第四章

カナメはしばらくしてからもう一羽の蝶へと話しかけた

『待たせてしまったな…。ほれ、お前も姿を思い出すのじゃ
…マチルダ。お前はワシの子孫、マチルダじゃ』
カナメが待機していた蝶に向けて話しかけると、蝶は光り輝きながらゆっくりとマチルダの姿へと変えていく。
「!…この場所……。あぁそっか…俺…。はい、おばあちゃん 俺の記憶引き継ぐんですよね?」

 今までずっと生業としてこの空間や、必要なやり取りに関しては慣れきっているせいか、大きな混乱もなく直ぐに状況を察して「どうぞ」と手を差しだしてきた。
…何というかもう少し…もっとこう…先程の二人のように丁寧なやり取りはないのか?と不満そうに表情を歪めていると、マチルダは苦笑いしながら謝った。

「えぇっとすみません…だってその……慣れた光景なのでついに自分の番かと思うと、何だか思っていたより達観していまして…」
『……』

カナメはしばらく黙って見ていたのだが、やがて困ったように溜め息を吐いた。マチルダに彼らのような反応や言葉を期待しても仕方ないことぐらい分かっている。だがそれでも…

『全く…貴様はもっと底抜けに明るくて、もっと頭のネジを五、六本飛ばすぐらいにユルく生きて欲しかったものじゃ…まぁ良い。さっさとそこの小舟に乗らんか』
 記憶継承のために…と手を差しだして待っている彼の手をいきなり掴むと、そのままもう一隻の小舟へと彼を放り投げた。

「いっ!…ったたた…。え…えっ??」
いきなり放り投げられるとは思っていなかったので盛大に背中から着地してしまい、強打した背中を摩りながら困っていると後からカナメも一緒に乗り込んできた

「!え…あ、あの…」
『今日でワシらの生業は終いじゃ。ならば最後は盛大に締めくくるとしようではないか!』
「え?えっ!?そ、それって…どういう意味ですか?」
『ふっははは!!言葉通りじゃ!ワシとてこの先がどこに繋がり、どうなってるかは知らぬが…今のワシらはお互い魂だけの存在。ご先祖であるワシが、さっき見た小僧のような明るさを持った奴になれるように、転生先にも口出ししてやろう ま、どうなるかは知らんがの』
「い、いや…そうじゃなくてですね…。その…俺ら今、あの世?に向かってるんですよ?えっと…だからって俺一人でも大丈夫だと思うのですが…。それに怖くないんですか?」

 まさか彼女まで一緒に乗り込んでくるとは考えてもいなかったので、マチルダは一度戻った方が良いんじゃないのか?と問いかけたが、カナメはそれを豪快に笑い飛ばした。
『何を言っておる。ワシは自分の使命を全うしておるだけじゃ お前の魂が行くべきところまで案内するのが役目であり、最期の務めというモノ
もしまた人に転生でもできたのなら、成長するまでは見届けてやる。 そのためにこうやって一緒に来ておるのじゃからな。…マチルダ。お前のその記憶はお前の宝としてそのまま持っておくがよい
まぁその…あんしんせい!今までの経験や関係も、後ほど形を変えて生きてくるじゃろ!!』

このまま船が辿り着く先も、自分がこの先どうなるのかさえも正直分からなかったが…それでも不思議と恐怖は感じなかった。 カナメが一緒にいるお陰なのか、根拠のない自信で力強く押し切られて呆気に取られているせいなのかは分からないが…マチルダもつられて笑みを浮かべた。
『ここから先、きっと長い旅路になるじゃろうがワシに後悔などはない。
…お前はどうじゃ?』
「うん…俺も、おばあちゃんとなら後悔はないよ」

彼らはお互いに笑みを浮かべあいながら小舟が進んでいく方へと視線を向けた。
ここからはどれ程の時間が掛かるのかは分からないが…カナメもいるなら退屈はしないだろう…


そう考えながら、マチルダは一度休もうと目を閉じた。

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