第三章

次にマチルダが目を開けると、真っ白な天井とカーテンで仕切られた見知らぬ空間が視界に飛び込んできた。

(……??ここは…どこだ?俺、一体…)

 視界から得られる情報は少なかったが、カーテンで仕切られている状況的に…恐らくだがここは病院の様な施設っぽいのは理解できたが…慣れないベッドの感触と周囲の雰囲気のせいで、どうにも落ち着かない。
(…さっきまで図書館にもいたから何だか落ち着かないな…。えぇっと、途中で確か意識が遠のいたんだけど…その前に何があったっけ……)

 夢の中でカナメと会話していたとはいえ…急に目覚めた事で現実と夢の切り替わりによって頭も混乱しているので、意識を失う前には一体何があったかを改めて考え直すことにしてみた。

まずは雨の中。一人で雨宿りしている所をリースと名乗る随分と調子の良い…否、快活な青年に保護された。そのまま、宿泊所を紹介して貰い、風呂でもー…とか言われて脱衣所まで通された辺りで確か突然強烈な睡魔に襲われた…そこから次に目覚めると、カナメと再会した(夢の中で)

…当たり前だが、倒れてからの記憶なんてものは一切無く、その後どうやってここに来たのかはさっぱりだった。まずは横になっていた上体を起こして周囲を確認してみるが、マチルダは混乱気味に頭を抱えた

(お、俺……あの時途中までしか記憶が無いけど脱衣所で倒れたって事だよな?!幸い服は確か脱ぐ前だったと思うけどー…ってそうじゃない!!それで、えぇっと、あれは……っ!!うわぁあああっ!!ど、どうしようっ!!嘘だ…嘘であってくれ!!)

 不測の事態であったと言え、流石にとんでもない場所で突然意識を失ってしまった自分の状況を思い返してしまい、一気に顔が熱くなるのを感じる。

今更ながらあの時感情的になって飛び出してしまった自分の行動を激しく後悔するが、もう後の祭りで……羞恥心と自己嫌悪で居ても立っても居られなくなり悶える様に頭を抱えていると、仕切られているカーテンの向こう側から誰かの会話が聞こえてきた

(ん…?誰だろ……)
 カーテンを開けて様子を伺いたかったが、何だか今は下手に行動するのが憚られたので代わりに意識をそっちに集中させてみることにした。 すると先に聞こえてきたのは独特の喋り口調だったので、片方はリースであることはわかった

「いや~俺も近衛兵やし?一般人が困っとったら助けたるのが普通やん?まさかその後に風呂連れてったろと思ったら急に倒れたしびっくりやったけど」

内容から察するに…リースが誰かに自分のことを説明しているようだ…

「えぇ、事情はどうであれ…困っている一般市民を保護するのは、近衛兵として当然のことですので賞賛に値しますが…まずは保護した段階で直ぐに隊長であるワタシに話を通すべきでしょう?
 ましてや素性も分からない小汚い野良犬とあれば尚更ですねぇ…。まったく、いくら近衛兵と言っても慈善事業では無いのですよ?目が覚めたのが分かった後は、情が移る前に元いた場所へ返して来なさい。」

 少し聞き覚えのある声に記憶を探っていると、恐らくリースと喋っているのはこの間イベント開催の時に挨拶をしていた近衛兵隊長のイザヨイだろう…。それにしても何故だろう。こちらが様子を伺っているのは気付いていない筈なのに、言葉の内容に物凄く棘があるように感じる

(この会話内容……どう考えても俺のことだな…。それでも小汚い野良犬…って……。)

 例えようのない複雑な気持ちになり、何とも言えない気分になったマチルダだったが、そんな言葉に対してリースは相変わらず飄々とした口調のまま話を続ける
「へーへーすんませんなぁ。そないネチっこい説教やったら、そのうちまとめて(多分)聞くさかい今回も勘弁したってぇな。な?隊長サマ」

イザヨイが刺々しく説教しても全く同じず、それどころか軽く受け流すような軽口で言い返す。 それに対して苛立ちを覚えつつも、彼は何とか深呼吸をして平常心を保とうとしていた。ここで冷静さを欠いてしまえばより一層彼のペースに乗せられてしまう…その事が分かってるからこそ……怒りを抑える為に敢えて深く息を吸って吐く。

それを数回繰り返した後、努めて冷静な声で言葉を紡いだ

「……貴方には何度言っても通じないようですね……。ですが今は様々な場所から行商人を招くイベントの準備期間中なのは仮にも近衛兵である貴方ならご存じでしょう?そしてその期間中はいついかなる時も、何かあった際は国王陛下のために迅速に対応出来るように待機しておくのが我々の務め……つまり。こんな時に余計なことを増やさないで頂きたいという事なんですよ」

 最後の方は捲し立てるかのように言い切ると、今度は向こう側に聞こえないように小さく舌打ちをする。
だがその小さな音をリースはしっかり拾っていたようで、苦笑いをしながら答える

「ホンマ隊長サマはお堅いなぁ…そう心配せんでも、マッチールダルダには害あらへんと思うんやけどなぁ」


二人の会話をカーテン越しに聞いていたマチルダは一層頭を抱えた。 
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