第二章

マチルダが帰宅してからの夜。夕食をいつも通り共に終えて食後のティータイムを楽しんでいた三人だったが、不意にサンは思い立ったように口を開いた それは数刻前にマチルダと話していた王都でのイベントについて話すために

「ねぇ兄さん達…ちょっといい?相談したいことがあるんだけど」
「ん?どうしたの~サン。そんなに改まって」
「何か悩み事か?俺たちでいいなら相談に乗るが…」
はやる気持ちを抑えるべく深呼吸をして気持ちを整えると、真剣な眼差しで二人を見つめる

「……。兄さん達あのね…私、今度王都で開かれる行商人が集まるイベントに行ってみたいの。行商人アキさんの所に」
サンの口から思いがけない人物の名前を聞いて二人は思わず唖然とする
「え…っ?」
「サン…それは一体どういうつもりだ?」

彼女からの告白は全く予想もしていなかったらしく二人とも完全に動揺していたが、彼女は更に続けて自分の思いを打ち明けた。 少しぐらいワガママを言っても大丈夫…。マチルダだってそう言ってくれたのだから、きっと彼らなら分かってくれる…そう信じて

「……昨日行商人のアキさんに会ったとき。初対面の人だったけど…初めて自分がオッドアイだってこと話したでしょ?その時あの人は……自分と同じだ。って喜んでくれたし、それに…宝石みたいでキレイって沢山褒めてくれて…

だからその…もう一度会ってみたいの!一緒に行商人をしてみたいとかじゃなくて、文通で良いからもう一度…あの人とお話がしたいだけだから…っ!一人で行っても良いでしょ?」

 サンは真っ直ぐに二人を見つめ、自分の思いを初めて訴えた。今までこんな風に自分の意思をはっきりと伝えたのは初めてだったかもしれない 普段は消極的で人見知りの激しい彼女だが、今回ばかりは必死に自分の思いを伝えた。
 
だが、返ってきた反応は、彼女の予想に反してとても冷ややで二人は険しい表情でお互いの顔を見合わせると首を縦には振らず、逆にサンの意見を否定するかのように言葉を返した。

「サン…お前、正気なのか?」

レーンの冷たい言葉にサンは思わず息を呑む。いつも優しい彼がどうして急に厳しい事を言ったのか、何故自分達の考えを否定されるのか……。

「レーンの言う通りだよ。どうして急にそんなことを言うのか教えて欲しいな」
レーンの反応に戸惑っていると、シーラも何かの聞き間違いかな?と苦笑い気味に聞き返してくるのだが、声のトーンが明らかに低いことからサンは酷く困惑した様子を見せる。

どうして二人共反対するの……?
どうして……

二人に問い詰められ、サンは萎縮してしまうがそれでも負けじと言い返す。
「…~っ!私はいたって正気だし、本気でそう思ってるからお願いしているの!!どうして兄さん達は反対するの!?」

 普段は物静かな彼女からは想像もつかないほど珍しく声を震わせながら必死に反論するが、それでも二人は態度を改めようとはしない。むしろより一層二人の表情は険しくなり、特に長兄のレーンは不機嫌そうに表情を歪める

「…サン。そんな下らない理由なんかでわざわざ危険を冒す必要は無いだろう?」
「っ!下らない理由なんかじゃ無い!私だって……私だって一度で良いから外の世界も見てみたいの!!
兄さん達がいつも守ってくれているのも理解してるつもりだし、感謝だってちゃんとしてる……。だけど少しぐらいワガママ言ったって良いでしょ…っ?!」

今までずっと二人の敷いたレールの上を進み、二人の望む姿。存在として生きて来たサン。
だからこそ一度芽生えた“自由”への渇望。外の世界を見てみたいという好奇心。オッドアイの自分を見せても否定せず受け入れてくれた相手への……。

サンにとってそれらの感情は生まれて初めての欲求であり、その思いを無下にされたくない……どれもこれもサンにとっては初めての経験で、失いたくないものばかりだった。だからこそ彼女は意地でも考えを曲げるつもりは無く、声を張り上げ必死に食い下がる。

しかしそれでもレーンは眉間にシワを寄せると、静かに口を開き、まるで諭すように言葉を放つ

「……サン。お前は世間知らずだ。昨日の行商人に会いたいというのは勝手だが、少し意気投合したぐらいで得体の知れない奴相手に深追いして、もしそれで攫われたりしたらどうするんだ?
……俺達ははお前が可愛い。だから危険な目に合わせたくない。分かるな?」
「僕らはサンの身を案じて言っているんだよ?大事な妹にもしもの事があったらって思うだけで……気が気じゃないよ」
「……っ」

 兄の言葉は至極最もで、サン自身もそれは頭では理解していた。だからといってはい分かりました……と簡単に引き下がれるわけもなく、サンは唇を噛み締めてたまま首を横に振って否定の意思表示をする

「まだあの人がそんな危険な人だって決まってもいないのに全てを否定しないで!!兄さん達の分からず屋っ!二人の過保護すぎるところが正直言って嫌い!大っ嫌い!!」

 サンは今までに見せた事が無いほど激しく怒り、そのせいで瞳には涙が滲み、口調もどこか子供っぽいものになってしまっていたが、突発的に口にした言葉は彼らにとって禁句とも取れるものだった。

「っ!サン!!俺が言っているのはそういうことじゃ無い!!」

サンの言葉に対し、ついにレーンは我慢の限界に達したのか、苛立った様子を隠すこともせずに机を叩く。その音に驚きサンはビクッと肩を震わせたので、シーラがそっと仲裁に入る

「レーン落ち着いて。…ねぇサン、僕も今の王都に君が行くのは反対なんだ。 あまり良い噂を聞かないからね。それに一人で行ったら何かあった時に……」
「~~~っ!!シーラ兄さんもそう言って結局私を否定ばっかり……っ!私が子供だから?!成人だってしてるのに、どうして私の意思を二人は無視するの!?」

 もう何もかもが嫌になったサンは、堰を切ったように今までの不満が溢れ出し、涙を流しながら必死に反論する。

どうして彼らはこちらの気持ちを理解してくれないのか。

 二人に対し怒鳴りつけるサンに対して、レーンはこめかみを押さえて深いため息を吐く。 それにより室内に重苦しい沈黙が続き、サンのしゃくりあげるような泣き声だけが響く中、レーンは苦々しい表情でシーラへと視線を送る。すると彼も意図を察したようで、軽く首を縦に振って了解の意を示す。
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