第二章
「……くしゅん」
カナメ達から別れ外に駆け出したマチルダだったが…宛もなく歩き回っているうちに大雨が降り出してしまった。
当然ながら傘なんて持ってきているはずもなく、慌てて近くの軒下へ雨やどりしたのだが…既に全身ずぶ濡れで、ずっしりと重みがあり服の裾もいつの間にか泥が跳ねたのか汚れてしまっていた。
「……っくしゅ……!……寒…っ…」
雨で濡れたせいで肌にへばりつく布の感触が酷く不快な上、徐々に体温も奪われるせいで余計寒さが増していき、マチルダはブルッと身震いしながらその場にしゃがみ込んだ。 こんなことなら葬儀屋を飛び出さなければ良かった…真っ先に家に帰っていれば…と今更ながらに思考がどんどん暗くなっていく。
そんな彼の様子を、道行く人は傘をさしながらチラッと視線を送ることもあるのだが、皆、厄介事には関わりたくないと言った様子で誰一人として声を掛けようとはしない。
まるでそこには誰も存在していないかのように素通りしていくのだった。勿論、時々目が合った人もいたのだが、すぐさま視線を反らされ足早に去られてしまう
「はは……っ、本当に……一人ぼっちになったみたいだな……」
マチルダは自嘲気味に笑うと、静かに目を閉じた。今の状態の自分が酷く惨めで情けなくて…。だが自分の足でもう一度立ち上がる気力も無く、只時間だけが過ぎていくのだが…雨は一向に止む気配も無い
「……情けないなぁ…俺……。」
自分が乗り越えなければならない事は分かっている。
だが、どうしてもその一歩が踏み出せない。
「……っ、俺はどうしたら良いんだよ……」
マチルダは無意識に呟いていると、不意に誰かがマチルダに声を掛けてきた。
「こんな所で何しとるんや?」
「……え?」
声に驚いて顔を上げると、そこには傘をさした黒いローブを着た男が立っていた。金色の長い髪をした華奢な男性で、前髪が長く目元が隠れているせいで表情が読めないが、口元はにっこりとしているように見える。
「何や事情は知らんけどこんな大雨ん中、捨てられた犬みたいに座っとっても風邪引くだけやで?」
「……っ」
突然得体の知れない相手から的確な指摘を受けてしまったが、マチルダは眉をひそめるだけであえて何も言わなかった。
何か反論する気力が無いのもそうだが、見た目的にも何だか相手にするのは危険そうだと思い、無視をするつもりだったのだが…目の前の青年は気にする事無く手を差し伸べてきた
「ほれ立てるか?近くに俺らの使ってる休憩所あるし、保護したるわ。あ、ちなみに俺リースね 王都の近衛兵やってるんやけど今はプライベートなんや」
「お、俺は…その…」
「まあまあ、話は中で聞いてやるからとりあえず来いって」
「……」
「ヒヒッ。大丈夫やって誰も取って食ったりせぇへんて。」
なんだか調子の良い男だな……と思ったが、今のマチルダにとってはどうでもよかった。 引っ張られる形で立ち上がり、マチルダは彼に連れられ、とある建物に入っていった。
そこは王都の兵士用の休憩所だが、簡易的にだが市民用の宿泊所も兼ねているらしい。今までは世話になったことが無かっただけに、いきなり見知らぬ場所に連れてこられたせいで例えようのない不安と場違い感から今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、青年……リースは構うことなくマチルダを引っ張っていき宿泊用の窓口に連れて行くと、そこの隊員に声を掛けた
「おーお疲れさん。ちょっとコイツ拾ったし風呂入れて飯食わしたってや あ、俺もさっき彼女に家追い出されたから今日はここに泊まらせてや♡」
「またですかリース殿!もぅ……毎回言っていることですが、ここは市民用にと使われている宿泊施設なんですよ?!緊急と言え…事前に連絡を下さいと何度も言ってるじゃないですか!手続きだってあるのに……。それに、特に貴方の場合は事前に申請をお願いしてるじゃないですか」
「ごめんやて。あ、でもちゃうねん 一応俺かて近衛兵やし困ってる民間人いたらこぅ……放っておけへんっていうやん?ましてや捨てられた犬みたいに震えとったら尚更やで
あ、ちなみにやねんけど俺が追い出された理由やねんけど。ちょーーっと可愛いシスターがおってな?連絡先聞いとこう思ったら彼女にバレてん」
ジェスチャーで主に胸のあたりを強調させるような仕草をするリースに、隊員もマチルダも呆れ気味だったが、仮にも彼は近衛兵。一応は上司なのでツッコミはほどほどにして二人分の宿泊手続きをしてくれた。
「ま、ゆっくりしていきや。そいやお前名前は?あとどこから来たん?なんであんな所に一人でおったん? ちなみに俺はここにほぼ住んでるからいつでも来て良いで?勿論彼女同伴でも良いで?あ、でも出来れば二人で楽しまんといてな?」
矢継ぎ早に質問してくるリースにマチルダは圧倒されつつ、どう返事すればいいのか分からずに戸惑っていると、隊員が助け船を出してくれた
「適当に返事するだけで大丈夫ですよ。いつもあぁなので…」
「あ、は…はい。」
こっそり教えてくれたのでとりあえず名前だけ名乗っておくことにした
「…マチルダです 今日はありがとうございました」
「マチルダね。うんうん覚えたで んで、風呂案内したらなあかんな。風邪引く前に行くでマッチールダルダ」
「ぶふっっwww」
名乗って数秒であだ名で呼んできた。 正直今まで呼ばれた事のないあだ名に、本人は呆然としていたのだが…なんか受付の方で吹き出す声が聞こえた気がした。
チラッと視線を送ってみると、平常そうな表情をしてはいるが口元が硬く引き結ばれ、小刻みに肩が震えているのは気のせいだろうか…?
リースは勝手にマチルダの手を取り脱衣所まで連れて行かれたところで突然急速な睡魔に襲われた。
通常に感じる睡魔ではなく…抗いようのない強烈な眠気。まるで深い穴に落ちていくかのような感覚に襲われ意識が遠のきそうになる。
「あ…れ……?眠…っ」
「あ?どないしたんマッチールダルダ」
何が何だか理解出来ないまま、マチルダはその場で崩れるように倒れ込んだ 。
