第三章

その光景を見ていた兵士達は唖然としたまま固まってしまっているが、二人は特に気にした様子もなく魅禄も彼の挨拶に応えるようにドレスの端をつまんで軽く持ち上げ、淑女の礼をする。


『ご無沙汰しておりますわ国王陛下。相変わらず退屈そうな顔をなさっているのね』
魅禄の軽口にナイトは思わずクスリと笑みを浮かべた。
「あぁ。とても退屈だよ……。だけど、君に久しぶりに会えたんだ…今は少しだけ楽しくなってきたかな」
『まぁ、相変わらず嬉しいことを言ってくださるのね』

 楽しげに話す二人のやり取りに兵士達は困惑を隠しきれず顔を見合わせる。一体誰かも分からない相手に対し、何故陛下はここまで仲睦まじい恋人同士の様な会話をするのか? しばしそんな二人の様子を呆然と眺めていたが、ハッと我に返った兵士達が慌てて槍を構え直そうとするが……それよりも先にナイトの鋭い視線が兵士達へと向けられる。

「…いつまでそこにいるつもりだい?僕はさっき『下がれ』と命じたから、直ぐに行動に移すべきだろう?……あぁそれとも…僕の命令には従えないと言うことか…。それじゃあ反逆罪として投獄するのも悪くないなぁ」
「っ!!……も、申し訳ありません!!」

その恐ろしいまでの威圧感に、流石の兵士達も血相を変えながら我先にと玉座の間を退室していった。
その姿をナイトはしばらく眺めていたが、やがて飽きたようにふぅっとため息をつくと改めて魅禄の方へ向き直った

「僕の乳母であり偉大なる賢者様。今夜はどうしたのかな?君自身がわざわざ会いに来るとなると…よほどの緊急事態なのかな?」

 そう言いながら、ナイトは彼女の身体を抱き締めるように優しく手を添える。魅禄はそれに抵抗することなく受け入れてクスクス笑いながら、彼に囁く 。

『いいえ。私がこうして会いに来たのは……貴方にお願いがあったの……聞いてくれるかしら?』

彼女の言葉に、ナイトはやはりという表情を浮かべると、今度は魅禄が妖艶な微笑みで彼の耳元で甘く囁く。フゥッと吐息がかかり……思わず背筋がゾクリとする感覚が走る。 兵士が去ったと言え一応はフリージルもそこに待機しているのだが…二人はたかがオウム一羽の視線など全く気にとめず、二人だけの世界に浸っていた。

わざと大声で鳴いたりクチバシを鳴らして催促するのは簡単なのだが…何よりも大事なのは魅禄の機嫌。長年彼女の使い魔として生きてきた知識と経験から、ここは多少帰りたくなっても我慢して大人しくしていた方が良さそうだと判断して、あえて彼は何も言わずにジッとしていた

「僕の賢者様から可愛くおねだりされたら断れないなぁ。それで?何がお望みだい?」

『まぁ!うふふっ。相変わらずお上手なのね。……私の可愛い陛下』

そう言って、彼女はゆっくりとナイトの頬を撫でる。そしてそのまま顔を近づけていき互いの唇が触れる直前……ピタリと動きを止めると、人差し指で彼の唇に触れて静止させた

『私のお願いは…【四季族の殲滅】
もう概ねの準備は整いましたの…。だから、貴方の近衛兵を私に貸して欲しいの。代わりに…“貴方の好きなモノ”を持ち帰りますわ?』

 まるで買い物を頼むかのような軽い口調で告げられた言葉。

その内容は一般人が聞くと耳を疑うような残酷な話ではあったが…幼い頃から乳母である彼女から施された英才教育の他に、元々の思想が歪んでいた事もありナイトは嬉しそうに目を細めると、ニッコリと笑って彼女を再び抱き寄せた。

「あぁ 勿論構わないよ。僕も丁度退屈していてね…君のお陰で、先代の時まではびこっていた古い思想の信者どもを捕らえていたけれど…遊び飽きていた所なんだ。

噂によれば君に引けをとらない美しい部族のようだし、手土産には期待するとしようじゃないか
 あぁ…君のおかげでこの僕の退屈が吹き飛ぶなら、どんな願いだって叶えようじゃないか。ねぇ……愛しい人……」

 ナイトは不意に魅禄を横抱きに抱き上げると、くるりと踵を返し歩き出す。突然の行動に魅禄は「あら……」と小さな驚きの声を上げたが、特に抵抗する気は無いらしく大人しく腕の中で彼に身を預ける。


「折角だから詳しい話の続きは…僕の部屋で聞かせて貰おうかな? 今夜は賢者様を独占したい気分なんだ」

そう言うと、ナイトは悪戯っぽい笑みを浮かべながら彼女の額に口付けをする。そして、それに答えるように魅禄も同じように首筋に腕を回して甘えると二人は玉座の間を後にするのだった…。

 その光景を黙って見守っていたフリージルだが、ようやく一羽だけになったことでようやく面倒な空気から解放された事で心の底から呆れたように深いため息を漏らすと……
誰にも聞こえぬ声で呟いた。


─―……バカみたいね…。踊らされてることに気付けないこんな奴がこの国の王だなんて……――


彼の呟きは、誰に聞かれることも無く静寂の中に消えていった。
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