばっかりでリヴァイ先生気まずくないですか?」
「俺は別に構わない」
(どうしよう…食べたいけど、先生ホントは嫌なんじゃ…これは素直に受け取っていいやつなのか?)
「………」
「オイ、そんなに深く考えるなよ。クソが詰まったみてぇな顔しやがって」
「す、すみません…リヴァイ先生今日はやけに優しいんで本心がよくわからないといいますか…」
「お前は気持ちわりぃぐらいにわかり易いな。さっきからレアボケ見つけたとき位に目が泳いでるぞ。」
「え!うそ!私そんなにわかり易いです?」
「あぁ。ったく、変に気遣うなよ。俺も茶でも飲みてぇと思ったとこだ」
「そうだったんですか!実は私も立て看板見た時から胃液の分泌がえらいことに…あはは…じゃぁ並びましょうか!」
「あぁ」
リヴァイ先生と同じ気持ちだったことにほっとして、30分ほど並んだ所でお店に入ることができた。先生とずっと話していたせいか待ち時間はあっという間だった。
店の中央あたりの二人席に案内され、ルリは少し悩んでから看板メニューのスイーツに季節のフルーツのトッピングとミルクティー。リヴァイはストレートの紅茶を頼む。
「リヴァイ先生スイーツはよかったんですか?」
「あぁ、俺は紅茶が飲みたかっただけだ」
「そうなんですか(甘いもの苦手なのかな?)」
「お前は甘いもの好きなのか?」
「好きですよ。甘いもの食べると幸せな気分になれますからね!楽しみですね~うふふ。」
「そうか」
ルリがリヴァイに向かってにっこり微笑むといつも無表情のリヴァイの口角が少し上がったように見えた。
*
「ん〜おいし〜!」
「よかったな」
ウエイトレスが持ってきてくれた看板メニューのスキレット。それはクッキー生地を焼いたパンケーキのようなものにアイスと生クリーム、そして旬のスイーツがふんだんにトッピングされた新感覚スイーツだった。
「あの、リヴァイ先生も食べませんか?なんだか私ばっかり食べて申し訳なくて…甘いもの苦手とかそういう事でしたら別にいいんですが…」
さっきから自分ばかりで食べて楽しんでいてリヴァイ先生はつまらなくなっていないか気になった。
「あぁ、せっかくだから貰おうか」
「はい!取り分けますからちょっと待っててくださいね〜!」
「いい。そのままよこせ」
「え?」
シェアできるようにとウエイトレスが持ってきていた取皿にリヴァイ先生の分を取り分けようとしていたらリラックスして脚を組み、椅子に頬杖をつく先生に止められた。
「周りもやってるだろ」
「周り?」
ルリが周りを見るとカップルとおぼしき男女が目に入る。女がくねくねしながらニヤニヤした男に切り分けたスイーツを口に運んでいた。
「っ!?」
(「はい、アーン♡」ってやつ?!えっ?マジで?!)
「えっ、リヴァイ先生あれ見て言ってます?!」
「あぁ」
「あれはっ、…おおお付き合いしてる男女がする神聖なる儀式なのでっ!わっ、私たちは付き合ってませんからっ、あんなことはっ…」
「はっ!」
「え、」
リヴァイ先生が口に手をあてて肩を震わせながら笑っている。
「…何だよ神聖なる儀式って」
「あ」
(からかいやがったなっ!このクソ野郎!!)
