第二章
告白する勇気すら持てなかったマチルダなんかには、嫉妬する権利も無い。
カナメにそう言われてしまい、自分が今。サンの部屋に居ることすらも忘れて頭を抱え衝動的に叫び出しそうになるのを、自制心をフル活動させて堪えるので精一杯だった。
彼女が勇気を出して悩みを打ち明けたとき…自分も勇気を出して一言でも思いを伝えていれば、きっと未来は変わっていただろう。
なんなら彼女の兄二人とも公認の仲にだってなれただろう。……いや、彼らはそれも見越していたから、あえて二人きりの時間だって作ってくれたのかも知れないが…
だがいずれにせよ。もう遅い
彼女の気持ちは、マチルダの無責任な後押しのせいで気持ちが変わってしまっているのだ。今更告白したところで彼女を困らせるだけ、それどころか傷つけるだけだ
「そうと決まれば今夜にでも私…兄さん達に王都のイベントに行って、行商人のアキさんに会いに行ってみたい。って言ってみるね!
ダメって言われるかもしれないけど…それでも一度くらいは…ね?」
サンは決意を固めた様子でマチルダに笑いかける。その笑顔は今まで見たこと無いほどに眩しく輝いており、それが一層マチルダの心を深く抉る。
だがここは悟られぬように何とか作り笑顔を浮かべ「…応援してるよ…」と返すのだけで限界だった
だがそんな彼の葛藤や心境など露知らず、サンは嬉しそうに彼の手をぎゅっと握って、いつになく喜びを露わにしてくれるのだが…それに対しマチルダはますます罪悪感を募らせていく。
【一刻も早くこの空間から消え去りたい】
その思いだけが頭の中を支配し、この場から逃げるために何を言うべきかと必死に思考を巡らせた結果
「ごめんサンちゃん……ちょっと俺、この後用事思い出したからそろそろ帰るね……?」
「え?あ、うん……?そうなの?」
「ごめん……っ。せ、洗濯物…干しっぱなしにしちゃってて…」
我ながら苦しい言い訳かも知れないが、突然帰ると言いだしたマチルダに、サンは驚いた様子でキョトンとしているが、それでもマチルダは申し訳なさそうに何度も謝りながら立ち上がる。
そして半ば強引にサンの手を振り払うと、「本当にゴメン……っ」と再度謝罪を呟いて足早に部屋を後にする。
そのままの勢いで廊下に出ると心臓は相変わらずバクバクと煩いし、額からは冷や汗が流れ落ちてくる
無意識的に涙も溢れてしまい視界が歪むが、何とかターバンで目元を強く擦って堪えて店の方に向かうと、閉店準備をしていたレーンから夕食のお誘いもあったが、今は一刻も早くこの場から逃げたい気持ちの方が強かったので丁寧にお断りをして帰宅することにした。
だが家に帰るまでの十数分の道中。夕暮れ時の道のりは普段以上に長く感じながら自宅に辿り着く。
マチルダは着ている仕事着もそのままにリビングのソファーに吸い込まれるように倒れ込むと、クッションに顔を埋め堰を切ったかのように溢れ出る涙を抑えることなく嗚咽交じりの声を漏らし始めた。
「どうせ…どうで俺なんか……っ。意気地無しでヘタレで好きな子に告白すら出来ないクズ野郎だ…!」
『ハァァ…。情けないのぅ全く』
「うう……っ」
自分の不甲斐なさと、カナメの呆れ返った溜息に余計に泣きたくなってきたマチルダは更に自己嫌悪に陥る。本当は告白したかったのに…きっかけもあったのに…何も出来なかった自分が恨めしかった。
「…だって…俺が……俺なんかがサンちゃんの事を好きだと言ったところで、迷惑にしかならないじゃないか!きっと…嫌われるに決まってる……。皆から忌み嫌われる生業をしてる俺なんか…っ。絶対に嫌だって断られるのは目に見えてるんだ……!」
だからと言ってサンが他の誰かとくっついて幸せになる姿を見守り続けるなんて出来るわけがない。結局は自分だって彼女の傍に居たいし、一番近くに寄り添っていたいのに……。
本当は断られることが怖くて…勝手に自分の生業のせいだとか言い訳して、勝負をする前から勝手に諦め、勝手に自暴自棄になってしまっている。
最初はやれやれ…と見守っていたカナメだったが、いつまでもうじうじと呪文のように後悔の言葉を吐き続けるマチルダの様子に、段々と怒りのゲージを募らせていく…。
だがしばらくして、堪えきれなくなった彼女は心底面倒そうに深い深いため息を吐きそして机を勢いよくバンッと叩き怒りを露わにする
『はぁぁぁ…。あぁもううっとおしいのぉ!!あの小娘の鈍感さも大概じゃが、童もその勝手に結末を決めて勝手に落ち込む性根を何とかせぬと、一生このままじゃぞ!!?』
「……っ。わかってる…」
マチルダは目を赤く腫らしながら涙声で反論するが、カナメは苛立ちを隠そうともせずに彼に怒声を浴びせかける
『分かっておらんから言っておるんじゃろうが愚か者!勝負すらしておらぬ癖に勝手に理由を付けて自分を卑下するのは愚か者の最たる例じゃ!仮に貴様があの小娘に想いを伝えたとして……それが駄目だったとしても。それは結果じゃ!
