第三章
「……」
指輪が何故、ミクリアの元で保管されていたのかについての経緯と祖父の過去…。マチルダは指輪を嵌めている方の手にもう片方の手を重ね、あの時ミクリアが指輪を渡すときに言っていた言葉を思い出す。
(じいさんは…俺のために継がすかどうか葛藤していたんだな…)
祖父がどんな思い出指輪を彼に託し、尚且つどのような思い出カナメに反発してでも意思を示したのか…今になってようやく全てを理解したのだった。
だが改めて思えば…あの時彼から指輪を受け取った時の自分は、周囲からその生業のせいで「死神」と揶揄され…忌み嫌われ続ける日々に自暴自棄になっていた。 ミクリアの言葉だって、話半分で聞いていただけで真剣に聞いてなどいなかったのだ…。全てがどうでも良くて、半ばやけ気味に、覚悟も何も無いままに一族の証を継承した…。
(俺…最低じゃないか……)
過去の自分を振り返ってみれば、どれだけ情けない男なのかと嫌になる。
そう結論づけた瞬間。胸に去来するのは後悔の念と懺悔の感情ばかりで、それはマチルダの中で大きなしこりとなって重くのしかかる。
この生業に対し歴代の先代達は相応の覚悟と誇りをもって、御霊流しを行っていたのだろうと思うと…こんな中途半端な覚悟しか持たず、只言われるがまま、求められるがままに行っていた自分を見てきっと失望していることだろう…今代の当主は、一族の面汚しだと思われているに違いない……。
そして何よりも祖父、アーネストの思いを考えもなしに無駄にした事への申し訳なさで、胸が押し潰されそうになる。
今更ながら、自分の愚かさを痛感させられて、情けなくて悔しくて…心がズキズキと痛む
(じいさんごめん……俺、じいさんの思いを何も分かってなかった……
サンちゃんの御霊流しをする時に…俺がこんなんだったからカナメ様があんなにも怒ったんだろうな…)
あの時はずっと頭がパニックで何もかもが分からなくなっていて…だが今。こうやって客観的に考える事が出来たお陰で冷静に理解することが出来たのだが……
『何か面白い記憶でも見つかっ…ほぉ、童。この記憶の映像を探り当てるとは中々やるではないか』
背後から突然彼女の声が聞こえ、完全に意識外だったこともありマチルダは思わずビクッと大きく肩を揺らし慌てて振り返ると、そこにはいつの間にか記憶の整理を終えたカナメが立っており、先程再生を終えて割れたシャボンを再生していた。
「あ…えっと……その……っ」
先程アーネストの記憶の一部である映像を見ていたこともあり、例えようのない様々な感情がこみ上げ、うまく言葉が出ない。 頭では何かを言わないと。と冷静に判断しているはずなのに…出てくる言葉は意味の無い単語の羅列ばかりで、余計に焦りが生じてしまい、それを何とか弁明しようとしても言葉が見つからない……そんなマチルダの反応にカナメは呆れた様子で苦笑する
『さっきから何じゃ ハトが水浴び中にうっかり足を滑らせて溺れたかのような情けない声だしおって』
「うぅ…だって、そ…その……」
カナメの言葉にますますマチルダは言葉が出て来ず、俯いたまま黙り込む すると彼女はマチルダの横まで移動して来ると、コホンッと大きめの咳払いをした
『……おい童。今からワシが言うことは大きな独り言じゃ。貴様は黙って何も言わずに聞いておれ』
有無を言わせぬ強い口調で言うと、反論する事すら許さないような眼差しで射貫かれる。それに観念したマチルダは小さく首を縦に振った。
すると、カナメはゆっくりと口を開き、まるで自分自身に言い聞かせるように言葉を紡ぎ始める。
『……アーネストがワシに対し、一族の未来について訴えおった時…ワシは世迷い言を…と思っておったが…。今になって改めて考え直すと、我が系譜の四季族が王都から存在全てを排除されたのを皮切りに、近しい者が忌み嫌われる存在として扱われるのを見ていると…案代アイツが言っていたことは的外れでは無かったのだと思うようになってな…
本当にこのままの道で良いのかどうか……いっそ、四季族に会って水鏡の占いで答えを出すのも悪くないと思っておる』
長い独り言を言い終えた彼女の表情は、普段の姿からは想像も出来ない程に真剣で…それと同時にとても弱々しくそして寂しそうだった。
何か一応声を掛けるべきだろうか?そう思いマチルダが口を開こうとすると、カナメはハッとして表情を整え軽い深呼吸をして誤魔化した
『それよりも!じゃ。ワシは記憶の整理を終えたのじゃからそろそろ起きるぞ!童。貴様が今どこでどうなっておるかは知らぬが、さっさと帰ってこぬかっ!!始祖様が【ほっとみるく】所望しておるのじゃぞ!?はちみつがたくさん入ってるあまいやつを!!子孫たるものそれぐらい察して早う準備せい!』
突然矢継ぎ早に欲求を伝えてくるカナメの様子にマチルダは呆然としていたが、不器用であるものの彼女なりに必死に気を遣ってくれていることが伝わってきたので、「…はい、おばあちゃん」とあえてそう呼んでやる。
いつもまならこのまま『誰がおばあちゃんじゃ』とか反論が飛んでくるのだが、そっぽを向きながらフンッと鼻を鳴らすだけで終わった。
…こころなしか耳元が赤くなってるような気がしたが、あえて触れないようにしていると彼女はいつものように指をパチンッと鳴らす。
それと同時にマチルダの視界は真っ白な光に包まれたのだった。