意外にもイタズラとかしちゃうリヴァイ先生にかわいいところもあるなとトキメいてしまったが、からかわれた屈辱の方が大きかったので報復に酸味しかないベリーソースだけ取り分けてやった。
リヴァイ先生は「オイオイこりゃねぇだろ」と困惑していたが、そんな事知らない。こじらせ女子をからかった罪は重い。
*
「美味しかったですね!」
「あぁ、紅茶と酸味の効いたベリーソースの組み合わせは悪くなかったな」
「あははっ!」
ルリの報復に怒る訳でもなく、いつも通りに食事を済ませたリヴァイにおかしくて笑ってしまった。
ただ一ついつもと違うのは、リヴァイ先生の表情が病院で見る神経質そうな感じではなく少し柔和に感じるところ。自分と同じように先生も今この時を楽しいと感じてくれていると思ったらと何だかとても嬉しかった。
「一つ聞いていいか」
「はい、なんですか?」
午後の暖かい陽射しを浴びて並木道を二人く。
「今日買った服はどこに着ていくんだ?」
「これですか?」
リヴァイ先生との会話が楽しくてさっき買ったばかりだったワンピースの存在をすっかり忘れていた。そうだ、自分は来週これを着て婚活に行くんだった。
「えっ〜とですね…改めて言うのもなんだか恥ずかしいんですけど…実は来週婚活パーティーに着ていくんです。親が勝手に申し込んだやつで、乗り気じゃ無かったんですけど、今日リヴァイ先生とお出かけしてみたら男の人とこうやってお話するのもいいな〜なんて思い始めて。ボケgoとはまた違う楽しさといいますか…なのでほんとに今日はありがとうございました。私もリヴァイ先生みたいな素敵な人頑張ってゲットしてきますね!なんつって!ってあれ?リヴァイ先生?」
冗談めかして婚活に前向きにさせてくれたリヴァイ先生にお礼を言っていたら隣に歩いていた先生がいつの間にか居なくなっていた。
振り返ると、数メートル後ろでリヴァイ先生は立ち止まってしまっていた。
「先生、どうかされまし…」
「お前…結婚願望あったのか」
「はい。一応。将来的には素敵な家庭を築きたいなと思ってましたけど…」
「………」
先生は心底驚いたようで絶句してしまっていた。
「リヴァイ先生?」
「…婚活なんて辞めておけ」
「え?」
「婚活パーティーなんぞ来るのはよく喋る豚野郎ばっかりだぞ」
「うーん、でも実際に行ってみないとわかりませんよ?ボケモン好きな人とか居るかもしれませんし…」
「居る訳ねぇだろそんな奴」
「え」
驚いた。リヴァイ先生から説教はよくされるけど、否定をされたのは初めてだった。
「ど、どうして言いきれるんですか?元彼だってボケgo一緒にやってくれましたよ?」
「あ?元ってことは結果的に別れてんだろうが」
「………」
「そんなもん行くな。もっと周りをよく見てみ…おいっ?!」
気付けば頬にはらはらと涙が伝っていた。
正直なところ婚活パーティーなんて初めてで不安だらけだった。口は悪いがなんだかんだ優しいリヴァイ先生ならきっと頑張って来いと背中を押してくれるとどこかで期待していた。
「っオイ!ちょっと待て!急に、どうしたっ」
リヴァイ先生が切れ長な瞳をこれでもかと見開いて狼狽えている。常に冷静沈着な先生のこんな姿初めて見た。女の涙というものは例外なくリヴァイ先生にも効いてしまうらしい。
先生に見られないように横を向いてすぐに涙を手で拭った。
「…何でもないです。」
「何でもねぇ奴が泣く訳ねぇだろ」
「泣いてないです。」
「泣いてんだろうが」
「泣いてないです!」
「てめぇはガキか!」
勝手に期待して、傷ついて、泣いた。
こんなに恥ずかしいことはない。それに女の武器とかいうやつを使ってしまった自分が情けなかった。
(悔しい…)
沸々と湧いてくる怒りのような燃え立つ感情。忘れていた。この感情はよく知っているし、時に自分にものすごいパワーを与えてくれる。
「…リヴァイ先生、今に見ていて下さい。私、婚活パーティーでいい人絶っっっ対にゲットしてきますから!世の中に絶対なんてないんですからね!」
ルリの闘争心に完全に火がついた。
出来ないと言われれば出来るまでやる。
そんな奴居ないと言われれば絶対見つけてみせる。
ルリは強靭なメンタルの持ち主だった。
この凄まじいバイタリティのお陰で代々続く医者家系の一人娘としてのプレッシャーを見事はね除け国立の超難関の医学部もストレートで合格した。それに女医というものは気が強くなければやっていけない。
「リヴァイ先生、大切な事に気づかせてくれてありがとうございました。確かに今のままでは駄目かもしれません。ですが私っ!婚活で絶対結果残してきますからっ!!」
「オイ、ちょっと待て、どうしてそうなる…俺が言いたかった事は…」
「荷物持っていただいてありがとうございました。私この後エステサロン行ってくるのでここで解散でいいですか?」
「はぁ?」
いつもポーカーフェイスのリヴァイ先生の顔が狼狽えた次は引きつっている。意外に彼の喜怒哀楽はハッキリしているのかもしれない。
ルリはスマホの現在地から近くにある高級サロンにウェブ予約すると「今日はありがとうございました〜!」とその場に困惑するリヴァイを残し颯爽と来た道を戻っていった。