イノセント・フラッグ
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「……きっと、今日だ」
布団から起き上がって、カーテンから差し込む陽の光を眺めながらぼそりと呟く。巡り巡って迎えた秋の季節。葉が黄色へと色づき、肌寒くなってきた今日この日。そして、入試まであと3ヶ月。昨日までは何時も通り朝のレッスンを受けていたから、きっと今日。何がって?そんなの決まってる。
「……いずっくんの、オーバーワーク…」
うわぁあ…間近で見るのか…。布団から出て、顔を洗ってトレーニングウェアに着替えながら考える事はその事ばかりで。ふと鏡に写った自分を見れば、眉間に皺を寄せていて。
「……泣かない様に気を付けなきゃ」
パンパンッと気合いを入れる為に頬を叩く。こういう時、自分に向けて言う言葉は決まってアレだ。
「大丈夫。…きっと、大丈夫だよ」
前世で好きだった、魔術師が作ったカードを集める物語の魔法少女が、何時も困難に立ち向かう時に発していた台詞。この言葉を聞くと、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。流石は魔法の呪文と称されていただけはある。
「……よし!」
グッと拳を強く握って、スニーカーを履く為に玄関へと向かう。
「……」
「ハァ…ッ!ハァ……ッ!!」
荒い呼吸音を立てながら、フラフラした足取りでセグウェイに乗り前を走行するオールマイトを追いかけるいずっくんを半歩後ろで並走しながら眺める。今の所は頑張ってついていっているけれど、もうそろそろ…と、思ったその瞬間。
「!!」
ズサッと音を立てて落ち葉の溜まる地面へとこんにちはをしたいずっくんに肩を揺らす。声をかけるかどうか悩んでいれば、オールマイトが私たちの異変に気づいて進むのを止めた。ヘイヘイどうした!?あと3ヶ月だぞー!!とオールマイトが血反吐を吐きながらいずっくんを鼓舞するも、落ち着かない呼吸を不審に思ったのだろう。セグウェイから降りたオールマイトは静かな声で、君、プラン守ってないだろ。と語りかける。
「やりすぎは逆効果だぞ!!合格したくないのか!?」
「……!!!」
そう言われても何も反論しないいずっくんに、オールマイトは小さく息を吐いた。その直後。したいですよ…。と震える声で、強い意思で、いずっくんが言葉を発した。
「でも入るだけじゃダメなんだ…!!他の人より何倍も頑張らないとダメなんだ!」
きっと追いつけない……!!体に少しも力が入らないのだろういずっくんは、それでも頑張って震える腕に力を振り絞って起き上がろうと顔をあげた。
「僕は貴方みたいになりたいんだ…!貴方みたいなヒーローに」
「!!」
その言葉に思わずブワッと鳥肌が立った。いずっくんの信念というか、何というか。うまい言葉が出てこないけれど、いずっくんなりに考えて出された答えは茨の道で。分かってた。知っていた。けれどやっぱり、こうも目の前で織り成す現実に思わず視界が歪んだ。
「この………っ!!!行動派オタクめ!!」
嫌いじゃないよ!!?思わずマッスルフォームになったオールマイトは涙でグシャグシャないずっくんの服を掴んで立ち上がらせる。そして、テンションの高いオールマイトはちょっとプランを調整する!とポケットから取り出した紙とペンにトレーニングメニューを書き出し始めた。
「……」
「うぇ…」
その間私たちはと言うと、待ちぼうけで。チラリ、と隣を見ればベンチに横たわるいずっくん。まだ調子が戻らないのか浅い呼吸のまま小さく唸っていて。
「……ねえ、」
いずっくん。と静かに声をかける。私の声に反応したいずっくんは少しだけ肩を揺らして同じ様に結希ちゃん、どうしたの…?と静かに答えてくれた。ここまででお分かりいただけると思うけど、トレーニングを一緒に始めて早半年。やっと…やっと下の名前で呼んで貰えるようになったのだ!ここまでの道のりは長かったけれど、出だしの自己紹介で下の名前を強調しておいて良かった…!!何て、話が脱線してしまった。我に返っていずっくんを見れば、虚ろな目で不思議そうに私を見ているのに慌ててコホンッと1つ咳をした。
「…私ね、最近になって個性が発現したんだ」
「え…」
先程まで辛そうにしていたいずっくんが目を丸くして顔を私に向ける。その視線にニコリと笑い、今まで無個性だったの。と言えば絶句した様な、悲しそうな表情を向けられて。
「そんな顔しないで!今は個性持ってるし、個性がなくても楽しかったし!」
グッと力こぶを作ってニッ!と笑う。そしてすぐに、少し遠くへ視線を向ける。
「発現した時は何が何だか良く分からなくて、力を抑え込みたいのにどんどん暴走していくし。もうだめかもって思ったそんな時に、ヒーローに助けて貰ったんだ」
