第四章

屈んで完全に防御体制に入っていたフリージルとは違い、自分は大丈夫。と言わんばかりに悠然と構えていた魅禄は、自身の目の前に現れた相手へと声をかける

『もぅ…遅いわよセド。あと一歩遅かったら、私もそこで倒れている刹羅みたいになっちゃうところだったじゃない』
彼女がそう呼びかけると、間に入った青年は口角をニィッと上げながらゆっくりと振り返る
「守ってやったってのに随分な物言いするじゃねえかよ賢者サマ。それより、斬っていいんだろ?隊長サマからそう聞いてるぜ」
そう言って赤い髪を首筋で一つ括りにしている黒く鋭い目つきをした軍服の青年は王都近衛兵の一人「セド」。

 好戦的な人物らしく獲物を狩る様な瞳をしながら水晶たちを見据えていたが、少し遅れて近衛兵隊長のイザヨイが合流してしまう

「ふっくくく。いけませんよセド、賢者様は只今皆様と感動の再会をされている所ですよ?どうしても暴れたいと言うならば、他の隊員達と共に森の破壊活動にも貢献なさってきて下さい。そうすれば土地も広がり、領土が広げられますので国王陛下もさぞかしお喜びになられます」

 イタズラをする子供をたしなめる母親のような口調で諭してくる彼に、セドは隠すことも無く舌打ちを漏らす。
「チッ、そういう面倒なことは全部アイツらにさせてりゃいいんだよ!!待ては嫌いなんだよこっちは…っ!」
吐き捨てるように文句を言うと、彼の目に宿る殺気の色はどんどん濃くなる。一応は理性で抑えているのだろうが、どちらかが命令すれば今にも襲いかかってきそうな程だ。

辰冥の腕の中で泣き崩れていたマチルダはだったが、このままでは彼らにも一層の迷惑をかけてしまうと思い涙でグシャグシャになった顔を上げて何とか立ち上がると、彼らの前に飛び出し精一杯声を張り上げ魅禄達の方に向けて言葉を投げかけた

「お願いですっ!もぅ…こんなことは止めてくださいっ…!貴女の事情は俺にはわかりません……けど……四季族の皆様はこんな俺でも受け入れてくれた優しい人達なんです!俺に…俺に出来ることなら代わりに何でもしますから、もう皆を……傷つけないでくださいっ!!」
『おいっ……マチルダ!!』

カナメの制止を振り切り、マチルダは魅禄に向かって深々と頭を下げ続けた。

「お願いします……。どうか……。」

この程度のことで四季族へもたらした傷は償いきれないこと位は重々承知している。だがせめて…争いだけでも回避したい。

そう願いながら彼はひたすら頭を下げると、水晶は構えていた弓を下げて一旦は戦闘態勢から警戒の姿勢へ切り替え魅禄の返答を伺った。すると彼女はたった一言こう言った

『邪魔よ。』と

その言葉とほぼ同時に魅禄は弓を構え金色の矢を放つ。放たれた矢は空を切り、そしてマチルダの肩を射抜いた

「っ!?ぅ、ぁぁああっ!!」
一瞬何が起きたのかわからなかったが、右肩から伝わる灼熱の痛みに意識が明滅し呼吸が乱れる。痛む箇所を押さえながらその場に膝をつくと、傷口からポタポタと鮮血が流れ痛みと恐怖から身体が勝手に震えたが、それでも諦めずに彼は説得を試みようと顔を上げるがそれを水晶が阻んだ。

『もう良い…そなたの言葉は受け取った』
彼女としてもこれ以上抑えるのは限界だった。確かに魅禄の策に騙され森に案内してしまったことに対する怒りもあるが…
 それでも、彼なりに後悔と償いの姿勢を見せたのだ。それを無下にして良い道理はない。 一度は彼の顔を立てて矛を収める姿勢をとったが、それを拒否したのは魅禄だ。ならばもう争いを避けられない

これ以上彼女たちの好きにされる前に森から追い返すのが一番手っ取り早い。

なにより今もこうしている間にも微かにだが森からの悲痛な声が聞こえている…。もし森がこのまま破壊され続ければ森からの魔力供給が絶たれ、自分たちも魔法が使えなくなっていく。それは一番避けなければならない事態だった。

セドもそうだが魅禄達の口ぶりから察するに、連れて来た近衛兵もまだどこか他にいるのだろう…いつここに押し寄せてくるかも分からない状況で長期戦となれば、森の力が弱体化しつつある今。全員で応戦するのは分が悪すぎる
 
それならば長である自分がここに残り、皆を逃がす方が最善と判断した水晶は、再び弓を構え全員に命令を下す


『マチルダを連れて皆、この場から退避せよ!!私は姉として…愚昧の所業をこれ以上許すわけには行かぬ!!』


彼女の号令を聞いた魅禄は、待ってましたと言わんばかりに口角を上げ笑みを見せる。
18/26ページ