第三章

 予想外の人物が入室してきたこともあり、さっきまでイザヨイに対しては軽口を叩いていたリースも、流石に彼の登場には慌てて姿勢を立て直し敬礼の姿勢をとった。だが彼は小さく微笑み手で制止させると、そのままマチルダの方へと歩み寄った。 

近衛兵には保護されたかと思うと隊長には散々嫌味を言われ…その上、国王の側近でもある賢者までここに来てしまった事でマチルダの思考は緊張で真っ白になっていく……。
 そんなマチルダの事を知ってか知らずか、彼は優しく微笑みながら身をかがめて視線を合わせると、優しく語りかけてきた。

『イザヨイから事情は聞いたわ。脱衣所で倒れてしまったのね…身体は大丈夫かしら?それに……いきなりの事で驚いたでしょう?ごめんなさいね。』

優しい声色で話しかけられ、無意識に背筋が伸びてしまうが……それでも何とか平静を保って答える

「はい……。あの、身体はどこも問題は無いです。それに服まで貸してくれて有難うございます……。」
 何とか言葉を選びつつ返事を返したのだがやはりどうしても委縮してしまい、上手く言葉が出なかった…だが特に問題ないと聞きフリージルは『あぁ良かった…』と安堵の息を吐く。

とはいえ…普通ならこんなに近くで会話することなど出来るわけも無いので、未だにマチルダは緊張が解けずにいると、それを察してくれたのか彼はクスクスと笑ってみせる

『うっふふふ。やぁね、そんなに緊張しなくても、アタシ…別に貴方を獲って食べたりしないわよぉ』

「いやいやいや、賢者サマがそのワードを言うと冗談には聞こえまへんで……」
『あら失礼しちゃうわ。アタシにはちゃぁんと本命がいるから、つまみ食いなんてしないわよ! アタシの本命は…近衛兵に居るんだから♡』
「…え、ちょ……ガチなやつは流石に勘弁してくれません?」

(ある意味で)リースの的確なツッコミに、マチルダも内心で共感しているとそれに対しフリージルは少し頬を膨らませて『もぅ、聞いてくれたって良いじゃない』と反論しつつも、お互いにケラケラと笑い合う。
……何というかこういう身内にしか伝わらないノリを目の前で繰り広げられても、こちらはひたすら困惑するしかない…

 あまり他人との会話も得意とは言えないので傍観を続けていたが、どうやら二人にとっては慣れ親しんだ会話の流れらしく、特に気にすることなく二人で盛り上がっているので、こう言うときは徹底的に空気になるように徹して一旦会話が途切れるまでそっとしておくことにした。

しばらくするとようやくフリージルも本来の目的を思い出したのが、一度咳払いをしてマチルダに向き直った。

『……さて、冗談はこのぐらいにして本題に入りましょうか。リース、アタシ少しこの子とお話がしたいの 悪いケド席を外してくれるかしら?』

「?ほな適当に持ち場に居ますんで用件が済んだら教えてください」

 リースは一瞬不思議そうな表情を浮かべていたが、すぐにいつもの調子に戻ると小さく頭を下げた後、静かに部屋を出ていった。……正直、リースがいなくなるのは想定していなかったので少し心細い……

彼の退場と同時に、室内には静寂が訪れてしまう。街のイベントを行う演説の時に見かけただけの相手…カナメは少し敵意を見せていた相手ではあったが、この国の賢者といきなり二人きりにされてしまうというのは……予想以上にプレッシャーを感じる。

「あの、えっと……」
とりあえず何か話そうと思い口を開いたのだが、フリージルの人差し指によって止められてしまった。そして彼はゆっくりとした口調で語り始めた

『マチルダ君…だったわね。単刀直入に聞きたいのだけれど…貴方の系譜に、四季族に関係のある方がいらっしゃるでしょう?』

「っ!!?」
まさかいきなり核心を突かれる質問をされると思っていなかったので、思わず動揺を隠せなかった。
しかしここで動揺を見せればそれこそ怪しく思わせてしまうのでなんとか無表情を保ちながら「…何の話ですか?」と聞き返した。

 現在の王都において四季族の話題はタブーとされているので、下手な返事をすれば一発で死刑宣告をされてもおかしくはない。なので慎重に返答をしなくてはならない……のだが……不意打ちの一言に冷や汗が止まらなかった。


我ながら白々しい返事をしているとは思うのだが、フリージルは特に咎めることも無く静かにこちらを見つめている。まるで……こちらの心を見透かすかのように……
だがここで再び言葉を重ねて誤魔化したとしても、上手くかわせる程の話術は持ち合わせていないし、そもそも賢者相手に嘘を付くのは得策ではないだろう。

(四季族の系譜ってことは…多分おばあちゃ…カナメ様のことを言っているんだろうな…。だけどコレを認めたら俺は間違いなく処刑台行きだ……)

 一体どうするのが得策なのか……必死に思考を回転させていたが、全てを見透かしているような視線を向けてくる彼を前に、これ以上嘘を重ねる余裕も度胸も無く、マチルダは観念して小さく頷いて肯定の意を示した。

現在の王都は四季族に関わる全ての事を禁忌としていると言っても過言では無い。極端な言い方をすれば少しでも四季族に関することを匂わせるような発言をしようものなら、問答無用で牢屋行きだったり下手すれば断頭台だ。

なので一応は王都での言動も気をつけてはいたのだが……王都の賢者を目の前にしては流石に隠しきれるはずもなく、ただ素直に認めるしかなかった……。

それにより思考が一気に暗く染まっているのを感じた
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