第三章

今立っている場所は一応玄関らしく、そこから見て正面にある階段を上った両側には廊下のような通路が見える。構造的には城にある図書館と似たような作りだろうか?

 この場所に到着したのも驚きだが何よりもマチルダが驚いたのは、どこを見回しても所狭しときっちり収納されている本の数。勿論、本に厚さの差はあるものの、ざっと見渡す限りでも千冊以上はあるだろう。 それらを貯蔵しているこの空間の広さは一体どれほどあるのだろうか?という疑問も浮かぶが、今はそれよりも気になる事がある。

「カ……カナメ様、この大量の書物は何なんですか?それにさっきから漂ってるシャボン玉も一体…」

『さっきも言ったが記憶を管理する場所じゃ。貴様ら子孫が受け継いだ記憶は、全てワシに流れ込むように出来ておる。ま、早い話がここは歴代の当主達が御霊流しの歳に引き継いだ記憶の保管庫でな ワシとて記憶を管理するにも限界があるから、故に一定の量が集まるとワシはそれを収納のために眠りにつく。 ワシと繋がっている故、貴様もどこかで眠りについたと思うがそのせいじゃ』
「………」
『さて…説明はこのぐらいにして、ワシは今から記憶を整理するのでな、童はその辺で暇でも潰しておれ。掘り出し物の記憶があるかもしれぬぞ?
…あぁ言い忘れておったが、その辺で浮かんでおるそのシャボン玉は、貯蔵されている本から出た過去の記憶を映像として映す代物でな、時々本から勝手に飛び出してるから見るのは勝手じゃ
 再生が終われば消えるが…但し、興味本位で見て後悔したとしてもワシは知らぬからな』
「あ…はい。わかりました…」

カナメはある程度の説明を終えると、一人記憶の本棚の隙間へと消えていった。 その後を追って少し様子を覗いてみると、乱雑に積まれた本と向かい合う姿が見えた。 恐らくだが今回マチルダが担当した人々の記憶がああやって本となって管理されていくのだろう。

今は邪魔するわけには行かないので、とりあえず周囲を散策する事にした。

(にしても……改めて見ると本当にすごい量の書物だな…)

 天井の高さが三階分もあるため、壁一面にずらりと並んでいる本を眺めているだけでも圧倒される光景だ。それに加え先程彼女が言っていた通り、様々な場所にシャボン玉らしきものがいくつか浮遊してもいる
(さっきから浮遊してるコレ…誰かの記憶を再生するとか言ってたな)

正直今は何かする気も無かったので、取り合えず適当に近くを浮遊していたシャボンへ触れてみると、それは呼応するように軽く光ったかと思うと次第に目の前で映像が再生された。


そこに映し出されたのは自然と街がほどよく調和が取れている場所で、幼い少年が両親と共に手を繋いで歩いている姿で、楽しそうに会話をしながら歩く微笑ましい映像だ。

映像から見える周囲の建物を見る限り先代王が統治していた頃の王都の風景なのだろう…。こうやって思うと国王陛下が変わってからはどんどん発展が推し進められていた影響もあって近代的にはなりつつあるのだが、代わりにこの映像から感じられる穏やかで優しい空気は薄れてしまっていると思う
 しばし少年と両親の映像が流れ、しばらくは断片的に彼の記憶が断片的に流れていたのだが…次に切り替わった映像には、病院と思われる一室で先程の両親が泣いている姿と医師と思しき人物が深刻そうな表情を浮かべながらベッドの上で横になっている少年へ声を掛けていた。
映像の中の少年は虚ろな目をしながら、辛うじて聞き取れる声で力無く返事をしているようだったが、やがて意識を失ってしまったのかそのまま動かなくなってしまった所で映像の再生が終了し、シャボンは役目を終えたかのように弾けて消えてしまった

(…今ので映像が消えたから、少年の記憶って事か……)

自分の時では経験したこと無い記憶だったといえ…内容的に胸が強く締め付けられる思いだった。
(こういうのは……流石の俺でも苦手だ……)
このようなケースは祖父のアーネストが存命だった頃に経験したことは一応あるが、基本的に見習いだから。と後ろで見学させられていただけなので、実際に体験するのは初めてだった。だが実際体験してみてマチルダは表情を曇らせた

(さっきカナメ様が後悔しても知らない。って言ってたのはそのせいか…)

 確かに興味本位で見るには荷が重いものだったと身をもって実感させられたので、もうシャボンに触れるのは止めておこうと誓い、それからしばらくは背表紙に書かれた名前から、何となく選んだ本を手に取ってから適当にページをめくりってみた。

そこの記されているのはその人の一生。様々な経緯から記憶、趣味嗜好に至るまで……全てが一冊に記録されているので、軽く目を通すだけに留めつつ次々と手に取りながら流し読みする。
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