第四章

肩の傷もずっと身体を蝕むように痛い。
炎と煙で視界もぼやけていて呼吸だって辛い
この先自分じゃ何も出来ないことも分かっている。このまま逃げたって助からないことが分かってる。

だからこそ……ここで逃げたくない。

ならば命が尽きるまで足掻いてやりたい。それが今のマチルダが出した結論だった。

「…俺、もう一度。あの人にお願いしてきます…今更遅いけど、長だけでも助けてください…って」
『待たぬか童っ!!先程肩を射抜かれたのを忘れたのかっ!!?童のようなひ弱な奴が訴えたとて何も変わりはせぬ!大人しく指輪を捨てぬか!』

 必死に引き留めようと叫ぶカナメの声をあえて聞かないフリをし、よろよろと立ち上がると何度も静止を呼びかけるカナメを押し退けてマチルダは祭壇の方へと歩を進める。 
足元も悪いので時々よろめいて倒れそうになったが、それでも戻ることは止めなかった。きっと今までの自分なら彼女の言葉に従っていただろう…

自分の結末に対する占いの結果を見ることは出来なかったが、それでも…この行動が答えなのだと思うとそれで十分だった。

ようやく祭壇にまで戻る頃には、魅禄による私刑が行われており、一方的すぎる残虐行故に既に水晶は瀕死の重症を負っている。しかし彼女は悲鳴をあげながらも懸命に立ち上がろうとしていた


『あら……しぶといじゃない。もっと痛めつけてあげないと死ねないの?』
「ぅ……ぁ……っぁぁあ!!」
再び振り下ろされた凶刃から転げるようにして逃れる。しかし、もう動ける力は残っていないようでそのまま力なく倒れ込んだ。

もう指一本すら動かせない……血を流しすぎたのだ。
それでも彼女は長としての使命から何とか起き上がろうとしている彼女にとどめの一撃を振り下ろそうとした瞬間。魅禄は手を止めた

『あらぁ?まだ生きてたのね。とっくに逃げたか近衛兵に狩られたと思っていたけど…』
『う…ぅぅ……っ、そなた、早く…にげ…』
息も絶え絶えになっても尚。彼女は自分よりも彼の身を案じる声に決意が揺らぎそうになったが、それでもこちらに向けて歩みを進める彼に興味を持った魅禄は、水晶をそのままに彼の近くへと向かった。

 そして互いに対峙したところで、マチルダはその場で膝をつきそして土下座するような形で地に額をつけると、力の限り懇願した。

「お願いします…!どうかもう皆を許してあげてください…っ!!俺じゃ…俺なんかじゃ何も出来ませんが……それでも…。もう長だけでも許してあげてください!これ以上誰かを殺すのだけは……」
マチルダは思いの丈を彼女にぶつけるように叫び続ける。自分勝手すぎる論理だとは思うが、だがこれ以外に方法は思いつかなかった。

少しでも魅禄の興味が逸れてほしい…そう願っていると、彼女は少しの間。じっと見定めるように彼を見ていたがやがて小さくため息を吐き口を開く

彼女のその様子から、どうやら自分の言葉が少し届き、話を聞こうとしてくれているのだと思い表情を和らげたが…


『お間抜けさん♡』

 その言葉と共にマチルダの腹部が、魅禄の手にしていた金色の矢によって真一文字に深々と斬り裂かれた。 それは確実に命に届く深い傷…


突然の事で頭の理解が追いつかず全身を襲う虚脱感で身体がグラつく。だがここで倒れるわけにはいかないと姿勢を直そうとしたが…
「……あ…?」
視界が大きく歪み、身体を支えることもできず足がもつれその場にどしゃっと音を立てて崩れ落ちる。 腹部から急速に駆け巡る強烈な痛みに耐えられず、地面に這いつくばったまま荒い呼吸を繰り返す。

『ぁああっ!!…ぁ、ぅ…っ!!』
感じたことのない激痛に叫ぶが、それで苦痛が和らぐ訳もない。
あまりの激痛に思考が定まらず、同時に切り裂かれた腹部からはとめどなく鮮血が流れ出て意識が薄れる…

「おやおや、野良犬如きがイキがるからそうなるのですよ」
途中で追跡を中断し、彼女の元へ遺体を運んできたイザヨイがマチルダの姿を見て嘲笑の言葉を紡ぐ。そんな彼に対して魅禄は頬に手を当てながら笑みを浮かべた

『うっふふふ♡本当に愚かよねぇ…貴方がわざわざ戻って来たところで何かが変われると本当に思ったの?素直に一人、無様に逃げたり命乞いしていたら…助けてあげたかもしれないけど…』
 そこで言葉を切ると、セドももう一人の遺体を運んできたので、イザヨイがそろそろ帰還しようと呼びかける声を手で制し、その場にしゃがむとマチルダの前髪を掴んで無理やり顔を上げさせた

「うぅ……っ」
『でも感謝はしているわよ…?貴方のおかげでこんな素敵な機会に巡りあえたんですもの。それに…みっともなく命乞いしなかった所だけは評価してあげる』
妖艶な笑みを浮かべた彼女は、更にマチルダの髪を引っ張って顔を寄せると頬に優しく手を添えながら愛おしそうに見下ろした。

『さようなら。もう長くないでしょうけど、気まぐれに名前だけ聞いてあげる』

魅禄は彼に名前を尋ねると、途切れかけた意識の中で必死に唇を動かそうとするが、出血量も多く、腹部の傷の痛みで思うように話せず 息をするので精一杯だったが「…マ、チルダ…です…」と訳がわからないままに答えると彼女の笑みが深くなり……

『マチルダ……いい名ね。覚えておくわ』
興味をなくした様子で手を離すと、彼女はイザヨイへと命じる。

『さて…ここはマチルダくんの顔でも立ててあげなきゃね 帰るわよ。そこにいる刹羅の遺体も持って帰ってちょうだい それとお姉様も。その辺は国王陛下に渡すとして…お姉様だけは個別に保管しておいて』
『かしこまりました……では行きましょうか』

イザヨイは丁寧に頭を垂れると、魅禄の命令通りセドとリースたちにも命じて刹羅や水晶、そして辰冥と巳虚の遺体を回収するとそのまま引き上げていく。
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