第二章

 移動する最中。思考はずっと“昨日の出来事が嘘であってほしい。”と都合の良い事ばかりを願っていた。あの時確かにサンを御霊流ししたのは事実と言うのは解っているのに…それでも……。

玄関の扉ノックし、重い足取りで入室すると相変わらず室内は様々な可愛い小物や装飾で飾り付けられていた。 普段なら事のついでに何か小物類が変わってないかな?とか気になって注意深く観察したりするのだが…今はそんな心の余裕も無いので、細長い廊下を進み、工房へ続く扉を開けるとそこには既にカナメの姿があり、近くにミクリアも待機していた。

「…いらっしゃい、マチボーイ」

 普段ならうっとおしいぐらいの明るく騒がしいテンションで出迎えてくるのだが…今回はいつになく真剣な表情をしているので、恐らく先にカナメから事情は聞いているのだろう。 説明する手間が省けたのは良いのだが今にも泣き崩れそうな気持ちをグッと抑えて、2人に向かって歩み寄っていく。
「……遅くなりました。」
『遅いぞ童。貴様がワシを置いていくから先にここで待っておったぞ。ほれ、さっさと上の階に来い』
「……」
「マチボーイ…姐さんから彼女の事は聞いたよ。……辛いだろうけど、おいで…」

ミクリアに促されても彼は終始無言で俯いていたが、共にらせん階段を登り2階にある安置室の扉を開けると真っ白な部屋の中央に白い棺が置かれており、その中には既にキレイに仕立てられたサンが眠っていた。

「!!…サンちゃん…っ」

マチルダはフラリと歩み寄ると、サンの顔を見つめて思わず息をのむ。

 昨日会ったときの彼女の顔は涙で濡れて、苦痛に満ちた表情をしていたが今は…ミクリアの手でまるで静かに眠っているような穏やかな顔をしている。  そして胸の前で組まれた腕の中には彼女が大事にしていた黒いウサギのぬいぐるみも一緒に安置されていた。 兄二人も最後の挨拶に来ていたのだろう…
「……っ。は…あ、ははっ……」

彼女のあまりに安らかな表情を見ていると、不意に乾いた笑いが漏れる。
まるで心が壊れてしまったのかと思うくらい、何も感じられなかった…。

 昨日はあれだけ散々泣き続けていたのがまるで嘘のように、冷静に彼女の姿を見つめることは出来たのだが…そっと頬に触れた時に手に伝わってくる冷たい感触。 その冷たさに……、もう彼女はこの世のどこを探してもいないんだと改めて理解させられてしまう。

そしてマチルダの心の奥底で何かがカチリと音を立てて、完全に壊れてしまったかのように、突然枯れ果てていた筈の涙が彼の瞳から堰を切ったように溢れ出し、止まらなかった。

「ああ……ぁぁぁあっ……!!」


 きっと昨日の出来事は悪い夢なんだ。
 
 彼女はまた変わらない笑顔で花屋に居るんだ。

 今度こそはちゃんと思いを伝えるんだ。

そうやって何度も現実逃避を繰り返し続けていたが…もう誤魔化しきれなかった。どれだけ自分に言い聞かせても、彼女の存在がもうここには居ないと言う事を自覚してしまい、それが耐えられずに泣き崩れると、マチルダはそのまま彼女の棺に縋り付き、声を殺して泣き続けた。

「マチボーイ……。あまり泣いていたらきっと彼女も困ってしまうよ?せめて最後の挨拶の時までは格好良く居ないと…ね?」
 
 背中から語りかけるミクリアの言葉はとても優しかった。だが、だからこそ尚更自分がとてもみじめに思えて……余計情けなくなる一方だ。 だがカナメはその光景をしばらく見ていたが、あきれた様子で彼に近寄ると見下ろしながら大きなため息を吐く

『全く、何をしておるか童よ。小娘が死んだ程度でいちいちメソメソしおって……情けない奴め。この程度の事でいつまでも泣いておってはこの先が思いやられるわ。 いいか!?貴様はワシの血を継いでいる一族の末裔なんじゃぞ!?その程度で毎回メソメソしておったら一族の恥じゃ!もっとシャキッとせぬか!』

 カナメは一族の始祖として、成り行きとはいえど現当主でもある彼に対し、説教と喝を込めた言葉を浴びせるのだが…流石に今の彼にはダメだ。とミクリアが見かねて止めに入る。

「姐さん!!マチボーイは今、精神的にも不安定になってるんだ。少しくらいは大目に見てあげてくれないか?彼にとって大切な存在だったなら尚更…っ」
『黙っておれ!これはワシら一族の問題じゃ!このまま幼子のようにいつまでも甘えさせてばかりでは童の為にはならぬ!! 感情を殺せとまでは言わぬが、こんなにも感情に左右されておっては案内人も務まらぬ!』
「………っ!で、ですがそれでは、マチボーイだって下手すれば彼の二の舞に…」

必死に庇おうとしてくれているミクリアに対し、マチルダは袖で乱暴に目元を拭ってからゆっくりと立ち上がり「もう良いんです」と口を開いた。
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