黎明ファンファーレ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『…風丸ー!!』
俺を呼ぶこの声は、誰だったか。
晴天の大会日和。顔をあげれば照りつける太陽に思わず目を細めた。
レーンについて深呼吸を一つ。緊張を解そうと軽くジャンプしてみたり足首を回してみたりしていれば聞こえた声に、自然と肩の力が抜け、口角が上がった。応援の声が飛び交う会場で、掻き消されても可笑しくないその言葉はちゃんと耳に届いて。相変わらず彼奴は…。何て思いながらスタートの準備をする。
スタートラインから利き脚一足半離し、もう一足をそこから後ろに下げた位置にブロックを合わせる。固定されたのを確認して、ブロックに足をつけ、片膝を地面につけてスタートラインからほんの少し離した所に両手を肩幅に開く。ドッドッと耳まで聞こえる心音をより鮮明に聞くために目を瞑った。この時間を何度も経験しても慣れない。負けたら、転んだら。勝てるか?勝ちたい。そんな気持ちがぐるぐる頭を巡って占める。うるさい。大丈夫。ずっと練習してきたじゃないか。俺は出来る。
「下向くなー!前を向けー!!!」
風丸ー!!!!その声にハッとして顔をあげる。気持ちだけでなく、体も本能的に弱気になっていたみたいだ。遠くに見えるゴールラインを捉え、深く息を吸ってゆっくり吐いた。
「位置について…」
ピーッ!とホイッスルが鳴る。音に反応して動きを止める。全員止まったのを確認した審判の声に腰をあげ、先程よりも強い意思でゴールラインを見据えた。
「よーい、」
パァンッ!ピストルの音を聞いて走り出す。風の切る音が耳を掠めるがそんなの今はどうでもいい。今までの自分より早く、そして誰よりも早く、あのゴールを突き抜けるんだ。
「大丈ー夫!!絶対、大丈ー夫だよー!!!」
行けー!!!!届く筈のない声がまた聞こえた。それが誰の声かなんて本当は分かってた。それでも、いつも考えないフリをしてた。だって、それが当たり前だと思ってたから。陸上をしてた時も、サッカー部に移ってからも、その声はいつも聞こえてたから、忘れてたんだ。
「っ…お前は、本当に……!」
息を切らしながら呟いてゴールラインを駆け抜ける。数メートルパタパタと走り、やっと止まれた時には会場の画面に各々の選手のタイムと順位が載っていた。肩で息をし、呼吸が整うのを待つ。下を向いていた顔を上げれば視界いっぱいに広がる青空と俺の名前の後ろについた1の文字。
「……ありがとう」
風隠。本当は分かってたんだ。お前が一番、走りたい気持ちを隠してる事。誰かの努力を真っ直ぐに応援できる事。自分の事の様に、一緒に笑って、時には泣いてくれる事を。それを見て見ぬフリをしていたのは俺の方だった。どんなに騒がしくても、姿が見えなくても、ずっと聞こえてたんだお前の声は。俺の背中をいつも押してくれてたんだ。だから、ここまで頑張れたんだ。お前の俺の名前を呼ぶ声が、笑顔が、応援が。全て俺の力になっていたんだ。
「風丸ー!」
聞こえた声の方を向く。そうすれば気づいた俺に驚いたのか、肩を揺らし、そしてふにゃりと笑ってイエーイ!とピースをした風隠に思わず目尻が熱くなった。
「…ずっとずっと、お前の声は聞こえてたよ」
風隠。そう呟き、つられてだらしなく笑う。
自分の良い様に解釈しているかもしれない。それでも気づいたから。知ったから。だから、
「…早く、お前に会わなくちゃ」
目覚めて早く、謝らなくちゃ。
蒼穹のトレニア
(早く早く、)
(お前の笑顔が見たいんだ)
20190615