第二章

『いつまでそうやって情けない姿をしておるのじゃ愚か者。さっさと小娘の魂を取り出して御霊流しをせぬか。 さっきの奴らが童を呼んだのもその為じゃろ』

こちらの感情よりも自分の仕事の事を優先させるカナメの言葉に、思わず「だって……っ彼女はただ、自由を夢を見ていただけなんですよ?!なのに…なんで、こんな……っ!」と感情的に反論をしたのだが、カナメは容赦なく言い放った。
『えぇいうっとおしい!!貴様みたいな子孫を持ってワシは嘆かわしいわ!』
 彼女が促しても一向に行動に移さず、ましてや感情に流され本来の役割を全うできない彼に、カナメは心底呆れた様子でマチルダを一喝すると、痺れを切らした様子でマチルダを押しのける。 そして軽い黙祷をしてからサンの身体に触れると、彼女の身体から一羽の青白い蝶が現れたのを目視で確認した後、その場でパチンッ!と指を鳴らした。

それと同時に彼ら周囲の空間が暗転し、すぐに魂を送るための狭間へと移動した。

夕日が輝くいつも港町が広がる空間に来ても、マチルダは相変わらず呆然と立ち尽くしたまま、動く素振りすら見せないので、業を煮やしたカナメが怒鳴りつける。
『貴様はいつまでそうやって使命を放棄するつもりじゃ!!さっさと準備せい!!』
 カナメの怒声に、マチルダは柄にもなく反論をしようと口を開きかけたのだが、今はこんな所で口論している場合では無いとぐっと言葉を飲み込んだ。

それから少しの沈黙が続いた後。周囲を見回して蝶を探していると、迷子の子供のように頼りなく彷徨う一匹の青い蝶を見つけたのでマチルダは優しく呼びかける。
 涙を堪えながら、自分の姿を思い出すように諭してやると蝶は彼の呼びかけに応えるように目の前まで移動すると、人の姿へと変化した。

「!!サンちゃん…っ!う……ぅぅ…」

彼女の姿が見えた途端。マチルダは堪らず彼女を抱きしめようとしたのだが…霊体となった彼女に触れられるわけもなく、その腕は空を切り、虚しくも宙を掴んだだけだった。

「………。ん、あれ?私は…。マチ君…と…え?どちら様?」
目覚めたばかりでまだ状況が掴めていないのだが、目の前で泣いているマチルダと、見知らぬ港町。そして初めて見る女性の姿にサンは混乱を深めていたが…カナメは淡々とした様子で説明をしていく

『この空間はワシが作った世界。御霊流しを行う際に、死者の魂をあるべき場所へ送るためだけに存在する狭間と呼ばれる場所じゃ』
「?え?えっと…狭間?それに…死者の魂って……」

 畳み掛けるように様々な情報を一気に説明されたのだが…サンはまだ混乱しているようで、困った様子で首を傾げたり周囲を見回している。こういうときの説明は、マチルダが話した方が上手く伝わりやすいのだろうが……

肝心の彼は嗚咽を漏らしながら静かに肩を震わせていた。なのでカナメが代理で喋ってはいるのだが、いかんせん必要最低限の会話しかしてくれない為、中々理解しにくい内容になってしまっていた……

 ナイフで自身の命脈を絶ったと思えば、次に目を覚ましたときは全く見知らぬ場所に来て、マチルダは号泣していて、知らない女性が目の前にいるのだから…理解しろ。と言う方が難しいだろう。 否、案内人であるはずのマチルダが感情に流されたままなので、このままでは御霊流しが失敗してしまうと思いカナメが急ぎ気味に呼びかける

『全くこの童は…っ。貴様が落ち込もうが後悔しようが勝手じゃ!だがな!!今は御霊流しという一族の使命を忘れるでない!出来ぬ出来ぬと拒否して時間切れを待つのも可能じゃが…代わりに小娘は永久に消滅するだけじゃぞ?』
「!!そ、それだけはダメだっ!!えっと…あ、あの…サンちゃん!手を…手を出してほしいんだ」
「え?う、うん…」

 カナメの一喝でマチルダは切羽詰まった声で顔を上げると、涙でぐちゃぐちゃになった顔を袖で拭いながらサンにお願いをする。 彼の切迫した様子に戸惑いながらもサンは右手を差し出すと、マチルダはその手を両手で包み込むようにして重ねた。

そうして引き継がれていく彼女の記憶の中には、兄二人と過ごす幸せそうな時間だったり、マチルダと過ごした幼少期の記憶、そして母と共に過ごしていた温かな日々だったりと、生前の彼女の想いが沢山詰まっていて……そして最後に流れた記憶は、彼女が体感した恐怖と孤独。そして無限の悲しみ…
それら全てを引き継ぎ終わったのも束の間。マチルダは再び込み上げてきた悲しみに瞳を潤ませて再び泣き出した。

そんな彼の涙をサンは困惑しながら心配で近寄ろうとしたが、不意にカナメによって腰元を担ぎ上げられたかと思うと、停めてあった小舟へと放り投げるようにして乱暴に乗せられてしまう。

「ひゃわっ!?ちょ、ちょっと待って!一体どういう……」
『これから貴様は、この小舟に乗って長い旅に出るのじゃ。魂となった者が、新たな生を得るための……な。ワシらの案内はここまでじゃ では、達者にな』

 呆然としている彼女を余所に、ロープを手早く解き小舟を足で蹴ってさっさと送り出してしまおうとしたのだが…背後からマチルダの制止の声が上がった。
「待って…待って、ください!カナメ…様っ!!少しだけ…少しだけで良いんです、最後にサンちゃんと話をさせて下さい」


マチルダの悲痛な叫びに、カナメはため息交じりに舌打ちをしたが『鐘が鳴るまでじゃ』と言って、持っていたロープを手渡し二人から離れた。 
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