Breakfast in bed
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体温で程よく温まったシーツが肩から下の身体を繭のように包んでいる。それがとっても気持ちが良くて、中々瞼が開けられない。
ふわりふわりと天秤に乗った意識が揺れて、何度目かの揺れでルリはゆっくりと瞼を開いた。
右の顔半分は清潔なピローに埋まってしまっていて左目だけの視界がぼんやりと広がる。
南向きの格子窓。
一脚だけのイス。
掃除の行き届いた見覚えのある清潔な部屋。
リヴァイ兵長の部屋だ。
(…そっか、私昨日の夜に部屋にお邪魔して喋っていたらそのまま…)
昨夜の事を思い出し、熱を帯びてしまった顔全体をピローに埋めて暫く身悶えていたが、いつまでもこんな事していられないのでゆっくりと上体を起こす。
視野が高くなり部屋全体が見渡せるようになって、そこではじめて部屋の主が居ない事に気がついた。
「兵長…?」
思いの外掠れた自分の声は、春めいた陽射しをうけて温まった室内の空気に溶けて消えていった。シーツを素肌に巻きつけたまま、じぃっと見つめる扉は閉まったまま微動だにしない。
兵長は何処に行ってしまったのだろう?
いつもならルリが起きるまで眼の前にある椅子に腰掛けて本を読んでいたり、背中に熱い体温と鼓動を感じながら目を覚ますのだが…
シンと静まり返った部屋。
コチコチとなる卓上の時計の秒針が急にルリを不安にさせる。独りぼっちで時を刻むなんて、なんだかとっても心細い…とうとう居ても立っても居られなくなって着替えて兵長を探しに行こうと足を床に下ろしたその時だった。
「なんだ、起きてたのか」
「きゃあっ!?」
ふいに扉が開き何事も無かったかのようにリヴァイが部屋に戻ってきた。
「へ、兵長、何処に行かれてたんですか?」
「食堂に行っていた」
「食堂?」
兵長が朝から食堂なんて珍しい。
食事にルーズな彼は、食堂に姿を出さない時だってよくあるのに。そんなときはルリが部屋まで呼びに行ったりするのだが…
いまいち彼と食堂の組み合わせにしっくりこないが、扉を開けて入ってきたリヴァイの片手にはポットが乗った大きめのトレイが用意されていた。リヴァイはそれを水平に保ちながら後ろ手で扉を閉める。
「兵長、それは一体…?わぁっ!」
ルリがトレイについて尋ねようとしたところ、言い終わる前にリヴァイがこちらに歩いてきてベッドの上でシーツに包まるルリの前にそれを置いた。
それは豪華な朝食。
バターを染み込ませてこんがり焼いたライ麦パンの上に見たこともないような厚切りのベーコンと半熟玉子。瑞々しいベビーリーフにトマトやラディッシュなどが入ったオリーブの実のサラダ。デザートにガラスの器に入った苺とポットにセットした兵長特製の紅茶まである。
「すごい。これどうされたんですか?」
「俺が作った」
「えぇっ?!」
驚きのあまり兵長の顔と料理を何度も見比べる。
趣味で料理をするというエルドから指南を受けて初めて作ったそうだが、このブラックペッパーをふりかけられた絶妙な半熟玉子なんか作ろうと思っても中々作れない。
知らなかった、兵長にこんな料理のセンスがあっただなんて…
「好きじゃなかったか、こういうの」
「いえっ、まさかっ!こんな豪華で美味しそうな料理兵長が作って下さったなんて感激です!」
「今日ぐらいは、お前とゆっくりしたくてな」
ベッドの真ん中に置いた長方形のトレイを二人ではさみ、半分あぐらをかくように腰掛けたリヴァイは「食堂だと中々できねぇからな」と頃合いになった紅茶をカップに注いでいる。カップはちゃんと二人分だ。
兵長の言う今日ぐらいという言葉を聞いて自分の事なのにすっかり忘れていたのを思い出す。
そうか、今日は私の…
「ルリ、誕生日おめでとう。お前が俺の隣でまた一つ歳を重ねてくれた事を嬉しく思う」
紅茶をカップに注ぎ終えた兵長がルリの顔を見て言ってくれた言葉。
コチコチと進んでいた時計はこの一瞬を切り取ったかのように静かだった。
「本当は日付けが変わった時に言おうかと思ったんだが…お前、昨日の夜先に寝ちまっただろ。おい…別に責めてる訳じゃねぇぞ」
「わかってます…」
身体を覆っていたシーツを顔まで引っ張り上げて顔を隠す。シーツの中でハラハラと素肌の腿に冬の終わりを告げる春の雨が降った。そのとき見えた心臓の位置の所有印。その花は他にも何箇所もあって、明るいシーツの中でただただ今日という日を美しく咲き誇っている。
「…ありがとうございます。私もあなたの隣で今日を迎えれた事が、この上なく幸せです。」
涙を拭いてシーツから顔を出し、ありったけの笑顔をリヴァイに贈る。生まれてきた歓びを教えてくれた人へ。叫ぶぐらいに伝えたい。
リヴァイは目を細めてルリの丸い額にキスで応え、少し寝癖がついてしまっていた後ろの髪を彼女が気づかないところで整えた。
「食べるか。冷めちまう」
「はい!」
リヴァイがナイフとフォークを手にとって、半熟タマゴの真ん中に容赦なくナイフを突き立てる。切れたところからプツリと溢れだした照った黄身が、この日の為にわざわざリーブス商会から仕入れてくれたという分厚いベーコンの上をゆっくりと伝っていく。
(うわぁ…)
鼻腔を擽る肉の脂の匂い。
瞳に映る完璧なフォルム。
その究極の瞬間を、本当はリアクションを大にして叫んでしまいたかったが、食い意地の張った女なんて思われたくなくてぐっと喉の奥で堪える。もう口の中は待ちきれないと唾液が奥歯の向こう側からとめどなく溢れている。こんなの絶対に美味しいに決まってる!