貴様自身がそうやって最初からダメだと思ってしまうのが問題なんじゃ! まずは当たって砕けてから考えても良いのではないか?少なくともこのワシは、例え結果が悪くても……それこそ何も伝えなかった方がずっと後悔する。そう思うがな』
一通り説教を終えると、カナメは再び大きなため息を吐きながら乱暴に椅子へと腰掛ける。
『はぁ…何かワシも一気に疲れたわい……。とにかく童。貴様はさっさと部屋に戻って大人しく寝ておれ…
小娘に関してじゃが、番犬兄弟にわがまま言うとか言っておったじゃろ?その結果次第で、童が慰めるか同行するかとか出来るではないか きっかけなぞ幾らでもあるんじゃ!本気で小娘を思うならいい加減腹をくくれ』
「………」
カナメにいつも以上に強めの説教をされても尚。マチルダは返事もせず黙り込んでいたが、やがて鼻声でボソッと口を開く
「……おばあちゃん、俺……どうしたらいいかな…?」
『貴様……。ったく…本当に世話の焼けるやつじゃのぉ……。では次に小娘と会ったとき、ワシが後ろから助言してやるからその通りに行動せい』
「……うん…」
ようやく納得したのか、マチルダはふらつきながらも立ち上がり、言われたとおりに自室に戻るとそのままベッドに倒れ込む。そして数分後、部屋の明かりが消える頃には穏やかな寝息を立てて眠りに就いていた。
カナメにそう言われてしまい、自分が今。サンの部屋に居ることすらも忘れて頭を抱え衝動的に叫び出しそうになるのを、自制心をフル活動させて堪えるので精一杯だった。
彼女が勇気を出して悩みを打ち明けたとき…自分も勇気を出して一言でも思いを伝えていれば、きっと未来は変わっていただろう。
なんなら彼女の兄二人とも公認の仲にだってなれただろう。……いや、彼らはそれも見越していたから、あえて二人きりの時間だって作ってくれたのかも知れないが…
だがいずれにせよ。もう遅い
彼女の気持ちは、マチルダの無責任な後押しのせいで気持ちが変わってしまっているのだ。今更告白したところで彼女を困らせるだけ、それどころか傷つけるだけだ
「そうと決まれば今夜にでも私…兄さん達に王都のイベントに行って、行商人のアキさんに会いに行ってみたい。って言ってみるね!