色付く木々に目を向けて、その近くにいるオールマイトへ視線を落とす。ゴホッと一回咳き込んだかと思えばまた直ぐに紙とにらめっこを始めるオールマイトを見て、小さく笑う。
「ヒーローは凄いね、格好良いね。手を差し伸べ、名前も知らない誰かを助ける。…私ね、ヒーローになりたかった訳じゃないの。個性もなかったし。普通に生きて、将来何処かの会社に就職して、誰かと結婚して。そう言う、当たり前で在り来たりな日々を過ごしていくって思ってた。けれどあの日、ヒーローに救われて、私の人生が変わったの」
スッと目を瞑る。脳裏に浮かぶのはあの日相澤先生とリカバリーガールの事。素性もわからないのに助けて!の言葉1つで助けてくれた相澤先生と起きない私を看病してくれていたリカバリーガール。あの二人がいなければ今私はここにいない。
「結希ちゃん、」
私を呼ぶ声にゆっくりと目を開け、声の主、いずっくんを見る。そのままいずっくんに近づき、そっと手を両手で覆う。
「!!?結希ちゃん……??」
「…一緒に、ヒーローになろうね」
ぽつりと呟いた言葉はいずっくんに届いていないかもしれない。それでも溢れた言葉をそのままに、あたふたと動揺をしているいずっくんには悪いけれど、両手で覆った手に少しだけ力を込めて握る。その時に小さく、゛サーノー゛と呟く。その瞬間、パァアア…!と手元が光輝き、その輝きがゆっくりといずっくんを覆う。
「え、結希、ちゃん……??」
「……」
ごめんねいずっくん。お話ししたいんだけど、この力はあまり使う事がないから意識を集中しなくちゃ上手くいかないんだ。折角名前を呼んでくれてるのに、無視してごめんね。
そんな気持ちを込めて、先程よりもぎゅっと手を握る。ゆっくりと、静かなペースでいずっくんの全身を覆っていった輝きが巡り巡って私の元へと戻っていく。そうして輝きが消えれば、繋いでいた手をそっと離す。
「…ごめんねいずっくん。この力、あまり使った事がないから反応できなくて…」
「あ、いやっ!全然!大丈夫で!」
「それより、体はどう?」
「ヘァッ???」
顔を真っ赤にしてわたわたと焦っていたいずっくんは私の言葉を聞いてパタリ、と動きを止めてそう言えば…。と呟いた。
「体が、軽い、様な…?」
「本当!?良かったー!ちゃんと出来た!」
「治癒能力かい?」
ベンチから起き上がったいずっくんが腕を回す。その姿にやったー!と喜んでいれば後ろからオールマイトに声をかけられた。
「そうです!」
「結希ちゃん治癒もできるの?」
「うん!だけどいずっくんの場合はどうかなって思ってて…でも、ちゃんと治せた様で良かった!」
ニッコリと笑えばまたも顔を真っ赤にしたいずっくん。そんな光景を見ていたオールマイトが首を傾げた。
「…しかし、治癒個性持ちは稀少な存在だ。それだけで敵に狙われるからね。…それから、治癒にはそれなりに対価が必要だと聞いた事がある。有名な所でリカバリーガールだ。彼女の個性は負傷者の体力を使用して傷を治すと言われている。澄音少女、君の治癒能力には対価はないのかい?」
そう言って私の顔を心配そうに覗き込むオールマイトにフワリと笑う。
「対価、といって良いのかわかりませんが、治癒を発動した後はとても眠いですね」
「成程…君の治癒能力は君自身の体力を使うみたいだね。今回はただの疲労、そこまで体力が減らなかったのだろう」
だからと言って、油断は禁物だよ。とビシッと指を差されて大きく頷く。その横でいずっくんがありがとう。と笑ったのに一緒になって笑う。
「…さ!気を取り直して!プランを調整してみたからトレーニングを再開するよ!」
「は、はい!」
「はい!」
ピラッと先程までメニューを書いていた紙をいずっくんに渡したオールマイトは再度セグウェイに乗り前を進む。その後ろをいずっくんが決意改めた表情で追いかける。その二人の背中を見て、それから一歩踏み出そうとしてふらつく。
「くっ……!辛……!」
いずっくんの負っていた疲労など痛覚が、今私の中を巡っている。私の個性の1つ、゛サーノー゛。リカバリーガールの個性とは違い、負傷者の体力を消耗しない為負傷者には一切の代償を負わない。それはつまり、全てを私が請け負うという事で。請け負う、と言ってもベースとしは私の体力を使っているから可愛いものだと思うのだけれど。それだけで終われば良かったものの、簡単にはいかなくて。私の体力を渡す代わりに、私は負傷者の傷の゛痛覚゛を受けとるのだ。骨折した人を治癒すればその人の骨折した部分の痛覚を請け負う。対象者が多ければ多い程、発動後のこちらへの反動が大きい、諸刃の剣。
きっと、この事を言えば二人は私の事を心配して使うのを止めさせようとする。でもこれを今止めさせられるのは御免だ。この先に控えているあの現実を、変える為に。
「くぅ……っ!頑張れ、私ッ…!!」
だから絶対、二人にバレてはいけない。この力が、絶対、私には必要だから。
09
(お願い)
(私の体、もう少しだけもって…!)
20190925