第一章

窓から差し込む光。外から聞こえる小鳥たちの楽しそうなさえずり。
「…もう朝か…」
そう呟きながら青年は身体を起こすのだが、昨日疲れていたせいでついリビングのソファーで眠っていた事もあり身体中が痛かった。 まだ覚醒しきらない意識のままのろのろ立ち上がり、カーテンを開けたのだが…眩しいぐらいの朝日を浴びてしまい思わず「うっ…」と声が出てしまった。
 彼の名は「マチルダ」。御霊流しをする一族の末裔で、灰色の髪と褐色の肌、そして髪の隙間から覗く黄金色の瞳は先祖代々引き継がれたものであるのだが、この国では黄金色の目は特に珍しい故に彼はこの瞳が嫌いだった。
年齢はもう成人を過ぎているのだが、彼の手元にはまだ一族の証である指輪は無い。先々代の御霊流しをしていた祖父のアーネストが所持していたのは確かなのだが…それが自分に受け継がれる事もなく彼が亡くなって数年の時が経っていた。

だがマチルダにとって正直。証の指輪を所有するか否か等はどうでもいい話であった。 別に指輪が無くとも御霊流しの能力は使えるし、今まで様々な人の魂だって導いたことだってあるのだから、支障は今のところ感じていなかった。

(指輪なんて所詮目印だろ)
先に亡くなった親も、祖父も同様に指輪の存在も、一族に関しても口にした事もなかったので今更探す気も毛頭なかった。


とりあえず一度洗面所に行って顔でも洗って気分でも変えようとした時だった。突然ドンドン!と乱暴に扉がノックされるのだった。
その音に一瞬驚いたのだが、色々察したマチルダは渋々玄関のカギを開けるとそれと同時に息を切らした中年の男性が駆け込んできた。
「…ロイスさん。おはようございます…」
「そんなのんびり話してる場合じゃねぇぞマチルダ!!王都で事故があったんだ!お前の出番だぞ!!いいか?!伝えたからな!」
ロイスは息を切らしつつも、彼へ伝えたい事を一気に説明すると先ほどと同じようにドタドタと立ち去って行くのだった。
「…はぁ…」

ロイスの畳みかけるような言い方に思わず彼から重いため息が漏れる。

“お前の出番”
その言葉が久しぶりに目に見えないナイフのようにズキッと刺さる様な感覚があった。 こうやって必要な時だけ仕事だと求められ…用事が終われば早く立ち去れと迫害される…また同じ目に遭うのかと思うだけで憂うつになったが、足早に洗面所に向かってから身なりを整えると次は仕事着に着替えた。

灰色の髪を隠すようにターバンを巻き、足元まであるロングコートを羽織ってからしっかりと首元までボタンを留め首から銀のロザリオを下げれば完成だ。
(…行くか…)

徒歩で王都へ向かう途中。マチルダは幼い頃から交流のある花屋へとまずは足を運んだ。
「あ!マチ君おはよう」
表に品出しをしていた茶髪ストレートロングの女性「サン」はマチルダの姿を見かけると笑顔で声をかけてくれた。
 彼女は幼い頃に母親を亡くし、今は兄二人と共にこの花屋を切り盛りしている。母親のレニが存命の頃は、王都で花屋を経営していたそうだが…サンは生まれつき隔世遺伝があり、赤と青のオッドアイだったそう。 とは言え彼女が店番をしている時は基本眼帯をしてるので滅多に外した姿は見た事ない

 ちなみにその頃の王都は政権が変わり様々な文化が入り乱れて混乱状態だった事もあり、現在の王都では幼い彼女が生きるには危険だと判断してこの郊外に移り住んだ。と教えて貰ったことがある。

サンたちとはその頃からの付き合いなのだが、彼女含め兄の「シーラ」と「レーン」の二人とも、年齢が近かった事がきっかけで今でも良好な関係を築いている。
 マチルダの一族の生業に対し、彼女たちも以前に母親の御霊流しを経験しているので、一定の理解を持ち尚且つ偏見なく接してくれる数少ない相手でもある。

「…おはよう。サンちゃん…」

今までの経験上。対人関係が苦手でどうしてもボソッとしか喋らないせいで随分と不愛想な返事になってしまったが、彼女は特に気にしていない様子だ。
「その恰好…もしかして朝からお仕事?」
「…王都で…事故、あったらしいんだ…」
「そうなんだ…あ、お仕事だしいつもの必要だよね。少し待ってて」

 彼女は手慣れた動作で花を選ぶと、簡易的な花束を作り始めた。
仕事の時は必ずここで花を買ってから向かうのは一種のルーティーンみたいになっている。死神と呼ばれて忌み嫌われる自分なんかが花を持つなど気味悪いと言われることもあるが…それでも自分なりに譲れない思いだってある。
「はい。お待たせ」
作ってくれた花束を受け取り、料金を払ってから再び王都に向けて歩くこと数十分。目的地である王都が見え始めてきた。
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