ダメって言われるかもしれないけど…それでも一度くらいは…ね?」
サンは決意を固めた様子でマチルダに笑いかける。その笑顔は今まで見たこと無いほどに眩しく輝いており、それが一層マチルダの心を深く抉る。
だがここは悟られぬように何とか作り笑顔を浮かべ「…応援してるよ…」と返すのだけで限界だった
だがそんな彼の葛藤や心境など露知らず、サンは嬉しそうに彼の手をぎゅっと握って、いつになく喜びを露わにしてくれるのだが…それに対しマチルダはますます罪悪感を募らせていく。
【一刻も早くこの空間から消え去りたい】
その思いだけが頭の中を支配し、この場から逃げるために何を言うべきかと必死に思考を巡らせた結果
「ごめんサンちゃん……ちょっと俺、この後用事思い出したからそろそろ帰るね……?」
「え?あ、うん……?そうなの?」
「ごめん……っ。せ、洗濯物…干しっぱなしにしちゃってて…」
我ながら苦しい言い訳かも知れないが、突然帰ると言いだしたマチルダに、サンは驚いた様子でキョトンとしているが、それでもマチルダは申し訳なさそうに何度も謝りながら立ち上がる。
そして半ば強引にサンの手を振り払うと、「本当にゴメン……っ」と再度謝罪を呟いて足早に部屋を後にする。
そのままの勢いで廊下に出ると心臓は相変わらずバクバクと煩いし、額からは冷や汗が流れ落ちてくる
無意識的に涙も溢れてしまい視界が歪むが、何とかターバンで目元を強く擦って堪えて店の方に向かうと、閉店準備をしていたレーンから夕食のお誘いもあったが、今は一刻も早くこの場から逃げたい気持ちの方が強かったので丁寧にお断りをして帰宅することにした。
だが家に帰るまでの十数分の道中。夕暮れ時の道のりは普段以上に長く感じながら自宅に辿り着く。
マチルダは着ている仕事着もそのままにリビングのソファーに吸い込まれるように倒れ込むと、クッションに顔を埋め堰を切ったかのように溢れ出る涙を抑えることなく嗚咽交じりの声を漏らし始めた。
「どうせ…どうで俺なんか……っ。意気地無しでヘタレで好きな子に告白すら出来ないクズ野郎だ…!」
『ハァァ…。情けないのぅ全く』
「うう……っ」
自分の不甲斐なさと、カナメの呆れ返った溜息に余計に泣きたくなってきたマチルダは更に自己嫌悪に陥る。本当は告白したかったのに…きっかけもあったのに…何も出来なかった自分が恨めしかった。
「…だって…俺が……俺なんかがサンちゃんの事を好きだと言ったところで、迷惑にしかならないじゃないか!きっと…嫌われるに決まってる……。皆から忌み嫌われる生業をしてる俺なんか…っ。絶対に嫌だって断られるのは目に見えてるんだ……!」
だからと言ってサンが他の誰かとくっついて幸せになる姿を見守り続けるなんて出来るわけがない。結局は自分だって彼女の傍に居たいし、一番近くに寄り添っていたいのに……。
本当は断られることが怖くて…勝手に自分の生業のせいだとか言い訳して、勝負をする前から勝手に諦め、勝手に自暴自棄になってしまっている。
最初はやれやれ…と見守っていたカナメだったが、いつまでもうじうじと呪文のように後悔の言葉を吐き続けるマチルダの様子に、段々と怒りのゲージを募らせていく…。
だがしばらくして、堪えきれなくなった彼女は心底面倒そうに深い深いため息を吐きそして机を勢いよくバンッと叩き怒りを露わにする
『はぁぁぁ…。あぁもううっとおしいのぉ!!あの小娘の鈍感さも大概じゃが、童もその勝手に結末を決めて勝手に落ち込む性根を何とかせぬと、一生このままじゃぞ!!?』
「……っ。わかってる…」
マチルダは目を赤く腫らしながら涙声で反論するが、カナメは苛立ちを隠そうともせずに彼に怒声を浴びせかける
『分かっておらんから言っておるんじゃろうが愚か者!勝負すらしておらぬ癖に勝手に理由を付けて自分を卑下するのは愚か者の最たる例じゃ!仮に貴様があの小娘に想いを伝えたとして……それが駄目だったとしても。それは結果じゃ!
貴様自身がそうやって最初からダメだと思ってしまうのが問題なんじゃ! まずは当たって砕けてから考えても良いのではないか?少なくともこのワシは、例え結果が悪くても……それこそ何も伝えなかった方がずっと後悔する。そう思うがな』
一通り説教を終えると、カナメは再び大きなため息を吐きながら乱暴に椅子へと腰掛ける。
『はぁ…何かワシも一気に疲れたわい……。とにかく童。貴様はさっさと部屋に戻って大人しく寝ておれ…
小娘に関してじゃが、番犬兄弟にわがまま言うとか言っておったじゃろ?その結果次第で、童が慰めるか同行するかとか出来るではないか きっかけなぞ幾らでもあるんじゃ!本気で小娘を思うならいい加減腹をくくれ』
「………」
カナメにいつも以上に強めの説教をされても尚。マチルダは返事もせず黙り込んでいたが、やがて鼻声でボソッと口を開く
「……おばあちゃん、俺……どうしたらいいかな…?」
『貴様……。ったく…本当に世話の焼けるやつじゃのぉ……。では次に小娘と会ったとき、ワシが後ろから助言してやるからその通りに行動せい』
「……うん…」
ようやく納得したのか、マチルダはふらつきながらも立ち上がり、言われたとおりに自室に戻るとそのままベッドに倒れ込む。そして数分後、部屋の明かりが消える頃には穏やかな寝息を立てて眠りに就いていた。
