第四章

カナメはしばらく彼を抱きしめたまま声を押し殺し、肩を震わせ涙を流していたが…指輪を継承できる者が途絶えたと言うことは自分に残された時間もあと僅かしかない…


ならば最後に、自分が出来ることをするまでだ。

マチルダを地面に寝かせてから身体に触れ、青白い蝶が身体から飛び立っていったのを視認すると指をパチンッと鳴らし境界を開いた


視界が暗転し、次に眼を開けるといつもの夕暮れの港町が視界に広がる。 この空間で自分は何百年…何千年と様々な人々の魂を案内し続けていたが…それも今回で終わりだと思うと、少しばかり胸に去来するものがあったが、この狭間では時間に制限もあるので、あまり感傷に浸っているわけにも行かない。と思い気持ちを切り替えると、互いに寄り添いながら飛んでいる二羽の蝶へ呼びかけた

『巳虚、辰冥、ワシの声が聞こえるじゃろう?貴様らの姿…思い出すのじゃ』
彼女の呼びかけに気付いたのか、二羽の蝶はゆっくりと羽ばたきながら舞い上がると本来の姿へと変化した

『う…うーん…あれ?ここどこだろ……森、じゃない…!!わぁぁ!海だ!ねぇアレって海だよね!』
『ず、ずいぶん元気じゃな…あぁそうじゃ。仮の空間と言え一応海じゃ …そんなに珍しいかのぉ…?』
先に目覚めた巳虚は、今の自分の状況よりも初めて見る海というものに興味津々らしく、眼を輝かせて喜ぶ姿に流石のカナメも反応に困ったまま見守っていると、一足遅れて辰冥も目覚めたらしく周囲を見回していた

『私も巳虚も確か……。ということはカナメ、貴女がここに私達を?』
彼女の能力、そして生業に関しては元々知っていたので直ぐに状況を察した辰冥がそう問いかけると、再びこみ上げそうになる涙を力一杯拳を握って堪えつつ、いつものように口角を上げて得意げに笑ってみせる

『いかにも。ここは現実との狭間の空間じゃ まぁその…わ、ワシの使命は記憶を引き継いで、魂を在るべき場所へ案内する事じゃからな!お前らとて…例外ではないわ…。』
最後の方はどうしても堪えきれず涙で声が震えてしまったが…巳虚の方はどうしても海が気になっているらしく小舟の近くで遊んでおり聞いていなかったが、辰冥はあえて彼を呼び戻さずカナメの頭をそっと撫でた。

『…折角貴女が帰ってきたというのに、中々話す機会がありませんでしたが…立派になりましたねカナメ。外の世界から来た子と言え、貴女の成長を撫子と共にずっと見守り続けてきた者として心から嬉しく思いますよ』
『やめい……っ、子供扱いするでないわ……っ。ワシはもうオトナじゃぞ全く…』
『ふふふっ…こんなことなら里帰りしてきてくれた貴女ともっと話しておくべきでしたね』
『えぇいそう言う湿っぽい話はナシじゃ!!それより各自手を出せ!二人の記憶、ワシが受け継いでおいてやるからの』

 カナメが呼びかけると、巳虚は不思議そうに戻ってきて言われた通り手を差しだし辰冥も一緒に差し出してきたので二人の手に自分の手を重ねて記憶を引き継いでいく


『…もしこの先、お前らが生きていた記憶を失ったとしても…ワシがずっと覚えておいてやるわ。全て受け継いだからな!色々覚悟しておくが良いわ!
……そ、それでだ…。お前ら二人に関してじゃが…別々に案内することも出来るがどうする?

仮に転生が出来たとしても、恐らくじゃが…一緒に行った場合。そのひっつき泣き虫とまた近い関係になるぞ?良いのか?不安しか残らぬが…』

カナメが困った様子で視線を下げると、彼女の話を聞いて不安になった巳虚がまたしっかりと辰冥の腰元にしがみついていた。
 どうするんじゃ?とカナメが指さしながら提案したが、彼は『それなら大丈夫』と笑顔で即答してきたので拍子抜けしてしまった。

『し…辰冥。正気か!?お主……このひっつき泣き虫じゃぞ!?後から後悔しても取り消せぬぞ?』
『幼子の面倒を見るのもまた老人の楽しみなのでね』

彼の言葉を聞いてカナメは思わず声を上げて笑った。 きっと彼らにとって、二人で過ごしてきた時間というのは何物にも代えがたいほどに大切なものなのだろう。だからこそ、今こうして二人で居る事が当たり前になり離れるなんて考えられないと……そう言いたいのかもしれない
 なら二人の意思を尊重するまでだ。

これ以上の言葉は不要と判断したカナメは、二人を一緒の小舟へと案内し着席したのを確認するとロープを解いて出航させる。 


舟は波に乗ると夕日に向けて自然と進み始め、巳虚はきゃっきゃと喜び辰冥もその様子を優しく見守っていた、その背をしばらく見守っていたカナメだったが二人に向けて呼びかけた。 
これが最後だから…ちゃんと伝えるために

『巳虚!辰冥!……達者でな。お前達が幸せになれるように祈っておる!またいつか…どこかで会えるといいのぅ…』
彼女の呼びかけに、二人は手を振って応えてくれた。カナメは彼らの姿が見えなくなるまで見送り続けた。
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