第四章

仮に「フリージルが自分を四季族だと言っていたので信じていました。なので彼と約束したとおり、四季の森に入ったと同時に渡されていた紙を合図として送りました。」と言葉で言うのは簡単なのだが…

 自分の軽率な行動が結果的にこんな事態へと発展し、水晶だけでなく森の皆までもを悲しませる結果を招いてしまった事は紛れもない事実であり、その事に負い目を感じてマチルダはどうしても真実を話せずにいた……

そして今更本当の事を言ったとしても……既に全てが手遅れなのは目に見えていた……


(ごめんなさい……。ごめんなさい……っ!俺のせいで、刹羅さんが…っ!)


 胸の奥底から湧き出てくる罪悪感に押し潰されそうになりながらも、マチルダは自分の犯してしまった過ちの大きさに更に涙を流し続けることしかできずにいた。

彼の態度を怪しんだカナメは、視線を鋭くさせると彼の近くまで歩み寄り制止する辰冥を押し退け、マチルダの腕を掴もうとした時だった。彼の隣で怯えていた巳虚が震えながらも彼女の服を掴んで待ったをかける

『ま、まって…。まちるだくんをいじめないであげてよぉ…』
『〜っ!!今はそんな悠長に喋っておる場合ではなかろう!!?さぁ早く答えぬか童っ!返答次第では容赦せぬぞっ!!』

慌てて引き止めようとしてきた巳虚の手も払いのけ、マチルダの胸ぐらを掴み上げながら強引に視線を合わせようとしたが…それでも彼は目を閉じ顔を背けながら口を閉ざし続けたが、これ以上はもう誤魔化せないと判断したのか「ごめん…なさい……」と絞り出す様な声で謝罪を呟いた。

マチルダの発した言葉を聞き、カナメは一瞬だけ目を見開くと直ぐに目を伏せる。だが……彼の胸倉を掴む手を緩めることはしなかった。
『貴様…まさか本当に…っ!!』
マチルダの言葉に全てを察したカナメは握った拳を振り上げようとしたが、わざとらしく行動を制止してきた


『はーい。暴力に訴えちゃう前に、本音を言えない恥ずかしがりな彼のため。代わりにもう一個のヒミツ。言ってあげまーす』
声高らかに発表をしようとする魅禄に、マチルダは焦りを感じたのか「やめて下さいっ!!お願いします!!」と叫ぶ様に懇願するが、魅禄はお構いなしの笑顔を浮かべながら、ゆっくりと口を開く

『ねぇみんな聞いてあげて?彼が悪いんじゃないわ…ただちょっとこのおしゃべりオウムの言葉を鵜呑みにしちゃっただけなの』
わざとらしく泣き真似をしながら、魅禄がフリージルの方を指さすと、彼もそれを合図に語り始める

『「アタシも元々は四季族の一人だったの」「コレが夏を司る担当が代々受け継いできた指輪なの。」「貴方にはカナメと一緒に森に行って欲しいのよ。力を貸してくれないかしら?結界が解除された時に合図を送ってくれれば大丈夫だから」』
 あの時マチルダと会話した内容を身振り手振りを交えながら、彼は演技がかった口調で話していく
『フリージルが勝手に教えただけでマチルダくんは純粋に信じちゃったのよね〜
ちょーっと甘い言葉と優しい接し方で愚直に守って私を導いてくれての だからぁ…』

ー私、悪くないの。ー


魅禄が放った一言にマチルダの心は粉々に打ち砕かれた。その衝撃は凄まじく、今までの罪の意識よりも己の愚かさが身に染みる程に……。

 二人が語っている事は全て真実だ…。王都の医務室で彼と会話した時に、何故自分はしんじてしまったのだろう…。不確かな情報もあったが、カナメには内緒にして欲しいと頼まれた。だからずっと黙っていたけど……やっぱり誰かに相談すべきだった……。

自分の迂闊な行動で結果的に一人が犠牲になった。純粋に自分を迎え入れてくれた森の皆の信頼を裏切ってしまったのだ……。
結局……自分が蒔いた種を摘み取ることが出来なかったどころか、最悪の事態を招いてしまったのだ……そっと辰冥が抱き寄せて耳を塞いでやる。

 そして更に追い打ちをかけるように魅禄は懐から例のカレッジリングを取り出す
『よくできてるでしょう?この指輪が“四季族の証明”。代々受け継いでるの…って言っただけで彼という駒が信じてくれたのよ? ふふふっ。こんなの、どう見たってただの飾りなのにね』

彼女は笑いながらその指輪を地面に落としそれを踏みつけて粉々にして見せる

「っ!あ…ぁぁっ!!」

その光景がもう決定的だった。
自分が信じて行動したこと全て、何もかもが嘘だった。その事実を突きつけられたマチルダは声を上げて泣き崩れた。自分の無知さと浅はかさが招いた結果がこれなのだ……頭を抱え悲痛な叫び声を上げ続ける姿を、水晶は見ていられずに瞼を強く閉じるが、カナメだけは怒りに肩を震わせながら魅禄を睨んだ

肩を震わせ地面にうずくまり大粒の涙を流すマチルダをそっと辰冥が抱きしめると、そっと優しく囁いてやり背中を撫でて落ち着かせてやった。

彼の腕の中でマチルダは震える手で辰冥の服を掴むと静かに言葉を紡いだ
「……ごめんなさい……。ごめんなさい……っ!!俺は……俺は……っ!全部、俺のせいです……っ!!俺のせいで刹羅さんは……っ!!ごめんなさい……っ!!」
『……マチルダ……。謝らないで欲しい……。そなたが悪い訳では無い……。』
『まちるだくん…』

 マチルダを安心させるように言い聞かせたが、彼はただ首を横に振るばかりだった 。そんな彼の様子を魅禄はくすくすと笑い続ける
『うっふふふ。ねぇねぇお姉様。信じて迎え入れた相手に裏切られた気分はどう?
自分の子孫が貴女よりも私の言葉を信じちゃった気分はどんな感じ?カナメ。 あぁでも…やっぱ悪い子にはお仕置きが必要よねぇ…?
あ、でも〜?私のことも処刑できないやっさしいお姉様に何が出『貴様はもう喋らなくて良いっ!!!』

 水晶は魅禄の戯言を全て遮ると、怒りの形相を浮かべたまま瞬時に構えた金色の弓を彼女に向けて矢を放つ。 空気を切り裂くような音と共に放たれた一筋の矢は、正確に彼女の胸部めがけて飛んでいったが……

それは彼女の背後から飛び出した影が振り下ろした刃によって叩き落とされた。
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