兵長が食べやすいように一口サイズに切ってくれて、フォークに刺すとそれをルリの口の前まで持ってきた。
「口開けろ」
「え、あ…」
「今日ぐらい甘えろよ」
兵長も自分のしている事が恥ずかしいのか、目つきは鋭いままだし、いつもよりキュッと口元が引き締まっている気がする。
そんな滅多に見れない表情の彼が食べさせてくれるという贅沢、眼の前に差し出された普段お目にかかれないご馳走、誰が逃すものか。
「い、いただきますっ!」
ルリは口を大きく開けて、パクりと一口で口の中に入れた。
衝、撃。
パンのサクサク感、肉の脂の旨味、とろけた卵の濃厚さ…それらが絶妙なコンビネーションを生み出し口の中が歓喜している。
こんな美味しい料理食べたことがない!
細胞の一つ一つに力が漲ってくるような、
白黒の世界が彩るような、突き抜ける喜び。
生きててよかった!!!
「どうだ?」
リヴァイははじめて作った料理の味が気になるのか、モグモグと一心不乱に咀嚼するルリをじっと見つめている。
「…、…ん、」
「無理に喋らなくていい」
リヴァイは林檎のように紅潮したほっぺが落ちないように両手で支えているルリの心を見透かしてうっすらと笑った。
「お、おいしい〜〜〜」
「そりゃよかった」
リヴァイは満足そうに一口サイズに切った料理をまたルリの口に運ぶ。まるで親鳥と雛鳥のように何度も何度も。
「ん、次は私がやります。」
「あ?すべてお前の分だ」
「もうお腹もいっぱいになってきましたし、今日ぐらい私のお願い聞いてください」
半分程食べたところで、ルリはイタズラそうに微笑みながらリヴァイの手からフォークとナイフを取ると、リヴァイがしたようにサクサクとパンと肉を切っていく。こんな美味しいものを一人で平らげてしまうなんて勿体ない。この何物にも代えられない幸福感を、大好きな人と共有したい。
仕上げにサラダもサクサクと刺してかけてあったオリーブオイルをよく絡ませる。
「兵長、あ~んして下さい。」
「馬鹿、野郎、、」
「兵長、今日は何の日ですか?」
「…ったく、、」
ここぞとばかりに特権を駆使して、非常に分かりにくく照れている人類最強の男の口を開けさせる。思いの外小さな口に、ちょっとこんもり盛りすぎた料理を手を添えながら落とさないように慎重に運ぶ。
「ご自分で作られた料理のお味はいかがですか?」
聞くのと同時にリヴァイの三白眼が面白いくらいに強調された。モグモグシャクシャクと気持ち早めな咀嚼。きっと彼の口の中も、ルリと同じようにファーストインパクトが起こっているに違いない。
「…いいもん使うと…こんな違うんだな」
「兵長の料理の腕がいいんですよ!」
ルリは食に無頓着なリヴァイが初めて食べ物に興味を示したことが嬉しくてもう一切れ差し出す。リヴァイはそれを食べながら、ヘタを取った苺をルリの口に運ぶ。
二人で交互に食べさせあって、香り高い紅茶を時々飲んで。心も体も満たされて。
「兵長、この苺も食べてください!とっても甘くて美味し、い…」
「お前の言うとおり…甘いな」
「…はい」
不意にトレイの上で二人の唇は重なって、恋人達の特別な朝ご飯に甘酸っぱいアクセントが加わった。
美味しさを噛み締めて、幸せを噛み締めて
二人のお腹は心地よく満ちていく。
このきらめく一瞬を、ナイフで優しく切り取るように。
二人は与えあい噛み締めあい特別な幸せを糧にして今日も生きている。