第二章

 無言でレーンは立ち上がりサンの目の前まで近寄ると、強引に彼女の腕を掴むとすかさずシーラも反対側の腕を掴んだ。突然の事に何が起きたか理解出来なかったサンだったが、ハッと我に返ると身を捩って抵抗する。

「…サン、こっちに来るんだ」
「や、やだ。絶対にイヤ!!」
「来い!!」
レーンの怒号にサンは怯えて身体を震わせる。サンの抵抗が弱まった隙に、二人はそのまま引きずるようにしてリビングから彼女を無理矢理連れ出す

「放してよ…!痛い……っ!!」
「サン、あまり暴れると余計に手酷くなるぞ?」
「やめて……っ!!兄さん達、お願い!放して……っ!!」

 必死に振りほどこうと抵抗するサンだが、二人がかりで両腕を掴まれては身動き一つ取ることが出来ず、ただ二人に引っ張られるまま連れてこられたのは物置部屋。

最近はほとんど使う用事も無かったので掃除もロクにしておらず空気が悪い。照明もチカチカと接触が悪いのか不規則に点滅を繰り返している。

そんな部屋にいきなり押し込まれてしまい、ドンと背中を強く押されてしまいサンはバランスを崩してしまい床に倒れ込む。

「っう……!」
痛みに顔をしかめている間も無く、背後で扉の閉まる音がしたかと思えばガチャリと鍵が掛けられてしまう。突然の出来事にサンは動揺し、恐怖から顔を青ざめさせて扉をドンドンと叩いて向こうに居る二人へ訴える

「!!兄さん達開けて…っ!ここから出してよ……っ!!」

しかし彼女からの訴えに二人は耳を傾けることは無く、レーンは扉に背もたれると小さく息を吐きながら、感情の篭っていない冷たい声で一言だけ告げる。

「お前はしばらくそこで頭を冷やしていろ」

彼の冷たく突き放す言葉に、サンは目を見開き声にならない悲鳴をあげる。

そんな……どうしてこんな……? 私はただ……
私はただもう一度……あの人とお話がしたい……それだけなのに……どうして……っ!? どうして分かってくれないの……っ!!

 扉の向こうにいる二人に絶望し、サンはその場に力無く座り込み項垂れる。そして次第に思考が追い付かなくなり、自然と瞳からは勝手にポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる

「レーンも僕もサンが心配なんだ。……でもサンはそれを分かってくれないからしばらくそこにいるんだよ?」

サンは泣きながら何度も扉越しに「反省した」「出して」と懇願するが、二人は一向にその願いを聞き入れようとしなかった。
「……行くぞシーラ」
「…うん」

――――
 二人は足音を忍ばせながらリビングに戻ると、さっきまで食事をしていた席に座り、そして同時に揃って大きく思いため息を吐き合った。そのまま沈黙が続いていたが、やがてレーンが先に口を開く

「………つい昔の名残で…母さんに怒られた時みたいに、アイツも物置で反省させる事にしたが…。はぁ…」
レーンは後悔しているのか、額を抑えつつ天井を見上げると、気まずそうに言葉を濁す。その気持ちはシーラも同じなのか、彼もまた複雑な表情をして俯き気味に肩を落とす

「……軽蔑したいならして良いぞ。融通の利かない長兄だとな……」

「……僕は……別にレーンの言うことは間違っていないと思うよ。でも、レーンも僕も…サンのことをちゃんと見ているようで、見てなかったのかも知れないね。いつまでも幼い頃の記憶に縋って、無意識に妹を子供扱いしていたのかな……?はは……何やってるんだろうね僕ら……」

自分達の不器用さを改めて痛感したのか、二人は自嘲するように乾いた笑いを漏らすが、すぐに気落ちした様子で黙り込んでしまう。

「過保護なのは自分でも理解はしてるんだが……あぁもうクソっ!!俺だってあんな事言いたかった訳じゃ無いんだ!俺だって本当は……!!」
「レーン……。そんなこと言ったら僕だって…僕だって本当はサンを応援してあげたいよ。でもサンを危険な目に合わせたら、それこそ母さん達に申し訳ないじゃないか……!
でも、だからといってサンの考えを全て否定しちゃった自分が今更だけど凄く嫌なんだ…!!」

お互いに後悔の念を口にすると、どうしようも無い気持ちが溢れ出し二人は無言のまま視線を背け合う。

 幼い頃から兄妹仲は良かったが、ここまで本気で喧嘩をした事は初めてだった。

だが…今回の件に関しては、二人共それぞれで思う所があり、譲れないものがあったのだ。二人はサンを心から愛しているが故に、サンの幸せを願っているからこそ、二人とも意見を曲げる事は出来ない。 それが兄である二人の責務であり、本音だ。


いくら罪悪感が募ろうとも……譲ることは出来ない。


しかし、だからと言ってずっとこのままというわけにはいかない。何より、サンをこれ以上悲しませる事は兄としてしてはいけないことだと二人は考えていた。
 だから、何とかしてサンを宥めないといけないのだが……再び揃って大きなため息を吐き合ったが、突然レーンが苛立った様子で机を叩きながら勢いよく立ち上がりシーラへと告げる。

「あぁもう!日付変わったら鍵開けに行くぞ!!それで、例のイベントだが…俺らが同伴するとか言ったらまた振出しに戻るだろうから、マチルダに協力させるぞ!」

まるで自分自身に言い聞かせるかのようなレーンの言葉に、シーラは最初目を丸くして呆然としていたが徐々にその意図を理解したらしく、ようやく表情を緩めた
「…ふふふっ。そうだね~彼なら安心だし協力して貰おうか~。 でもまずは…ちゃんと仲直りしてからだね」

そう言うとシーラは椅子から立ち上がると先にキッチンに向かっていったレーンの後ろを追った。

 するとぶつぶつと独り言で文句を言いながらも、手際よくお菓子の準備をしているレーンの背中があり、思わずシーラはクスッと微笑む 。
だが指摘すると恐らく怒りそうなので何も言わず手伝いに回ることにした。
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