第三章


 “秘密の共有”。と言ってこんなにもあっさり打ち明けてくれるものなのか? もしかすると何かを企んでいるのかも知れない……。


 そんな考えが頭の中に過ったマチルダは、改めて彼の様子を注意深く観察するが……本当に自分の事を信頼して話してくれているのか、それとも自分の事を利用するつもりなのか……やはりどうしても判断に困っていると、ふいにフリージルは真剣な眼差しでこちらを見据えた。

『ここからは言い訳になってしまうケド…もっと早くに、四季族の系譜を持つ貴方の存在に気付けていれば…もっとサポートしてあげられたのに…
護るどころか周囲からの酷い扱いを止めることも出来ず本当にごめんなさい…辛かったでしょう?ずっと…』

そう言われ、マチルダは一瞬言葉が出てこなかった。 本当にこちらを騙すつもりだったのなら、ここまでするだろうか?いくら演技としても…そこまでするメリットは無いはずだ。
 目の前の彼は目元に浮かんだ涙をハンカチで拭っており、こちらの境遇を憂いてくれているのは本当のことのように感じる。 フリージルの話は正直半信半疑ではあるが、これ以上疑う余地もないので、信じてみるしかないだろう。そう思い、マチルダは警戒心を緩めた

「……そんなに気に病まないでください。それに…わざわざ危険を犯してまで秘密を打ち明けてくださりありがとうございます それだけで充分です」
『あぁ…本当に優しい子…。そんな貴方に一つだけお願いがあるのだけど良いかしら?』
「?俺で可能な話でしたら…」

フリージルから改まってお願いをされ、マチルダは首を傾げながらも素直にその願いを聞き入れることにした
『うふふっ、簡単な話よ さっきも言った通り…四季族が王都から迫害されてから、森に結界を張ったと言ったでしょう?

……貴方だけに打ち明けるケド…国王陛下に不穏な動きがあるの…領土を広げるため、そして古い信仰を完全に排除する考えを聞いてしまって…。森には魔力が満ちているから大丈夫とは思ってても…やっぱり心配なのよ。本当なら今すぐにでも里帰りしたいケド…アタシは自由に動ける身じゃないし、迂闊に動いて正体がバレたら本末転倒だもの…

 だから…貴方にはカナメと一緒に森に行って欲しいのよ。力を貸してくれないかしら?結界が解除された時に合図を送ってくれれば大丈夫だから』

フリージルの言葉に了解をしたものの、同時にマチルダはふと疑問を抱いた。
確かに今の彼はこの王都における賢者として王の側近とも言える地位に就いているので自由に動くことは困難と言えど…どこかの機会で一人森に向かい、結界を解く事は出来ないのだろうか?と思っているとそれを察したのかフリージルは苦笑い気味に口を開く

『追放された身のアタシが呼びかけた所で再び迎え入れてもらえるとは思えないわ…。だから、カナメと繋がりを持つ貴方の力が必要なの』

まだ何となくだが彼への疑問は残っていたものの…自分なんかでは到底理解できない程に複雑な事情があるのは何となく伝わったので、それ以上追求はしなかった。

何にせよ、夢?の中でカナメとも四季族が持つ水鏡に関しても話をしていたので、それぐらいなら…とマチルダは承諾することにした。
「…わかりました。では、帰った後にカナメ様にも話は通してみますので、少しお時間を頂けますか?」
『えぇ、お願いするわ。…あ、でもちょっと待ってちょうだい アタシと話した内容は他言無用で良いかしら?この部屋は今、アタシが防音魔法で遮断しているケド…外じゃ誰が聞いているかわからないでしょう?』

 別にその程度なら大丈夫なのでは?っと思ったのだが、念入りに『今日のことはアタシとのヒ・ミ・ツ』と釘を刺してくるのでマチルダはやれやれと言わんばかりに苦笑しながら「分かりました」と返事をすると、フリージルはにっこりと微笑んだ

『それじゃあお願いするわね♡あぁそうそう、お願いしたい合図だケド…森の封印が解かれて中に入った時、この紙をそっと投げてくれるだけで大丈夫だから』


そう言って彼が手渡してきたのは小さく折り畳まれた白い紙。 フリージル曰く、魔力が込められているモノらしく、空中に放つと鳥の姿になって戻ってくれる様になっているそうだ。
 つまりは伝書鳩的なモノなのだろうと思いながら疑うことなく受け取とると、フリージルは安心した様子で立ち上がった。

『……もうこんな時間だから残りの仕事に戻るわね。あまり長居してたら色々と怪しまれちゃうし…それに、貴方も疲れているでしょうから今日はここでゆっくり休んでちょうだいね?』

そういえば時間も気にしてなかったな…と思い視線を時計に向けると9時を指しており、確かにカーテンの隙間から見える空もすっかり夜の帳が落ちている。
体力的には別にここから帰宅するぐらいは容易なのだが、外の出入りもそろそろ制限される頃だろうし、ここは素直に従うことにした

フリージルが退出する寸前、マチルダは最後に気になったことを彼に尋ねることにした


「あ、あの…最後に一つだけお聞きして良いですか? 貴方は王都に仕えることになって…容姿も名前も変えたと仰っていましたが、せめて昔の名前を教えていただけませんか?」


 ずっとフリージルが名乗った名前は仮のもので本名ではないと言っていたが、マチルダとしてはその名がどんなものだったのかがどうしても知りたかった。 すると、フリージルは一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐに穏やかな笑顔で口を開いた。

『…魅禄よ。』

 その瞬間、彼の姿が一瞬にして煙となって霧散していき、そこには最初から何も無かったかのように静寂な空気が漂うのみとなった。
残されたマチルダは、手元に残された白い紙を見つめながら、再びベッドに横になり、天井を見上げた

(王都の賢者様から直々に話しかけるとは思ってなかったし緊張した…。それに、元々は四季族だったなんて…)

 彼のまとうオーラが他の人々とは違いどこか特別なものであるのは確かなのだが…カナメの様なオーラとは違い、もっと何か異質な空気が流れていたような…。 長年王都の政権に携わっていたことも関係するのだろうか?
元、四季族と名乗る割にはそのほかの仲間に関してやや淡白というか……特に“長”という言葉を口にした時、何か強い思いを感じたが…

(……流石に考えすぎだな……)

そう結論付けたマチルダは、思考を切り替え、明日の予定について考えることにした。
(明日はここから帰って…洗濯とか部屋の掃除をしなきゃな……あぁ、あとは……)
そんなことを考えている内に睡魔が襲ってきたのか、次第に瞼が重くなっていく

ようやく緊張から解放された身体は疲労を訴えていて、逆らうこと無くマチルダはそのままゆっくりと瞳を閉じた。
12/16ページ