第四章

その場に残されたマチルダは、薄れる意識と霞む視界の中。もうこのまま目を閉じてしまおうとした時だった。誰かが自分の名前を呼びながら、身体を抱き上げられる感覚に少し意識が戻り微かに視線を動かすと…

「…か、なめ……さま?」
『マチルダっ!!しっかりせぬかっ!貴様はこのような所で死ぬ運命ではなかろう!!?』

 涙を浮かべながら必死にこちらの名前を呼びかけるカナメの姿があった

『少しだけ我慢するのじゃ…せめて腹の傷は縛って止血してやるからな…!』
自分の髪に巻いているリボンを解いて彼の身体へ、簡易的な包帯のように巻いてやるが…元々の出血量が多く、じわっと滲み出てしまい彼女は焦った声を上げたが、マチルダはそんな様子に苦笑いを浮かべる

「あ、あはは…ムリ、しなくても…いいですよ……。だって、カナメ…様。俺の、こと…嫌いじゃないですか…。カナメ様こそ…指輪を持って、逃げた方が…」
 出血量が多く意識もそろそろ飛びかかっているせいか、途中から痛みはほとんど感じなくなって来ていたので、苦笑いを浮かべながら震える手で指輪を外そうとしたが、それを彼女が制止させる

『馬鹿なことをするでない…っ!ワシは……っ、そなたのことが嫌いではない……っ!!誰よりも優しい子ではないか!自分よりも皆を優先しようと最後まで戦った…っ!!!例え結果がどうあれそなたの行動は何も間違ってなどいない!!
むしろこうなったのは全て…ワシの責任じゃ…』

 泣き叫びながらも必死にそう言う彼女に思わずマチルダは目を見開いた。こんな自分をそこまで思ってくれるとは思わなかったからだ。

自分の身を案じてくれる彼女に嬉しくて自然と頬が緩む
「そっか……良かった……、俺のこと……嫌ってないんだ……。えへへ……嬉しい……」

カナメは力無く笑う彼の身体を抱きしめると、何度も何度も繰り返し謝った。

元はと言えば自分が提案したせいで彼を巻き込んでしまったこと…
自分が…自分の勝手な思いだけで、何代にも渡って子孫たちを苦しめた挙句にこんな結果を招いてしまったと…。マチルダは悪くない 巻き込んだのは自分だと呼びかけ続けた

 視界の端で一瞬、撤退していく魅禄と眼があったが彼女は【もう興味がない】と言わんばかりにこちらには見向きもしなかったので、彼を抱き抱えて立ち上がると祭壇だった場所まで戻り、抱きかかえたまま水鏡を見せてやる

『マチルダ…ワシらがこの森に来た理由、覚えておるか?中断されてしまったが占いの結果を見るぞ。…祭壇は破壊されておるが、一部なら残っておるからな』

僅かに残っていた水溜まりと化している場所に向けて手をかざし、カナメは詠唱を行う、もう結末は見えているが…それでも彼の未来を映すべく、カナメは祈りを捧げ言葉を紡ぐ


ーマチルダの未来の姿を映せー

すると彼女の言葉に呼応するように残った水が仄かに光を灯し、水鏡はそこに彼の未来の映像を映し出した。

 そこに映ったのは、黒い髪に赤紫色の丸い目をした元気な少年。首にはマチルダが持っている指輪と同じ赤い宝石が嵌められた首飾りを付けた少年の姿が映し出された
誰かと喋っているのかその少年はとても楽しそうで…屈託のない笑顔を浮かべている姿に、マチルダは最初驚いた様子だったがぎこちなく笑って見せる

「……あ…は、はは…。男の子が笑ってる。…誰か、分からないけど、いいなぁ…俺も…こんなふうに笑ってみたかったなぁ…」

彼は涙を流しながら呟く。カナメが映してくれたのは自分の未来の姿だというが…今の自分とはどうも似ても似つかない。 それでも…水鏡に映る少年の姿は本当に楽しそうで…今更だが自分もこんなふうに笑う未来が欲しかったと願ってしまう。

 だがもうその身体は自分の意思で動かすことも出来ないほどに力が抜けいていき瞳からも光が消え始める
『マチルダっ?!何をしておる!まだじゃ…まだしっかり意識を保つのじゃ!!お前はワシの子孫…この程度で倒れる軟弱者ではない!だから…だから…っ!!』

カナメは必死にマチルダの名前を呼び、死ぬなと何度も呼びかけ続けていたが、彼は弱々しく答えるだけだ

「ごめ…なさい、カナメ様っ…。俺って…バカです、よね…何も出来ない、くせに…結局。こうなって…」
『お前のせいでは無いっ!!だからもぅ喋るな…っ』
「……。俺、ずっと……生業のせいで、ぜんぶ…諦め、てたのに…。今更になって…もっと生きたいと、願って……しまうなんて……」

マチルダは途切れ途切れになりながらも、必死に言葉を紡いでいく
今までずっと自分は生業だから自分が生きてるのもどうだっていい。そう思っていたのに…先程の映像を見て羨ましいと思ってしまい、死にたくないという感情が溢れ出して来たのだ 。


初めて、自分らしく生きたいと心の底から願ってしまった……

それは叶うことなく終わるのだと思うとカナメは言葉を詰まらせてしまう。もう手遅れだと分かっているからこそ、少しでも生きる望みを持たせようと呼びかけ続けていると、不意に彼が手を伸ばしながら微かに口を動かした。

…だがその言葉は声にはならず、伸ばした手は空を切り力尽きるようにぱたりと落ちた。 その手を拾い上げたカナメは、無言のまま抱きしめてやる。

『……』
彼女の腕の中で眠るように息を引き取ったマチルダは、先程までの苦痛に満ちた表情では無く…とても安らかな寝顔をしていた。
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