第二章

そしてその翌日。早朝に目が覚めたマチルダは、手早く身なりを整えるとリビングでくつろいでいたカナメの事など全く眼中に無いといった様子で、駆け出して行ってしまう

『?!お、おい!待たぬか童!何処へ行く?!』

いつもならある程度の会話もあるのだが、それすらも無くただ黙って走り去っていく後姿にカナメが戸惑いながらも慌てて呼び止め用としたが、彼女の静止の声すらも届いていないのか脇目もふらず走って行ってしまっので、彼女も慌ててふわっと身体を少し宙に浮かせて彼の後ろを追いかけた。

 今の王都はイベントが近いこともあり、早朝に向かっても常時交代で近衛兵の門番が待機していた。
 先日行った仕事の件で葬儀屋に用事があると説明すると普段出会う門番のように嫌味を毎回言われて絡まれる事もなく近衛兵と言うだけあって対応は機械的で無駄が無く、スムーズに通してもらった後は、その足でまずは教会へ向かった

普段ならここの某シスター目当てで来る人も多く居て少し賑やかだったが…今の時間は純粋に祈りを捧げにきた人達しかおらず静まり返ってくれていたのは、荒れ狂う心を鎮める事も含めちょうど良かった。

 空いた席に座り、マチルダは首から下げているロザリオを握りしめながら一心に祈りを捧げる

【彼女の新しい人生と幸せを……】

マチルダは熱心に祈り続けるが、所詮彼らは魂を在るべき場所へと導く案内人に過ぎないので、彼らの生前の記憶を引き継いでも御霊流しを行った後の魂の辿り着く先など、彼ら一族でさえわからない。
 そもそも死者の魂がその後どうなるのかさえ誰も知らないだろうし、自分が祈った先の神であれきっと答えられないだろう…
だがそれでも…人智の及ばない領域の存在に縋ることで、自分が見送り続けた人々を。そしてなにより、自分自身を救済して欲しかった。

「う…っ、ひぐっ……」
気を抜くと引き継いだ数多の記憶の中にある悲しみの感情と、自分の今の状況に反応して暴走しそうになるのを必死に耐えながら、マチルダは祈りを捧げ続けていた

(泣くな……。泣いたら、いけないんだ……っ!!)

暫くそうやって時間が経つのも忘れて一人でいると、早朝の仕事担当だったレルクが彼の姿を見つけるといつもの調子で駆け寄ってきた
『あらマチルダ君じゃない〜♪おひさー!アンタがこんな時間からお祈りに来るなんてほんっとう物好…き……え?ちょっと!どうしたのよ!』
サボり目的も含めていつものようにちょっかいのつもりだったのだが、顔を上げたマチルダの顔は目を赤く腫らし鼻も赤く染まっていた。 憔悴しきった表情を見て言葉を失ったが、慌てて隣に座ると呼吸を整えてから俯いて震えたままの背中を優しく撫でてくれた

『どうしたのよ……あんたらしくもない……一体何があったの?』
流石のレルクも茶化す気にはなれなかったので、優しい口調で問いかけてみたが……。彼は無言で首を横に振って「なんでもない」と答えるだけだった
『なんでもないって…そんなひっどい泣きっ面しててよく言えたわね。アタシだってこう見えても結構長く生きてるんだし、少しくらい話してみなさいってば』

 普段通りの軽いノリではあるが、真剣なトーンで言われてもマチルダは頑なに口を閉ざしたまま何も喋ろうとしなかった
「……っ」
その様子を見て何かを感じたレルクはため息をつくと、それ以上無理に聞き出す事はせずに黙って傍に寄り添ってくれていた
『……』
時折思い出したかのようにしゃくり上げる声を漏らしながらも黙々と祈りを捧げ続けている姿を見て、レルクもそれ以上は何も言わずに見守ってくれていたが「シスターレルク!そんな所でサボってないで仕事してください!」と叱りつけるような声が聞こえてきたので、振り返れば入口に眉間に青筋を立てて怒りの形相をした同僚の姿があり『うげ』と思わず声を出してしまった。

『あーはいはい うっさいわよ』
舌打ち混じりに返事をすると、渋々レルクは立ち上がり仕事に戻ることにした。 このまま無視をするのも良いのだが、この教会を管理しているマザー・ヴァレンチノの耳に入ればただでは済まないだろう。というか確実に怒られる。

 折角セフィリアと共に住み込みで衣食住が保障されてる環境だというのに、追い出されはしないにせよ、説教と共に給料が減るのは死活問題なので業務に戻ることにした


レルクも離れてくれたのは良かったのだが、このまま居座っていても合間を見て絡まれたりセフィリアにも絡まれそうな気がしたので、お祈りも終えて教会を出ると次はミクリアの葬儀屋へと足を運んだ。
20/23ページ