サニーデイ・ソング
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「貴方はもう、赤の他人よ!」
あの大会の日から、私は跳べなくなった。体調が悪い訳ではなく、至って元気で健康なのに。そしていつも通りに振る舞うと周りから空回ってるだとか色々と心配されてしまい、終いには顧問から直々に少しの間部活を休め。とお達しをいただいてしまった。
さて、じゃあ何をしようか。部活に来るなと言われてしまうとこれと言って何もやる事が思い付かず、取り敢えず着替えてしまったジャージを脱ごうと部室に足を向けた所で近くの木々から聞こえてきた声に修羅場だぁ。と阿呆な声が溢れた。
「あれ、あの子確か」
新聞部の…。パタパタと足音を立てて木々の間から現れたのは新聞部の音無さんで。何々ー?と興味本意で顔を木々の方へ向けようとそちらを向いたら突然現れた彼と目があってしまった。
「……」
「……えーっと、確か、鬼道くん、だっけ?」
取り敢えずそっちの道はやめよう?木々の間から現れた鬼道くんはまさか人がいると思っていなかったのか一瞬固まったが、何もなかったかの様に歩き出すものだから思わず足を止めさせる。
「俺に構うな」
「あ、うんそうなんだけどね。そっちの道、陸上部がいるから見つかるよ?」
君きっと、内緒で入ってきたでしょ?そう伝えれば考えるそぶり一つ。その背中に良ければ道案内するよ!と声を掛けた。
「何を言っているんだ?」
「え、普通にそのままの意味だけど?」
「何故?」
「何故といわれても…」
単なる暇潰し?何て疑問に疑問を重ねれば何を思ったのか鬼道くんはフフッと小さく笑った。
「可笑しな奴だな」
「そうかな?……それじゃあこっちきて」
人と会わない道を選んで裏口へ向かう。この間の練習試合見たよ。帝国って本当に強いんだね!必殺技って憧れるよね。何て道中話しかければその言葉一つ一つに丁寧に言葉を返してくれる鬼道くんに心の中で滅茶苦茶優しい人だ…!と呟きあの日見た印象が塗り替えられた。
「部活は良いのか」
今まで聞き手側だった鬼道くんからの突然の質問に、あー…。と曖昧な言葉が口から漏れた。
「部活ね、来るなって、さっき言われた」
あはは。と笑って深刻にならない様に返事をすれば流石は運動部でありサッカー部のキャプテン様。お前は他人に弱さを見せなそうだからな。と言われてしまった。
「……出会って数十分なのに」
「人の変化には気を付けてるんだ」
「流石はキャプテン様!」
「茶化すな」
「はい」
そこから少しの間沈黙が続く。これはきっと、同じ学校じゃない、他校の人間で出会ったばかりの俺になら言えるだろうという空気だろうか。ちらりと鬼道くんを見れば言葉を促されたのでそう捉えて間違いではなさそうだ。本当に優しい人だな鬼道くんは。
「…眩しさに目を細めてたら、いつの間にか跳び方を忘れちゃったみたい」
地に落ちた鳥じゃないのにね。滑稽な話だよね。振り向いて笑ってみたけど、果たして私は笑えてたかな。笑えてないんだろうなぁ。だって、鬼道くんの眉間に皺が寄ったのが見えたから。
「それでも、戻るのか?」
「んー、どうだろ。戻った所で私の居場所はもう、ないだろうし」
運動部の宿命だよねー。間延びした言葉で眉を下げて笑う。顧問が私を気にかけて少し休めと言ってくれたのも分かってる。でもあの時、その言葉を聞いた時、私の居場所がなくなったんだと思った。跳べない選手より跳べる選手が良いに決まってる。分かってる。分かってるんだ、頭では。今まで見てきたじゃないか。皆レギュラー狙って必死だったじゃないか。跳べないレギュラーなんていらないだろ。大会に出れないんだから。だったら出れる子達に譲って、大会に出て、入賞してもらった方が部としても良いに決まってる。そんなの全部、分かってるんだ。
「…でもね、そしたら私はどうしたら良い?唯一の居場所だったんだよ?どこにいけば良いの?」
泣くつもりもなかったのに瞳からは大粒の涙がポロポロと次へ次へと溢れてくる。唯一の居場所だった。私にとっても、風丸にとっても。ずっとそう思ってた。でも違った。彼はサッカーという居場所を見つけて飛び立った。苦しそうに笑ってた顔が当たり前だと思ってた。でも違ったんだ。だから思った。君の居場所はここじゃないと。羨ましかった。新しい居場所に飛び立ったのが。泣きたくなった。風丸の行ったその場所に、何故私はいないのだろうと。
ごめん。ごめんね。ジャージの袖で乱暴に涙を拭う。それでも止まらない涙に袖はどんどん湿ってく。
「乱暴に擦ると腫れる」
突然手首を掴まれ、目元を柔らかい何かで撫でられたのに驚いて肩を揺らす。バッと顔をあげれば結構な至近距離に鬼道くんがいて、私の腕を掴んでない方にハンカチが握られていた。
「あ、あり、がと…」
「いや、俺こそ済まない。聞いておいて何だが、掛ける言葉が見つからなくてな」
取り敢えずそれを使ってくれ。手に握らされたハンカチでおずおずと涙を拭う。驚いた為か、いつの間にか涙は引っ込んでいた。
「私こそごめんね。案内するつもりが話聞いてもらっちゃって」
ハンカチ、洗って返します絶対。困った様に笑えば最初に会った時の様にフッと笑う。
「気にしなくて良い。何なら貰ってくれ」
「ええ、それは流石に気が引ける」
「可笑しな奴」
「それ二回目です」
「つい、な」
さっきまで泣いていたのが嘘みたいにポンポンと言葉のキャッチボールができた事に小さく感動した。流石キャプテン様ですね。と主語もなく呟けばデコピンを食らった。
「痛った!結構痛いよ鬼道くん!」
おでこを擦りながら言えば裏口を通った鬼道くんがもう一度笑って口を開いた。
「お前はきっと、大丈夫だよ」
その姿が眩しくて、やっぱり私は目を細めた。
水底サブマリン
(いつかまた、)
(君に会えるだろうか)
(と願った矢先の転入生)
20180714