第四章

『あらぁ?逃げるなんてだーめ♡ ほら、セド。行っていいわよ』
 魅禄がパンッと手を叩いて合図を出すと、今まで待てを強いられていたセドが一気に駆け出す。
喜々とした表情で手に持っていた刀を構えたまま地面を思いっきり蹴り、一呼吸のうちに水晶の元へ距離を詰めると横なぎに刃を振るう。水晶はギリギリまで引き寄せると最小限の動きで攻撃を回避し一度後方へ飛び退く

「逃がすかよっ!!」
回避の判断をしたことで反撃の体勢は整っていない。そう判断したセドは膝蹴りへとつなげようとしたのだが…隙だらけの攻撃に、彼女の近くで控えていた撫子は身を屈め懐に入ると彼の腹部に掌底を喰らわせる。その衝撃でセドの体は後方に吹き飛ばされ受け身を取るまもなく背中から石畳の地面へと叩き付けられる。

セドが返り討ちにされているにも関わらず、魅禄もイザヨイも加勢する気配は無い。それどころか「無様ですねぇ…仮にもワタシの部下だというのに…」と嘲笑する始末だ。
今なら…とカナメはマチルダの元まで駆け寄ると、彼を連れて端に逃げる。その間に辰冥や撫子たちも合流し、肩に刺さったままの矢を引き抜いてから簡易的に治療魔法で止血を施していく

 その間にセドは咳き込みつつも何とか立ち上がろうとするも、そこに水晶の容赦ない追撃が飛んでくる。金色の矢が数本放たれ、慌ててセドは横に転がり攻撃を回避する

「クソッ!こん…な、もん…効くかよ…っ!!」
腹部に受けた掌底や背中を強打しているのは流石に効いているようで、口では強がっているが足下はふらつき呼吸も荒い。そんな状態の彼を見てイザヨイは相変わらず傍観の姿勢を崩さない

「ふっくくく。随分と辛そうですねぇ?不甲斐ない部下のため、ワタシがお手伝いして差し上げましょうか?」
彼の挑発めいた言葉に、セドは声を荒げながら反論する。 仲間割れをしている今なら仕留められる。そう判断し水晶は狙いを定めたが…

『そんな奴に構ってばかりで大丈夫ぅ?』
高らかな弥勒の声にハッとして視線をセドから魅禄へ向けたときだった。彼女は既に弓を空の方へ掲げながら矢を放っており、それは矢の雨となって治療中のマチルダ達の方へ降り注ぐ

『危ないっ!!』

 咄嗟に辰冥が森の力を用いて木々の枝や根を動かして壁を作り彼らを守ったが、矢が地面や壁にぶつかったと同時に爆発を引き起こし全体的に爆風を伴った土煙を上げ周囲の視界を奪う。
幸い辰冥が彼らを守るために結界を張っていたので怪我は無かったが、視界が封じられている状態では身動きが取れず下手に動けないでいると、土煙に紛れたセドが撫子の背後から斬りかかる

「これで二人目だぁぁああっ!!」
彼の雄叫びと共に振り上げられた刀が振り下ろされようとする。だが、あからさま過ぎる彼の殺気に反応した撫子はひらっと振り下ろされた刃をかわしながらその場でしゃがみ、足払いをかける

「うぉっ?!」
バランスを崩し転びそうになったが、ギリギリで片手をついて倒れ込むのを防ぐ。だが顔を上げたと同時に地面から召喚された木の根が大きくしなり、セドの体を弾き飛ばした。
バチンッ!!と鈍い音とともにセドの体が宙を舞うと、地面に何度も体を叩きつけながらもんどりを打ちようやく止まる。

痛みに耐えながらも彼はすぐに立ち上がると、口内ににじんだ血を吐き出しながら歯軋りして彼女をにらみつける
『うっふふふ。最年長を狙うからお仕置きよ』
「くそっ!!舐めやがってぇ!!」
今のセドを始末するのは彼女にとって造作もないことだが、長の命令が優先なので悔しさを滲ませているセドを視界に捉えたまま、撫子は今のうちに…と退避行動を取るように指示を出そうとした時だった。

魅録たちが到着してからずっと破壊行動を行われていた森が、突如として地鳴りを起こしたのだ。

それはまるで悲鳴を上げるかのように徐々に大きくなり、やがてゴゴゴゴッと轟音を鳴らしながら地面が激しく揺れ始めた影響で地面は歪に隆起したり陥没し、周囲の木々もミシミシと不穏な音を立てながら倒れていく。

『まずい…っ!森が!!』
『うわぁぁんっ!こわいよぉっ!!』
 崩れる足場や倒れる木々の振動で立っていることができず座り込む者。恐怖に耐えきれずおびえ泣き叫ぶ者。各々が恐怖でパニックになる中。遂に森全体がまとっていた魔力が暴走してしまったのか、今までは爆発のみでおさまっていた箇所から一気に炎が噴き出し、あちこちでも火の手が上がっていく。

幸いまだこの奥地には微かに加護が残っているおかげで火は抑えられているが…それも時間の問題だろう

『!!そんな…っ!四季の森が暴走しておる…このままではっ!』

四季の森が持つ魔力の加護を受け、そして森と調和することで長きに渡って四季族は繁栄してきた。つまりは森そのものを失うことになると言うことは、森からの魔力供給が失われることと同義。 そうなればもう魔法は使えなくなり、加護を受けていた身体の能力も弱体化してしまう。
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